A-06 妖精さんみたいなもんすわ
私ことアルテ・クロノスタシスが二階から落ちたところから五年の歳月が過ぎた。私はもうこっちの話し方に慣れたし、こっちの生活にも順応している。
「アルテ~! アップルパイできたよー」
マッマことサリアが庭にいる私に向けて声をかける。私は進めていた実験をやめて、部屋に戻る。するとそこにシエナが居た。
「アルテおはよう! アップルパイ食べようって、お呼ばれしたの!」
礼儀正しい、クソ可愛い、声もかわいい。百億万点。
「おはようシエナ。編み物は順調?」
最近シエナはシエナ母に教えられ、編み物に挑戦中らしい。かわいい。セリムおじさんに贈るのか、熱心に取り組んでいる。
「うん! こんどアルテにも教えてあげるね」
「うへへ、あー……。ありやす!」
このキモイ返事をしているのは私である。爽やかな挨拶をするまでは良いのだが、コミュ障が治ってないのでその続きが出来ない。ぺしこんとマッマに小突かれると、私はちゃんとお辞儀する。
ヒールでもコミュ障は治らない。使えねー魔法です。
ちなみにヒールは習得が滅茶苦茶難しいことがわかった。魔法理論や医法概論を読んでもそのさわりすら出てこない。パッパがリジェネを使っていたのがマジですげぇことがよくわかる。
ちなみにパッパのこと、騎士団って言っても辺境ってついてるから下っ端でしょ? とか思ってた私ことアルテ・クロノスタシスだが、実際この世界での騎士職というのは国家公務員らしく、ゴリゴリのエリートだった。ごめんパッパ侮って。養ってくれてありがとう。ちゅき。
それは置いといて。ヒールの繰り返し試行の末に、結果の代わりに、魔力総量という問題に関してクリアするためのある条件を見つけた。
「へへ、ついてるよ」
アップルパイのカスをシエナが拭いてくれるマジ女神愛してる。
じゃなくって……。例の保湿クリーム並みの出力だが、あれは残念ながら絶対に揺るがないものだ。
どうやらこの世界では魔力総量というのは産まれた瞬間に遺伝子レベルで決定され、上振れも下振れもしない、唯一絶対の値らしい。
その「絶対さ」があまりに完璧なので私はそこを疑った。結果、それが作為的なものであるという可能性に至った。例の上位管理者くんがそれを決定づけている、たぶん。前世にだってそんな「絶対」の値などなかった。
であるならば私の魔法はカスということになるが、それは、ある概念によって解決する。
ルナ。
それは当時、魔力の単なる言い換えだと思っていた。しかし実際は、ルナは魔力を運ぶ「存在」だ。酸素を運ぶ赤血球と同じ。この世界の人はそれを同一視し、教本にもそう書かれている。だが、たしかにルナは存在する。
ルナの力を借りれば、基礎的な魔力のタンクが小さくとも、魔法は打てる。その実験の準備が整ったのだ。
ではなぜ今まで出来なかったか。それは「ルナという存在が私にしか見えていないと知らなかったから」だ。
私はこの世界に来て、ホタルがやたら飛んでるなと思った。月の出ている晩は特に。でもそれが魔力に満ちていると気づいた時、これこそがルナで、魔力の運び屋なのだと理解した。ゲームの魔素やらマナみたいなもんを伝達する存在だ。
私はやたらルナにたかられるので、多分魔力も借りられる。だから明日、裏手にある森に入り、魔法の実験をついに予測から実験段階に移す──。
思えばここまで長かった。異世界転生して魔法をバンバン使って日本化して、マチツクやって、適度にバトルもやる。そんな世界を想像していた。
でも、異世界でも世界は世界だ。小説なんかじゃない。全てが理や法に則り行われる。
それを残念に思う自分がダサくて嫌いだ。
転生して、魔法が手に入ったからって、根っこは何も変わってない。
自分は特別だと思っているだけの、陰キャだ。
前世のような、孤独な傲慢さは捨てようと決めたのに。でも──。
「アルテ? 具合悪い?」
私が嫌なことを思い出しそうになった時、シエナが背中をさすってくれた。
……そうだ。今の私はひとりじゃない。天からの授かりものを、無駄になんかできるか。隣の天使を見て、私はそっと微笑んだ。
「んーん、大丈夫だよ。ありやす、シエナ」
ありがとうをありやすという癖だけは抜けないのである……。
ならよかったとにこっと微笑んだシエナはまたアップルパイに目を戻した。
苦しい気持ちになっても、首を絞められた時のような気持ちになっても、今はシエナもマッマもパッパもいる。お空のばっちゃだって見てくれている。
「よしっ」
ならば進もう。酒池肉林泥沼ハーレム作戦、エデン計画を実行するのだ……。
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