全力!芋畑!!(素手で掘るのは禁止!)
『子犬のごちそう亭』続きと姫巫女の次の目的地。
「ま、あんな子みたいだから、いちいち貴族とか気にしない方がいいよ」
彼らの出ていった扉が閉まってから、チヤが残った客にそう声を掛けた。
「そうみたい」
「お前、捕まったキツネみたいだったぞ」
ステイクがまた食事を再開させると、バジークが豆乳を飲みながら、さっきの態度を言い表した。
「仕方無いだろ! オルススの姫巫女で公爵令嬢だぞ。不敬働いたら物理的に消されるって思うだろ!」
「それ、ガライと普通に付き合いあるのに、今更じゃないかい?」
「ん? ガライがどうしたって?」
「呼んだ?」
キツネ目の男が慎重すぎるが故の叫びを口にした。
それに返ってきた言葉は何故か1人分増えている。
そちらに目をやると、赤銅色の髪の筋肉ムキムキが、店内の扉の前で笑っていた。
「あんた、さっきから外にいただろ」
チヤがその来客に温い目を向けると共に、先程見た様子を思い出す。
店の外でソワソワしていたそれは、知り合いだからいいものの、エサを探しているクマか不審者のそれであった。
ガライは上背のある筋肉ムキムキだから、余計に人目を引いていて、雑貨屋の奥さんに話し掛けられていた。
冒険者2人もそれを判っていたようで、驚いた様子はない。
「だって、用事があるのにアルがいたんだもん。ルドに入店拒否されるし」
来た時にノブを回そうとしたところ、ジャガルドにがっちりノブを回さないように握られていて、入れなくされていた。
全力で回せば回せない事はなかっただろうが。
そんな事したら、後で怒られるのが目に見えている。
「ガライ。アイツ、あれでいいのか?」
さっきまでアルプリールが座っていた椅子に腰掛けたガライに、ステイクではなくバジークが尋ねた。それは、高い身分に見合わない天真爛漫さを言っているのであろう。
「バジークがそんな事言うなんて、明日は豆乳が降るな」
そんな相棒にステイクがリューシ芋の煮込みを食べながらコメントする。
「余りにも人を信じすぎだろ。それに表裏がない」
「それがあの子のいいところ、なんだけど、確かに社交界において致命的なんだよなぁ。見てて面白いけど。
これには親も教会も諦めているところがあって、人前に出る時は、常に護衛という名のストッパーを付ける事になっている。普段は」
鈍色のムキムキの懸念に、ガライが答えた。
知り合った時にはすでに、彼女は今のような真っ直ぐな性格をしていた。
公爵家で社交のあれやこれやに関して教えられるはずなのに、南の地域に生えているブンバーの木のように真っ直ぐなままである。
そして、そのストッパーである神殿騎士のシモンは現在ベッドとお友達状態。
絶対に町に行きたいと言い出すだろう彼女に、「まあ、町の中だけならば問題ないだろう」とガライもキャロラインも町歩きの許可を出した。
もう1つの理由もあるが。
「人に囲まれるという事は、それだけ恨まれもするって、周りは判っているからさ。注意してる」
「それならいいんっすけど。それで襲われたんでしょ、あの娘」
ステイクの関わり合いたくない、といった声色に、ムキムキは「んー」と首を捻った。
「え、何その煮え切らない感じ」
「今、それをどうこう言っても仕方無いよ。ところで、ガライ。何か用があったんじゃないか?」
その反応に口元を引き吊らせた冒険者は置いておいて、店主はすっぱりと自分の所のムキムキに話を向けた。
「忘れてた。えっと、森にトレーニングに行きたいから、レイニオ借りたいんだ。ついでに何か足りないものあるかなーって」
そう言えばそうだった、とガライも気にせず本来の用事を伝える。
流石のガライでも、通常時に『葉霧の森』に1人で入るのは避けている。それは町のルールでもあるし、立場的にも止められているからだ。
本来の護衛であるジャガルドはアルプリールに付きっきりになっているので、レイニオなら大丈夫だろう、と保護者に許可を取りにきたのだった。
「あの子がいいのなら構わないよ。採ってきてくれるんなら、バジリーナと何か木の実でも採ってきてもらおうかね」
チヤはその申し出に頷いた。ついでにしっかりと注文を付ける。
バジリーナは独特な風味のする植物だ。多分、根ごと持って帰ってきたら、自称執事が嬉々として畑で育て始めそうである。
「ん、わかった。レイニオはラジーと一緒?」
「そうだよ。子供たちが何か言わないか見張ってるんだとさ」
なるほど、と彼は納得しながら立ち上がる。きっと今頃、子供たちの勢いに辟易しながら付き合っているんだろうなーと苦笑を浮かべた。
そして、粗方片付いたテーブルの上を見、冒険者2人にニッコリと微笑む。
「失礼しましたわ。お食事後のデザートをどうぞ」
そして、ピンク色の令嬢の真似をしながら机の上に置いたのは、町の雑貨屋で買えるリリゴンのドライフルーツだった。
プレートの町の外一面に拡がるのは、町の特産であるリューシ芋の畑である。
現在、丁度収穫時期に差し掛かり、順次茎は刈り取られ、芋を掘り起こしていっている。
しかし、まだまだ序盤であるため、ほとんどの畑は枯れ始めた葉っぱがついたままになっていて、視界いっぱいに黄色や黄緑色が広がる様は圧倒される。
そこにやってきたアルプリール(+ジャガルド)は、大きく深呼吸した。そして緩やかに息を吐き出す。
森か何かと間違っているのではないだろうか。
「遮る物の無いくらいに畑!ですわね」
馬車の中からなら見た事はあるが、こうして現場に立つのは始めての彼女は、ウキウキとした声色で同行者に振り返った。
「そりゃあな。町の貴重な収入源だから」
ジャガルドが「農作業していると、この広さが恨めしくなってくるけどな」と内心思いながら返事をする。
顔に似合わず付き合いがいい男なので、よく畑仕事を手伝っているのだ。
そんな畑の一角に子供たちの一団を見つけた。
背の高さ、人数、ウサミミ。
いつも屋敷に来ている子供たちだというのが見て取れる。
見ていたのが判ったのか、「ジャガルドさーん!」と手を振ってくる。それに振り返し、そちらに向かう。
その途中で、「何か女の人がいる!」「誰かな?彼女?」「彼女はいないって父ちゃん言ってたぞ」などと賑やかに会話し始める。
オレ、誰かにそんな事、言ったっけ?と内心首を傾げた。弱いのに酒好きの弊害だ。
子供たちの元に辿り着いた時、アルプリールは軽くカーテシーをした。
「皆様、初めまして。アルプリールと申しますわ」
「オレたちの幼馴染みってやつだ」
田舎では見られないその動作に、みんなして真似をして挨拶する。
「おねがいしますわー」
「おひめさまですわー」
「かわいいですわー」
そして何故か『ですわ』が付いている。そう言うのなら、キャロラインだって『ですわ』なのだが。
一緒にいるレイニオが呆れている。
「皆様、何をなさっているの?」
畑の一角に戦闘開始とばかりに気合いの入った雰囲気だ。手にはそれぞれ子供用だろう少し小さめの農機具が握られている。
「今から、みんなで芋掘りするんだ」
1番年上の男の子が答えると、「大きいの掘るの」「競争するんだよ」等の追加情報が勝手に付け加えられる。
話をまとめると、この時期、芋農家は芋掘りのため忙しい。
それならば子供の手も借りよう。
芋掘りは(少量ならば)楽しいので、遊びにもなって、子供たちも動き回らず、安心して作業出来るので、一掘三芋。
そういう打算の元始まった恒例行事なのらしい。
「ほら、時間がなくなるから始めるよー」
年上の女の子が台詞の割にのんびりと声をかける。そうすると、子供たちは歓声を上げて畑へと入っていく。
それを見て黙っていられないのがピンク色のお嬢様だ。目をキラキラさせて、「はーい」とばかりに手を挙げる。
「わたくしもやりたいですわ!」
やっぱりか……と項垂れるジャガルド。
子供たちの話を聞いている内から、こうなるのではないかと思っていた。
シモンも大変だな、と今は寝ている本来の護衛に同情する。
しかし、アルプリールは普段、『オルスス神殿の姫巫女』として幾分か自重しているところがあるため、ここまでの行動は起こさない。
つまり、彼女は完全に暴走馬車に入ってしまっているのだった。
ここですかさず彼女に「ん」と農機具を渡した猛者がいる。
そう、ウサミミフードの子供だ。
「あら、貴方が出来なくなってしまいますわ」
小さな子からお芋掘りなんて楽しそうな事を譲ってもらうのは、流石に大人の矜持が許さないらしい。
農機具を返そうとした彼女にウサミミは横に振られた。
「ラジー、魔法ある。だから、だいじょおぶ」
「ラジー」
何となく嫌な予感がしたのか、兄である黒髪の少年が止めた。
その様子を見て何か閃いたようすの姫巫女。
「もしかして、チヤのお子さん?」
「そうだ。ラジー、挨拶は?」
「ラジー、だよ。よろしく、ね」
ジャガルドに促されペコリと頭を下げるラジー。
「よろしくお願いしますわ、ラジーちゃん。でも、魔法でってどうするのです?」
そこで先程言葉を止めた義兄を見、「うーん」と首を傾げる。
「……手で、ばばばばば」
その結果、『アニキがやっていた』という言葉を出さずに説明。
それを聞いた瞬間、「アイツは……」とジャガルドは頭を押さえた。
これは絶対、『ライズ王国騎兵団式開墾術その3』の事を言っている。幼馴染みは幼子に何を教えているのか。
実際は、ガライが使っているところをラジーが見ていただけなので、完全に濡れ衣である。
ラジーも、使えるかなー?と思って言っただけなので他意はない。
「素手は流石にダメですわ」
幼子の言葉に魔法の内容を知らないアルプリールは止めた。
ウサミミフードが素手でお芋掘り。
完全にウサギが野生に還ってしまっている。
「だから、一緒に使いましょう。皆様、掘り始めていますし、負けてられませんわ」
そうして、妥協案を出すと、こっくりとウサミミが揺れた。
「あー、話が纏まったところ悪いけど」
今まで話を黙って聞いていたレイニオが、嫌そうに令嬢に話し掛けた。
「僕、お義母さんに呼ばれたから抜ける。コレ、使ったらいいよ」
そう言って、先程押し付けられた農機具の柄を彼女に差し出した。
姫巫女護衛代理は、何となく事情を察する。
この時間にアイツがチヤに用事があったとするなら、森にでも行くつもりなんだろう。
役目、変わってくれ……。
そんな願いは叶うはずもなかった。
町の入り口でレイニオに呼び掛けたら、アッサリとガライの元に彼は来た。
「あれ? 向こうはよかったの?」
思わず執事見習いの少年に尋ねた。
今日はみんなで芋掘りだったはずだ、と記憶を頼りにここに来たのたが。
その問いに肩を竦めて、やれやれと首を振るレイニオ。
「ジャガルドさんいるし、大丈夫じゃないの。別に芋掘りに興味無いし」
申し訳程度にある、町を囲む板壁から畑へと目を向ける。
芋の蔓を引っ張ったのか、ピンク色の頭が急激に視界から消える。
それを一緒に見ながら、楽しいのになー、と畑を素手で耕しちゃう王族は残念がる。
「で、用事」
先程、義母親ではなく自分を呼んだ本人に短く聞く。
チヤの名前を出したのは、スムーズにその場を離れるための嘘だ。
「うん、森に行きたいから、付いてきて。ついでにチヤからの依頼の食材採取もしたいから」
「丁度よかった。正直、あんまりあの人と一緒にいたくないんだよね。ジャガルドさんと交代」
「レイニオ、アルが煩いから苦手って言ってたもんなぁ」
主の提案に飛び付く。
それを苦笑いで肯定し、2人はさっさとその場を離れた。子供たちに混じる姫巫女の歓声を聞きながら。
そして前王弟は森に薬草取りに、姫巫女は畑に芋掘りに行きました。
レイニオ、子供たちといた意味あったの?とか、味わって食べてね、冒険者2人。とか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。




