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第一話 朝起きて -3

「拓未ー、そろそろご飯できるから起きてきなさい」

 何だかんだ現状を確認したり、昨日を思い出したりで時間が経っていたのだろう。時刻は六時半過ぎ、いつも朝食をとっていた時間だ。母親の声に思考を中断され、俺はダイニングへと向かった。

 テーブルには昨日夕飯の残りと言った感じの野菜炒めや納豆のパックなどが乗っていた。椅子に座り納豆をかき混ぜていると、一足先に食事を終えた兄貴が話かけてきた。兄貴がめぐねぇと結婚するのは二年後のことなので、この時期はまだ実家に居るのだ。

「拓未、昨日はどうだった?」

 昨日、と言う単語に一瞬体がこわばる。俺の中の昨日は成人式だったからだ。しかし兄貴がそのことを知っているはずがない、話題は“今から見ての”昨日のことだろう。

「えっと、昨日は誠達いつもの連中と一緒に白機神社の星祭り行ったけど、それがどうした?」

 少し思い出すのに時間がかかったものの、俺はスマホから採取した当時の記憶を答える。

 白機神社では昨日七月七日に星祭りと言うイベントが開催されていた。といってもよくある地域の七夕祭りと大して変わらないものではあるのだが、女子たちの話によれば短冊に書いた願いは本当に叶うといった素敵なイベントらしい。正直半信半疑ではあるものの、風合瀬曰く「信じる心が大事なんだよ。願い事なんてただの決意表明なんだから」らしい。いやそれお前は信じてないよな、と言い返してもよかったのだが、まあ女子ってこういうイベント好きだよなと思い言葉を飲み込んだ。

 そうでなくとも当時の俺には友人たちと夜店で買い食いする、と言う非日常感惹かれてそんな無粋なセリフを吐く気も起きなかったのだが。

「いや…………、あー、楽しかったか?」

「ああ」

 兄貴の態度にどこか違和感を覚えたが、そういえば兄貴とめぐねぇが付き合いだしたのも星祭りがきっかけだったな、と思いいたる。こいつ自分がイベント事で告白して付き合ったからって……。

「つっても、別に誰かと付き合ったりだとかはないぞ」

「……そうか。拓未お前、のぞみちゃんに告ったりしねぇのか?」

「うるせ、のぞみとはそんなんじゃないの兄貴も知ってんだろ」

 そういって俺は混ぜていた納豆をご飯にかけ、なおも絡んで来る兄貴を無視してそれをかき込む。……でも俺確かにこのまま二十歳まで恋人できなかったんだよな、と思いながら。


 日々の習慣とお肌のシミは一度身につくとなかなか消えないから若い頃からのスキンケアと適度な運動を心掛けなさい、と言っていたのは家庭科の先生だったか。なるほど確かに三年間も通い続けた通学路と言うものは体が覚えているものだった。自転車で二十分ほどの道順もこれといって迷うことなくスムーズに学校へとたどり着いた。

「おはよー、ヒガモ。今日は早いねー」

校門から駐輪場へと自転車を押しながら歩いていると、背後から声をかけられる。俺をヒガモと呼ぶような女は一人しか心当たりがない。振り返り、パタパタと近づいてくるその少女に俺も挨拶を返す。

「おう風合瀬、おはよう。お前は相変わらず早いな」

 風合瀬薫、昨日見たときより幼いが間違えるはずもない。制服の上に薄緑のカーディガンを羽織り、式服用のネクタイを付けたその姿は、我らがグループの賑やかし要員に違いなかった。

ほんのりと赤みがかったセミロングの髪を整えながら、風合瀬は俺の隣にやってくる。少し待たせて自転車を停めてから、彼女と共に昇降口へ向かう。

 ちなみに朝のホームルームまでまだ三十分以上時間がある。

「まあね。ほら、私ってそこそこ家遠いじゃん? 電車止まって遅刻するのもアレだし、余裕を持って行動してるのよ」

「優等生みたいな発言しやがって。お前は朝の一分がどれだけ貴重かわかってるのか?」

「わかってるよ。だからわざわざ朝早く登校して、ああこの人たちは私より家近いのに私より来るの遅いんだぁ、って優越感に浸ってるんじゃん」

「え? お前そんなこと考えてたの?」

「やだなぁ、半分は冗談だよ? まあ、走れば五分で来れなくもない位置のトシが遅刻常習犯なのはさすがにちょっとどうかとは思ってるけど」

「あー、智志はなぁ」

 そんなやりとりを交わしながら教室に入ると、中にはほとんど人がいなかった。せいぜい一番乗りすることに命を懸けているらしい篠原と言う男子生徒が、自席に突っ伏して寝ているくらいだ。いや家で寝ろよと思うのだが、きっと譲れない何かがあるのだろう。


 俺は鞄をロッカーに投げ込み、席に座っている風合瀬のそばに行く。時間はたっぷりあるから雑談でもして暇をつぶすつもりだし、そもそもこの時期の自分の席がどこにあるか覚えていないからな。確かあの辺だったはずと、三択くらいまでは絞り込んだんだがさすがに思い出せなかった。

 風合瀬の隣の椅子に腰を下ろす。どうせ男女が交互になるように席替えしたのだから、この席が女子の物ではないのはわかっている。男同士なら事後に了承でもすれば大丈夫だろう、たぶん。

「それにしてもヒガモがこんな時間に来るなんて珍しいね。いっつも二十五分くらいでしょ?」

「ああ、まあ今日は何か早く目が覚めたからな。二度寝する気分にもならなかったし」

 それに久しぶりすぎて学校までたどり着けるかわからなかったし、とはさすがに言えなかったが。これなら遭難すること前提で早めに家を出る必要もなかったかもしれない。

「ほんと珍しいね。あ、もしかしてあの後オールしたの? 駄目だよ、ちゃんと寝なきゃ。きちんと睡眠を取ることが健康とみずみずしいお肌の元って恋ちゃん先生いつも言ってるでしょ」

「いや漕代先生の話は今はいいよ」

 恋ちゃん先生こと漕代先生は俺たちの担任だ。まだ二十代で年も近いこともあって、生徒からよく慕われている先生だ。話がたまに変な方向に行くのはまあご愛敬だろう。

 それよりも、あの後?

「なあ風合瀬、あの後って…………」

 突如頭の中に靄がかかる。何かを思い出そうとすると、それが空気に溶けて消えていくかのような感覚に包まれる。

 ぐらりと、一瞬視界が揺れる。軽いめまいのような症状に倒れそうになるも、机に手をついてなんとか体制を立て直す。

「ちょヒガモ大丈夫?」

 そんな風合瀬の声がどこか遠い。ああ大丈夫だ、なんとかそんな言葉を吐き出し深く息を吸う。灰に空気が流れ込むと、それはそのまま靄を押し出してくれたようだった。少し意識が鮮明になる。

「……あー、やっぱ少し寝不足みたいだな。風合瀬、悪いが肩を貸してくれ。眠くて席までたどり着けそうにない」

 それ女子に頼む? と言う風合瀬のボヤキを無視して運んでもらう。心配してくれているのか、彼女が先導してくれたおかげで俺は自分の席に座ることができた。下手したら男子全員が来るまで場所がわからなかった可能性あるからな。

 そう考えると、ある意味においては良かったのかもしれない。そんなことを考えながら、俺は篠原と同じように机で寝ることにした。

 ちなみに件の三択は次の席替えの場所で、全く違う位置に机があったことはこの際気にしないこととする。


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