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前王弟殿下のかれいなる隠遁生活(スローライフ)【本編完結】  作者: 羽生 しゅん
暴走馬車編:鋤を持て。三角筋を意識して
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屋敷の昼食は本日も完売です。

アルプリールin子犬のごちそう亭。

意外と体育会系姫巫女。






 アルプリールがチヤのお店『子犬のごちそう亭』を訪れたのは、お昼前の事だった。


実は朝食後に「冒険者たちにもお礼を言いたい」とキャロラインに伝えたところ、隣でハーブティーをサーブしていたチヤが「だったら、昼頃ウチの店に来たらいい」と教えてくれたからだ。


確かに彼らは初対面の時、「報告にかこつけて、料理を食べに来た」と言っていたはず。


それにこの町も気になるアルプリールは、嬉々として町歩きへと繰り出す事にしたのだった。


 道すがら、見た目は儚い系の色合いの美少女(成人済み)は、様々な人に声を掛けられてきた。


殆どがジャガルドの知り合いのようで、気さくに挨拶から「隣の彼女は恋人かい?」まで、バリエーション豊かに『田舎に知らない人が来た!(知り合いの知り合いバージョン)』を体験しながら、ここまで歩いてきたのだ。


「元気でよろしいですわね!」とは彼女の感想。

巡礼の旅で廻る町や村は、姫巫女の身分がそうさせているのか、こんなに人が体当たりで来るような事は無いようだ。


 店の前、壁にかかる誇らしげな子犬の意匠の看板に、アルプリールは感激の声を上げる。


「これが噂の『子犬のごちそう亭』なのですわね!」


……王都で来店許可を出さなかったヤツ、グッジョブ。とその様子を見てジャガルドは態度には出さずに思った。


王都の店は騎兵団のみならず、騎士の間にも口コミで拡がり、また一般の客も隠れた名店として広く認知されており、お昼時には凄い混み具合だったのだ。


見つけた頃はそんなに混んでいなかったはずなのに、美味しい店とは立地関係無く客を引き寄せるものなのだろう。


そんな中にピンク色の公爵令嬢を投入。

危険物が危険物に混ざりにいくようなものである。


きっと一部騎兵団員のように入り浸るに違いない。

犯罪とは無縁であろうが(憲兵隊が常駐しているようなものなので)、身分とか立場とか諸々が木っ端微塵になっていたはずだ。


「王都の店とは違って、持ち帰りがメインだがな」


そう言いつつ彼は扉を開けて押さえる。

それを当然のように(くぐ)る。

そういうとこ、公爵令嬢だよな、と伯爵令息は何とはなしに眺めた。


「チヤ、来ましたわよ!」


何故か仁王立ちの彼女が店主に来店を告げる。


「見りゃあ判るよ、いらっしゃい」

カウンターから商品を追加していたチヤが、苦笑しながらそれに応じる。


それと同時に「げっ」という嫌そうな声が上がった。声の出所は、やはりと言うか、彼女たちをこの町まで連れて来た冒険者2人の片方だ。


店にある2卓しかないテーブルの1つを占領し、昼食を食べていた様子。

卓の上には、今日の献立が1通り並んでいて、天板が見えない程。そして、手元には昼間から酒……ではなく豆乳とお冷やが並んでいる。


来店時にチヤに「ここは飲み屋じゃないから酒は出ないよ」との言葉と共に出されたものだ。バジークはそれにすんなり納得していたが、ステイクが微妙な顔をしていた、と記しておこう。


その声にそちらを向いた令嬢は、1度ジャガルドを振り仰ぎ、頷くのを見た後、彼らに近寄る。


「紹介する。デカイ方がバジークで、ヒョロイのがステイクだ」


ジャガルドが冒険者たちを紹介すると、ヒョロイって……と深緑色の髪の男が抗議する前に、アルプリールは彼らに向かって勢い良く頭を下げた。


「助けてくれて、ありがとうございまっしたー!」


それには騎士団の下っ端がするかのような、勢いと熱量があった。


『ですわ』が、無ぇ……とポカンとする2人に、きっちり5秒程頭を下げた彼女は頭を上げる。


こういうヤツだ、と判っているジャガルドが、空いている椅子を持ってきて彼女を座らせた。


「ああ、いや……」

「あー、行きづりだ、気にすんな」


見かけによらない勢いに押されたステイクと、何とか返事をするバジーク。


「貴方たちのお陰で、わたくしもシモンも無事にこの町に来れましたもの。お礼をさせて頂きたかったのですわ!

でもわたくしたち、今手持ちが無くて、誠意だけでも受け取って欲しいと思いまして!」


元気良く、かつ正直に現状を話す姫巫女。

後ろで呆れたように溜め息をつくジャガルドが印象的だ。


「それには心配及ばないよ」


この店の店主が飲み物を彼女の前に出しながら、勢いにタジタジの冒険者に助け船を出す。


「キャロから色を付けてやってくれって言われているからね。ちゃんと考えてるさ」


領主代理の肝入りの惣菜店はしっかりと、彼らの要望通り、そしてキャロラインの要請通りに、最大限に『おもてなし』と『報酬』という名の保存食を用意している。


オルスス神殿の姫巫女を助けたのだから、これくらいはするべきだとキャロラインもガライも話していた。

チヤも、多めにおまけするのも(やぶさ)かではない、と思っている。


なお、量は某ギルド講師が基準になってしまっている模様。成人男性2人なので、流石に3日で食べきる、という事はないだろうが、残るという事もないだろう、多分。


「さすがお姉様ですわ! という事で、わたくしが用意したのではありませんが、心ばかりの品物を受け取って下さいまし」


「そんな事言わなくても、コイツら、その為に来たんだから、忘れず持って帰るだろうよ……」


キャロラインの心配りに感激しながら、ピンク色のお嬢様が意気揚々と言ったのを、ジャガルドが冒険者たちの顔を見回しながら突っ込んだ。


「食いものだけじゃなく、人も乗せて帰るさ」


その視線にステイクが肩を竦めた。

彼らが来たのは何も食糧補充のためだけじゃない。


この間訪れた憲兵隊南方師団の人たち(例の師団長補佐もあの後、ちゃんと仕事していた)が被害者を調査したところ、故郷に帰りたいと望んだ人が多くいた。


もちろん、ここでの生活も気に入ってくれているようだったが、やはり襲われた故郷が気になる、住み慣れた場所がいい、などの意見が出たのだ。


そこで担当区域が区切られている憲兵隊から、自由に行き来の出来る戦力である冒険者ギルドへ護送の協力依頼が出たという事だ。


それを丁度いいとバジークたちが受け、被害者たちの中でも西の方に住んでいた何名か乗せて帰る予定の為、彼らは馬車で移動して来たという訳である。

2人だけならば馬にでも乗ってくる、との事。


「『さすらいの大根切り』もいらっしゃるのだもの、道中安全ですわねっ」

「『芝刈り機』な、嬢ちゃん」


いつもの呼び名を言われて訂正する相棒に、慌てるステイク。

不敬だとか言われないよね!?


そんなステイクの考えを余所に「芝刈り機!」と頷いているアルプリール。素直に脳内の単語を『大根切り』から『芝刈り機』に覚え直しているのだろう。


「それよりもアンタたち、昼食は食べたのかい?」


屋敷に昼食を作って来ているチヤが、主にジャガルドへ顔を向けて聞いた。


「この2人を逃がさないように、早めに食ってきた」


何故か扉を開かないように押さえながら、彼が答える。


答え方に悪意があるように聞こえるが、確かに、この店で会えなければ確実に会える場所がない。しかも、アルプリールの身分を知った時の反応を見るに、避けられそうだとも思う。


「いや、逃げねぇし」


ステイクはそう言うが、本当のところは判らないだろう。バジークよりも彼の方が令嬢に及び腰だからだ。


「お昼も美味しかったですわ」


アルプリールがうっとり目を閉じて思うのは、昼食用に盛られたコルメルを粉にして練り込まれた大きめのパン。


ソイソイソースで濃い目に味付けされたタックルトンピッグの角煮やら、ピリッと辛いハイランド草の漬け物が閉じ込められた、東の国っぽい味付けの珍しいパンだった。


子供用には、ハイランド草の代わりにタギネーマが入っていたり、トーモコーが詰められていた。

そっちもちゃっかり味見をした2人である。


その答えを聞いたチヤが頷いた。

窓からチラチラ見える赤銅色を意識の外から追い出して。


「お礼が終わったんなら、町でも歩いてきたらどうだい。何も見るところは無いけどね」


「畑がありましたわ!」

「ビフレットかよ」


料理人の提案に、そうだった、と言わんばかりに立ち上がったアルプリール。それに思わず自称執事を思い浮かべたジャガルドは悪くない。


「他にもあんだろ。湖とか」

「あ、それもありましたわ! 見所たくさんです」


住んでいる者と逆の事を言いながら彼女は、ジャガルドの開けた(ついでに目線で外を牽制していた)扉から「失礼しましたわ。お食事の続きをどうぞ」と優雅に一礼をして出ていった。

その後をジャガルドは溜め息1つ残して追っていく。


「ま、あんな子みたいだから、いちいち貴族とか気にしない方がいいよ」


彼らの出ていった扉が閉まってから、チヤが残った客にそう声を掛けた。



屋敷の食事は、チヤの経験則によって量を決めています。つまりアルプリールが見掛けよりもフードファイターだった場合、足りなくなっているかもしれません。


そろそろ慣れろ、冒険者2人……とか、姫!後ろ後ろ!とか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。

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