自己紹介
両脚を砕かれた男の絶叫が満ちる。
「いいね、ノッてきた」
軽快に飛び跳ねて、肉体の細部に至るまで猟奇的な殺意を巡らせる。眼下の光景に唇が緩んだ。人間の悲鳴は心地好い。肥えた人間なら尚更だ。
「すいません!ぅうわあああー、すいませんでしたあッ!!」
最初の威勢は何処へやら、反射する眼球は濡れ、目尻には涙が並々と浮かぶ。
「謝るってことは、なんか思い当たる節があるのか?」
男は血相を変えて分からないと首を必死に振っている。
「じゃあ、なんで謝ったんだァ?」
意地が悪く口角が歪む。これから降りかかる凄惨な未来を想像してしまったのか、一人が顔を掻きむしりながら失禁した。愉快で爽快で、募る悪意にも拍車がかかる。
「オイ、なんか言えよ。もっと小賢しく命乞いして、俺の気分を上げろ」
蹴りを放つ。靴の先は男の唇を割り、歯茎諸共喉仏を打った。鈍い音が静寂を穿つ。
「口はなくてもいい。どーせ、口八丁しか出てこないしな」
ミシミシと少しずつ踵に体重を乗せる。下顎が潰れ、後頭部は軋み形を変える。愉快な反応を嗜好品に依存する矮小な身になりきって楽しむ。ただの肉と戯れる趣味はないので、最低限の手加減はしている。
「うごぉぉぉっ!ごっ、ごめっ、ごっ、なしゃい!」
上辺だけの懺悔でも、媚び諂えば許しが得られると勘違いしているらしい。優劣で満足する凡人と同じ土俵で推し量っている時点で、本質を履き違えている。
「どうした、気を確り持って」
もっと、もっと苦痛を与えてやりたくなった。肉に沈んだ足を外して、蹴り飛ばす。壁に衝突し、血飛沫が舞う。男はゆっくりと時計の針が進むように倒れ伏した。
「カヒュー、カヒュー」
血の軌跡を辿って、追撃を加えるべく眼球の裏を見透かす。吐息を肌で感じる。生気の薄い眼球を介して、悍ましい悪意が反射した。眼下に並んだ二つの刃を前にしても反応は希薄だった。
「オイオイ、もう死ぬのか?俺は満足してないぞ」
頬をぶっ叩くと、液状化した血肉が弾け飛ぶ。大人が悶えるほどの痛みの筈なのだが庇う素振りすらみせない。
「なァ、待て、殴り足りない。耐えろよ、もっと殴らせろ。残った不快感をどう処理すればいい、お前には俺の怒りを発散させる義務がある」
肩口の筋肉を引き絞り、肘を曲げる。弓なりに引いた拳を振り下ろす。
「ぶふぉぉッッ」
胸骨をへし折り、臓器を貫通した拳が悍ましい音を奏でた。血肉に浸かった腕を引き抜くと、絶え間ない深紅は床だけに留まらず、辺り一面をを支配した。
「カカカッ、最高の娯楽だぜ」
小屋の中の惨劇は宛ら、殺人鬼の解体所か若しくは猛獣の食事風景か。血と油が室内の照明を吸収して鈍い光を発している。辺りを埋め尽くす重い空気感は、常人の心を蝕む狂気の一端を醸し出している。
「あー、最高の気分だ。この惨状だけが俺の渇きを潤してくれる」
何人殺そうが満足することのない殺意から、下した鉄槌は頭蓋の中身ごとぶっ潰す。凄惨な一撃。トドメを刺す気はなかったが、湧き上がる衝動を抑えることが出来なかった。
「ホントにムカつくなァ、俺は許してない」
真っ赤な指先が暴れ回る。関節が悲鳴を上げ、軟骨をすり減らす。
「欠陥品が、サンドバックとしての機能すら果たせん屑がァ」
左右から鷲掴み、指先を眼窩に引っかける。眼球が潰れたにも関わらず反応はなし。
「ここに救いがあるように見えるか?」
指先を更に奥深くへと抉り込ませる。逆流し、噴き出す血飛沫が上半身を濡らす。
「もう、縛り付ける必要はないんだ」
隙だらけの背を晒す俺に噛み付くどころか、蹲る牙の備わっていない家畜の愚行に剥き出しの悪意が顔を覗かせる。
「次は腰巾着、お前の番だ。準備はいいか?」
掴む頭蓋骨を握り潰しながら引きちぎってやった。脳漿と脂と血潮が飛散し、水分を含んだ真っ赤な霧が室内に発生する。仲間の惨状に臆病者共は、只管醜態を晒して許しを乞う。
『許してください』
『アイツに命令された』
『自分は悪くない』
『金なら払う』
『今日のことは忘れる』
この期に及んで口八丁に頼る烏合の衆に不快感を禁じ得ない。顔が般若のように歪み、肩口の筋肉が別の生物のように動き出す。膨らむ殺意を前にぎょっとした男達は自発的に口を噤んだ。
「運命を享受するだけの家畜が、何故こうも一丁前に欲深いのか」
指名を受けた男の歯がカチカチと鳴り響く。床は血と油で滑る。絶望感を携えた頭部を鷲掴むと、滑りながら握り潰す勢いで壁に叩き付けた。
「ぐるぁぁっ、俺の視界に入ってんじゃねぇ!!無能がこの俺を不快にさせてんじゃねぇよォォ!!!」
髪をむしられ、頭皮ごと剥がれた。皮膚を突き破った指先は頭蓋骨へと触れる。鈍い激突音に比例して罅が走る。腰巾着共は耳を塞いで、この時間が早く過ぎ去ってくれと神に縋る。
「どうしてくれる?収まらねぇ!!?ぶっ殺してもムカつきが収まんねぇんだよォォッッ!!!」
手元がブレてしまい、握り締めている頭が吹き飛んだ。地面に激突した男の相貌は修復不可能なほど砕けてしまっていた。
「神様ぁぁわ、死にたくない!いやだ、いやだぁぁぁっ!!」
血肉を被った腰巾着は腰を抜かしながら、這ってでも逃走を図る。
「全員殺す、許さん。必ず殺す、死んでも殺す」
煮え滾った憤怒が肉体から迸った。地響きのような足音と共に、深紅の上を滑る。背を炙られた地を這う蛞蝓の惨めったらしい小癪な悲鳴が木霊する。粘り気を持った液体が跳ねて、スニーカーを塗りたくる。
「しがみつくな。どうせ死ぬなら戦え、戦って死ね」
強靭な体幹を余すことなく使い、滑る勢いそのままに蹴りを放つ。関節をへし折り、吸い込まれるように地面に激突した男の膝は簡単に砕けた。
「うごぉぉ!?」
膝を庇う男の首根っこを掴んで地面に磔にする。濁音が喉元を掠め、瞬間的に目の焦点は彼方へとぶっ飛んだ。俺が帰りを律儀に待ってやるワケもなく、容赦のない暴力が続く。悪鬼の悪意に震える凡人は、目が覚めるや否や火事場の馬鹿力で抗い何も見たくないと、目を覆って抵抗する。
「滑稽なヤツだ、力があるなら戦えよ」
まるで女のような女々しい反応に目尻が歪む。
「すみません、すみません!すみませんでしたっ!!許してください!」
臨機応変に体勢を変えながら、右腕を捻じ曲げる。劈く絶叫。暴れ、逃げようとする家畜の両脚を掴んで固定し、へし折り、殴って肉を露出させる。度重なる攻撃に骨は皮膚を貫通している。
「あがぁぁ!、ぁ!?」
「えぇ、元気じゃないか?大した演技力だ、大根役者め」
恐怖に囚われ、右往左往し、許しを乞い、もがき苦しむ光景に愉悦を覚える。次第に俺の足も血の海に沈んでゆく。浸かっている最後の腰巾着は、ただ順番を待つ無力な臆病者だった。
「何もしない、逃げもしない、震えるだけの家畜が。仲間がいないと力はでないか?」
震えに連動して深紅の海に波紋が広がる。
「あぅ、あぅあああ」
「あー、恐怖で身動きがとれないのか、なら」
屈み、血の海を漁る。探し出したのは何の変哲もないナイフだ。最初の男が得意げに威嚇して、傷を付けるとこすら叶わずに手放してしまった現状を変える鍵である。
「希望を与えてやる、ほら」
鋭利なナイフを放り投げる。弧を描いて、着地したナイフは血の海を滑り、男の目の前にて止まった。
「戦って死ぬか、腹を切って詫びるか選べ」
真っ赤な塗料の中で異色の光が主張を繰り返している。
「ハッ、ハッ、ハッ」