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第一話 朝起きて -2

 その日は雪の降り積もる日曜日。

 前日からの積雪で地面は白く化粧を施され、子供たちは無邪気に雪遊びに勤しみ、対して大人たちは交通機関への影響を心配し、異なる理由ではあるが揃ってそわそわする、そんな一日であった。かくいう俺たち新成人も、人生の一つの節目として同じようにみな昂揚とした気分でいただろう。

 これが女子であったならその日は朝から着付けやらなんやらで忙しかったのであろうが、スーツ姿で臨む予定の俺にとっては全く関係ない話だ。まあ男も男でこういう時でないと袴を着る機会がないこともあり、多少は興味を惹かれたのではあるが、さすがに前日の夜にふと思い立って用意できるわけでもなかった。

 そんなわけで普段学校がある日よりも遅めに起きた俺は、式の前に高校時代の友人たちと待ち合わせをすることにしたんだ。


 待ち合わせの場所は当時通っていた高校の近くにある白機神社。この神社はそれなりの規模を誇っており、この近辺の住人の初詣に訪れる場所はだいたいここである。軽い昼食をとってから、俺が指定された場所に着くと、そこには既に二人の男が待っていた。

「やあ拓未、久しぶりだね」

 真っ先にこちらに気付き声をかけてきたのは南条誠。物心付いた頃からの友人で、平均より少し低めの身長にやや童顔の中性的な青年だ。文化祭の時、試しに化粧を施して女子の制服を着せて放置しても、しゃべりさえしなければ意外とバレなかった過去を持つ男だ。なお意中の女子に「男として見れない」と振られて本気で凹むくらいには本人も気にしている模様。……あの時はいろいろと大変だった。

「ん? おお、来たのか」

 手元の板切れをぺしぺしと弄っていたのが北本智志。高一の時に仲良くなって以来の友人で、中学からバスケに精を出し、大学でもサークルで続けているらしいスポーツマンだ。控えめに言っても運動のできるイケメン、と言った感じの男で実際それなりにモテる。足の速いやつがモテるという小学生特有のアレではないが、やはりたくましさは女子を引き付けるものなのだろう。最も本人は高校時代から付き合っている彼女を大事にしているため、他には一切目を向けないのではあるが。

「よう誠。んで、智志は立花とは一緒じゃないのか?」

 立花、とは件の彼女の名前である。立花あざみ、俺たちのグループで最も花のあるタイプの女子だ。簡単に言ってしまえばギャル系の少女、であった。大学に入ってからは少し落ち着いたらしいが、俺の中のイメージは高校時代の物から更新されてはいない。わざわざ友人の彼女を見に地元に帰っては来ないし。

「あざみはほら、女子たちでまとまって着付けしてから合流するからな。今は一緒じゃねえんだよ。それより誠ちゃんは良かったのか? せっかくの晴れの日なのに」

 智志は意地の悪い視線を隣に向ける。当の誠はものすごく嫌そうな顔で

「やめてよね智志、姉さんと同じようなこと言うの。まあ、姉さんみたく自分が着た振袖を着せてこようとしないだけましだけども……」

 どこか疲れたような声でそういう。

「めぐねぇ、相変わらずだな」

 俺は思わず苦笑する。東森恵、通称めぐねぇは誠の姉であり、

「相変わらずだな、じゃないよ。創さんにも言っておいてよ、姉さんの管理はしっかりしてくださいって」

 俺の兄である東森創一とは婚姻関係にある。揃って七つ上の兄弟で小学生の頃から仲が良く、よくお互いの家に遊びに行っていたらしい。異性とは言え五分もあれば往復できるような位置に住んでいればそりゃ毎日三人で集まるよなって。たまたま三家とも上も下も同じ学年だったからか、俺たち三人も良く遊んでたんだよな、と少し過去を思い出していると、非常に聞きなれた声が俺たちを呼ぶのが聞こえた。


「拓未達居たよー」

 そういいながら近寄ってきたのは新月のぞみ、幼馴染最後の一人で下の子三人組の中では唯一の女の子だ。普段は落ち着いた感じの少女で、あまり大声でわちゃわちゃするようなタイプではないのだが今日は例外なのだろう。女性陣四人で俺たちを探していたため、俺たちに声が聞こえるように大きな声を出したと思われる。昔から実家の喫茶店を手伝っていることもあり、声は出せるほうであるし。

「ようのぞみ、今日は一段ときれいだな」

「ありがとう。拓未もかっこいいよ」

 そういった定番のやりとりを一通りこなしてから、改めてのぞみの服装を眺める。濃紺の振袖には、一際輝く満月が映し出されていた・

「ところで、新月なのに満月なのな」

 単純な疑問が思わず口から零れる。その問いにのぞみはどこか楽しそうな声で答える。

「のぞみって、漢字では望だからね。つまり満月のこと。新月から満月まで、望から朔まで、日々を大事に生きて欲しいって、そんな願いが込められてるの」

 のぞみはどこか、今は見えない月を求めて視線を空へと向ける。

「そうか、良い名前だな」

「うん」

 二人の間に流れる心地良い空気は、一羽の鳥に遮られる。

 鳥栖遥、それが彼女の名前だ。少年の様な言葉遣いと、小柄な体格とショートの髪に基本的にパンツルックしか着用しないこともあり、普段は女子大生と言うよりは男子中学生と言った感じの彼女だが、今日はさすがに淡い水色の振袖を纏っていた。こうしてみるときちんと女性らしく見えるのだから、やはり女は不思議な生き物だと感じる。

「なに二人ともしんみりとした感じしてるの? 今日は成人式、高校卒業以来会ってなかった人と再会したり、たまに会ってた友人同士でも初めてお酒を酌み交わしたりする日だよ? もう少し薫を見習って…………」

 そこで遥の言葉が途切れる。夏のセミに負けないくらいには騒がしい奴の声が聞こえないからだ。辺りを見渡す。俺のそばに居るのはのぞみと遥。数歩離れたところで智志とあざみがイチャイチャとした雰囲気を出しており、誠がそれに当てられていた。

「……おい遥、風合瀬をどこにほろって来た?」

「……さあ?」


 結論から言うと、風合瀬はすぐに見つかった。

 白機神社の黒祠、地元の人からそう呼ばれ場所に彼女は居た。うっすらと雪の積もった祠を前に、手に息を吹きかけながら彼女はどこか遠くを見ていた。

「何してんだ風合瀬、こんなとこで?」

 声をかけると、ゆっくりとこちらに顔を向けながら彼女は言った。

「いやさ、あの日のことを思い出してね? ――――――とも、また会いたかったんだけどね」


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