土を攻撃する武器
流血おじさんが、立ち止まる。
「ここが我が家です」
〝武具屋〟と書かれた板看板が掲げられている。
二階建ての建物。見上げると、二階の窓越しに、パンをくれた幼女が手を振っている。
外階段で二階に上ろうとする流血おじさん、もとい店主。住居へ案内するのだから、向かう先が二階なのは自然なこと。
現世には無い武具屋。どんな感じか気になる。何気なく店内を覗いた瞬間――荒れ放題の光景が視界を埋める。
「することが出来た。ナナは、上で娘と遊んでいてくれ」
俺が見つめる先、店内に視線を遣るナナ。無言でコクリと小さく頷き、階段を上る。
店主は、俺が言わんとすることを察し、隣に残った。
「盗賊に襲われたのは、初めてか?」
「恥ずかしながら、頻繁に……」
店主は、見るからにひ弱そう――盗賊の恰好の餌食。
「護衛を雇うことを考えてみては?」
「そんな金、工面できません……」
金と商品を頻繁に強奪されていれば、そういう状況に陥るだろう。
「盗賊が来なければ、工面出来る額か?」
「はい。工面出来ます」
金を稼がねば、ナナを養うことが出来ないし――。
「私が護衛をしてやる」
「そんな危険な役、女神様に頼めません!」
「我が家を護るのは、当然だろう」
店主が涙を垂れ流す。泣きっ面を隠したいのか、額を地面に擦り付け、懇願する。
「お願いいたします! 店を……娘だけでも、お守りください。先程も、私の命を救ってくださったおかげで、娘を孤児にせず済みました。感謝してもしきれません。女神様に生涯、私の全てを捧げます」
ハッとする。もしもあの時、店主を救命していなかったら、娘は孤児になっていた――護る責任の重さを噛み締める。
「契約、成立だ」
店内は、客に商品を提供できる状態では無い。
「まずは片付けようか」
刻を戻せば、おそらく一瞬で片付けることは可能だろう。ただ、この店は何度襲われても店主が守り続けている城。容易に戻す行為は、店主が今まで積み重ねてきた苦労や努力、想いの全てを否定することと同義。
俺に出来ること――店主に起因する音の伝播を止めることをイメージし、念じる。刻を止められるのに、音の伝播を止められないはずが無い。
《店主が発する音を消せ》
予想通り。店主が片付けている音が消失し、静かになった。
目的を達成する〝方法〟は、幾らでもある。
止めるだけで音を消せるのに、犬の糞が喉を潰す方法で声を消したのは、短絡的過ぎると改めて感じた。
「こんな思いをするのは、これで最後だ……娘が居ては、泣けなかっただろ。お前が放つ音を遮音した。誰にも聞こえないから、存分に泣け。遮音が必要無くなったら、心の中で念じれば戻してやる」
《聞こえるか? やってみろ》
《……聞こえますか?》
《聞こえた。それでいい。念じれば会話出来る》
俺がここに居ては、吐き出しきれないだろう――一人にしてやるか。
「出掛けて来る。娘を借りるぞ」
《ナナ、出掛けるから娘を連れて外に出ろ》
* * *
店の外に出て、外階段を見上げる。ナナが娘を抱き抱え、バタバタと下りている最中。
「急がせてしまったな。すまない」
ナナが娘を地面に下ろす。俺は娘の前でしゃがみ、目線を合わせる。
「パンありがとう。美味しかった」
相手が子供であろうと、助けて貰ったら礼を言うのは当然。年齢や立場は関係ない。
「あたひか作ったの! また作ってあけゆ」
発音出来ないだけで、聞き取る能力はある。であれば、同じ口調になる必要は無い。
「楽しみにしてる」
ここは、どのような世界なのだろう。
「町中を見て回りたい。案内してくれるか」
ナナに言ったつもりだった。しかし、先に応答したのは娘。
「まかれれ、あたひか案内すゆ」
* * *
町中を歩いていると、同じ言葉を四方から投げられる。
「幸いの女神様!!」
盗賊の件で目立ち過ぎた――恥ずかしさを隠すため、全く気にしていない態度を装う。
崇拝される恥ずかしさはある。でも、傷害罪で捕まらなかっただけでも良しとしよう。ここが日本であれば逮捕され、犯罪者になっていた。
町は歩いて回りきれる広さだった。〝集落〟という表現がしっくりくる。
集落内を一通り歩いたが、武具屋は見当たらなかった。
「武具屋は、一店舗だけか?」
ナナが不思議そうな面持ちで俺を見る。
「はい。一つです」
店の単位は〝つ〟のようだ。ナナに合わせよう。
「他の店も、一つなのか?」
「はい。一つです」
ゲームでは、一つの集落内に同種の店が複数存在しない事はよくある。一店舗ずつしか存在しなくても、何ら不思議はない。
集落内には、競合相手となる同業他社が存在しないのが、この世界の常識のようだ。例外は無いのだろうか――。
「もし、ここで武具屋を始めたくなったら、どうするんだ?」
「武具屋で働きます」
起業する発想は無いようだ。
俺は、武具屋の店主から全てを捧げられた。
言い換えると、集落内における武具の独占市場を手に入れたということになる。
手中にある資産を、活用しない手は無い。立ち寄りたい場所が頭に浮かぶ。
「案内してくれてありがとう。私は、もう少し散歩してから戻ろうと思うが、二人はどうする? 連れ回されて疲れただろう」
「夕飯の支度をしたいので、戻らせていただきます」
望み通りの返答。これから向かう先には、ナナを連れて行きたくない。
ナナは軽く会釈をし、娘と手を繋いで帰路につく。
* * *
法則に則ると、この集落の農場主は、ナナの元・主人。
農場主の納屋の扉をノックする。中から農場主が出てきて、招き入れられる。
「忘れ物でもしたか?」
「教えてほしいことがある。農具はどのような手段で、手に入れた?」
農具の刻を、所有権が移った時点に戻した際、新品ではなく、使い古された状態になった。
でも、農場主は使い古された農具を見ても、不満を抱かなかった。もしかすると、新品の状態を知らないのではないか。疑念がよぎった。
農場主は無言。返答を拒んでいる様子。
「言いたくなければいい」
「……わかっているから来たんだよな……農具は盗品。盗賊から買った」
集落内に農具を扱っている店は無かった。武具屋で取り扱っている可能性は否定出来ないが、取扱品目であれば、完璧とはいかなくとも応急処置的な修復は可能だろう。
武具屋の店主が、修復依頼を拒否するとは思えない。修復に出せない理由――農具は、武具屋の取扱品目では無いからだろう。他業種の領分に干渉しない、暗黙の制約が働いていると考えた。
農具を一本掴む。
「この、土を攻撃する武器を貸してくれないか? 使える状態ではあるが、おそらくすぐに壊れてしまう。武具屋にこの武器を作れないか交渉してみる。盗賊から、法外な金額を吹っ掛けられて手に入れたんだろう……無理なく購入できる金額で買えるようになれば、これからは困らずに済む」
農場主の唇が、わなわなと震えている。これは、どのような感情表現だ? 次の瞬間、農場主が突然土下座し、懇願する。
「どうか、お願いします! みんなに、腹いっぱい飯を食わせてやりたい」
「見返りは、何を捧げられる?」
これから過ごす拠点の農作物が枯渇しては困る。見返りは無くとも、農具は与えるつもりだ。
「何も、出せるものが無い……」
「それなら良……」
農場主が言葉を遮る。
「俺が持ってるもの全てを差し出しても足りねえ。この命尽きるまで、服従させてくれ」
この提案は、俺が農業の独占市場を手に入れられるということ。
「契約、成立だ」
農場主の手を掴み、立たせる。
「善は急げだ。こうなれば更に使い勝手が良くなりそうとか、要望があればまとめてくれ。使いやすかった農具をピックアップして、明日、武具屋に持って来てくれるか?」
実際に使っている者の意見やノウハウは、商品開発に活かせる。
「かしこまりました。必ず伺います」
「では明日、武具屋で!」