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自由と〝七〟の刻印

 俺は、犬の糞(ケトン)の容姿と能力を手に入れた。

 しかし、先程独居房(どっきょぼう)のような場所から、出たばかり。生きていくために必要不可欠な〝(かね)〟を持っていない。とはいえ、収監されていた状況は改善している。とりあえずは、良しとすべきだろう。


 緊張が解けた途端、空腹感が気になり始めた。

 朝から何も食べていない――という設定だから、腹が減っているのだろう。でも、夢なのに、何故ここまでリアルな空腹感があるのか。

 その理由が気になるが、このまま立っていても、腹は満たされない。

 たった今、それ以上に気になる事象が見付かってしまった。おっさんズの視線が、俺に向けられているような気がする。自意識過剰だろうか――奴らの耳に届く程度のボリュームで、言葉を放ってみよう。

「お腹すいたぁ……」


 発言直後、おっさんが一人寄ってきた。

「食事、一緒にどうですか?」

 何故、おっさんを見ながら食事をしなければならないのか――想像するだけでキモい。

 言葉を交わすのも嫌だから、シカトした。しかし、おっさんが去ると、入れ替わるように他のおっさんが寄ってくる――魔の永久ループ。

 夢の中でまで、おっさんに接待したくない。どれだけしつこく誘われようと、断固拒否だ。

 しかし、俺の決意とは無関係に、眼前(がんぜん)には、おっさんズによる長蛇(ちょうだ)の列が形成されている。


  * * *( )


 おっさんズの中に紅一点。一人の若い女性が目に止まる。

 テレパシー的なことが出来るといいな。淡い期待を込め、彼女に向かって、犬の糞(ケトン)にしたように念じてみる。


《聞こえるか?》


 彼女は目を見開き、驚いている様子。

 首を左右に振り、周囲を見回した後、俺の目に照準を合わせた。

《左にある、白い建物の裏で待て》

 直後、彼女は行列を抜ける。そして、俺が指定した、白い建物の裏に向かって歩き出す。テレパシー的なものは、しっかり彼女に届いていたようだ。


 さて、俺には彼女と合流する予定が出来た。

「素敵な(かた)ばかりで選べませんので、またの機会に……」

 口から出まかせの社交辞令(しゃこうじれい)。行列を穏便に散会させるため、したくもない愛想を振りまき、おっさんズを野に放つ。


 散りゆくおっさんズを横目に、彼女に伝えた白い建物の裏へと急ぐ。

 目的地には、彼女が待っていた。俺が話し掛けるよりも先に、頭の中に声が届く。

《女神様ですよね。私のこと、覚えていてくださったのですね》

 この身体(からだ)の持ち主、犬の糞(ケトン)は女神様なのか!? 中身が俺であることが、バレないようにしなければ――。

《記憶を喪失してしまって、覚えていないんだ……申し訳ない。良ければ、君と私との関係を教えてくれないか》

 一人称を〝俺〟から〝私〟に変えた。

 身体(からだ)の中は別人格。犬の糞(ケトン)の過去を知らない以上、こう伝える他ない。


《〝声〟と引き換えに、〝パン〟を頂きました》

 なんだと!? 価値が見合っていない。対価に対し、失う物が大き過ぎる。こんな理不尽な契約が成立するのか――。


 感情的にならないよう、深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。

《ふむ……今は、食べ物に困っていないか?》

《はい。おかげ様で》

《私が女神だとわかっていて、行列に並んだのか?》

《いいえ。女神様が、パンを恵んでくださったおかげで、私は生き延びられました。私も困っている人を助けたいと思って、並びました》

《見返りには、何を求めようとした?》


《何も》


《今、欲しいものはあるか?》

《差し出せるものを、持っていませんので……》

(かま)わん。欲しいものを言ってくれ》

 彼女は(うつむ)く。

 数秒、()が空く――そして答える。

《……自由》

 (うつむ)いている彼女を見つめる。

 ふと視界に入った、首にある〝七〟の焼き印に目が釘付けになる。このとき初めて、彼女が誰かの奴隷であることを認識する。


 俺が、彼女の力になることは出来るのだろうか――不安はあるが、何もしない選択肢は無い。

《主人の元へ案内しろ》


  * * *( )


 石畳の道を外れ、暫く歩く。彼女が納屋(なや)のような、粗末な木造(もくぞう)の建物の前で立ち止まる。

 彼女は扉をノックする。出て来たおっさんは、俺を見るなり声を荒らげる。

「何の用だ!」

 たじろいで馬鹿にされないよう、(こら)える。今俺がすべきことは、要求を単刀直入に伝えること。

「彼女を譲ってくれ」

「何を言っている。駄目に決まっているだろ!」

 即答。そう言われることは想定していた。

 見返りを渡さなければ、くれるはずがない。おっさんが欲しいものは何だろう――扉の隙間から、家の中を覗く。

 破損している、かつて農具だった物が、幾つか転がっている。まともに使えそうな農具は――見当たらない。

 〝(とき)を巻き戻す〟能力を使えるとすれば、直せそうだが――そんな能力を使えるかは博打(ばくち)。でも、引く訳にはいかない。

「お前の農具を、使える状態にしてやる」

 彼女から聞いた話によると、犬の糞(ケトン)には、()からパンを〝創造〟する能力があったそう。難易度だけで推測すると、存在する物質の、(とき)を〝操作〟することの方が容易。だから出来るだろうという、期待だけを頼りに言葉にした。

「もしもそれが本当なら、譲ってもいい」

 言質(げんち)は取れた。

「契約、成立だ」

 あとは俺が契約を履行するだけ――農具を手に取り、念じる。

《おっさんに、所有権が移った(とき)まで、巻き戻れ》

 製品になる前、素材の状態まで戻ってしまわぬよう、時期を明確にする。

 農具は、ボロボロになる前の状態に戻るはず――なのだが、かなり使い古されている状態。失敗だ――と思った矢先、おっさんが床に頭を(こす)り付け、声を震わせる。

「なんと感謝すればいいか……農作業を行えなくなり、()い繋ぐことが難しくなった。それなのに、新しい農具を買う(かね)は無く、路頭に迷っていた……」

 顔を上げるおっさん。目が(うる)んでいる。おっさんは袖で目を拭い、しっかりした口調に変わる。

「こいつは、声が出ないせいで(いじ)められていた。でも、仕事が出来ない訳じゃない。真面目に働く良い奴隷だ」

 偽善者(ぎぜんしゃ)ぶるな。(いじ)めを止めなかった貴様も同罪だ――と口から(こぼ)れそうになるのを(こら)える。

 用は済んだ。長居(ながい)は無用。

「約束通り、彼女を貰っていく」

 彼女の手を引き、納屋を後にする。


 所有者との繋がりを()った。だけど彼女はまだ、奴隷であることからは解放されていない――〝七〟の刻印のせいで、奴隷として申し送られた。


 彼女は、まだ〝自由〟になれていない――。

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