気配察知なんて普通は出来ない
前半ガライ、後半アルプリールin畑。
マリーは一応、女性と扱っている仲間たち。
「やっぱりさー、森の中にセーフハウスっぽいものが必要だと思うんだ」
そんな事を宣う主に、ビフレットは作業の手を止めた。足元の元マールドゴーラのマリーも首らしきものを傾げている。
現在、朝を抜けきらないくらいの時間。屋敷の畑にて。
いつも通りに畑の世話をしていた自称執事の元へ、ガライがふらりと現れたのだった。
「何故、そのように思ったのか、教えて頂いても?」
手に持った柄杓をバケツに戻し、尋ねる。
この主は突発的に物事を思い付く。
でもそれは結果的に将来に繋がる布石になったりするので、仲間たちは余り否定はしない。
「うん。今回みたいに俺が隠れないといけない時の避難場所?」
本人も考え考え、言葉を紡ぐ。
こんな事が何度もあって堪るか、といったところだが、王宮絡みの訪問客が絶対来ないと言いきれない。むしろ、今までの平穏(魔物を除く)が貴重なだけだというのは、ビフレットでもよく判っている。
「ハンモックも作れるようになったし、隠れ家って感じで。食糧の備蓄をしたりしてさ」
「倉庫を兼ねているのですね」
ガライの言葉をふんふんと考察していく。ついでに水やりも続けていく。マリーもそんなビフレットを見ながら、葉っぱに虫がいないか下から確認している。
「森の中、と言っていましたが、魔物はどうするのです? 何も無しでは壊されるだけですよ」
実現するにしても、まず立地だ。
この『葉霧の森』は魔素の濃い、魔物の出現率の高い場所。ただでさえ森の中という危険地帯なのだから、安全対策は欠かせない。
「森の境界に張られているロープを建物の回りに張るって、どうかな? 二重三重にすれば魔物の侵入を抑えられそうだけど」
ガライの言ったロープは、この場所からでも見える、森の外に張られている町と森の境界線の意味を持つ魔道具だ。原理は判らないが、周辺の魔素を減らし、魔物の出現を抑制または侵入させないようにするための効果がある。
「そうですね。かなり効果はあると思います。ターリックの町に行けば売っているかもしれませんね。でも、建物は? 森の中で建てるのは危ないと思いますが」
葉先がちょっと黄色くなったトマッホの葉を心配げに裏表を確認し、そして地面の状態を見る。
マリーも一緒に見る。
キラキラ美形と絵に描いたような点々の目。何だか微笑ましい。
「それは俺も考えてさー。ここで1回作って、バラして現地で組み立て直したらいいんじゃないかって」
さらりと言ったその言葉に、ビフレットは反射的にそちらを向いた。
「部材に番号とか書いておいたら出来そうじゃない? 東の国の歴史か何かで読んだ事があるんだけど」
「一夜で砦でも作るつもりですか……」
「あ、ビフレットも読んだんだ」
確かに王宮の図書室にはそういう本もあった。ただし、彼の場合は伝聞なのだが。
彼の社交界での交遊関係は浅く幅広いので、それ関係、と今は言っておこう。
「あれは人手があったから、砦なんて大きいものが一晩で建てられたんだと思う。
こっちは手も足りないし、運ぶのにも森を抜けなきゃいけないから、数日かかると思うけど」
その本の事を知っている人物が、この国に何人いるだろうか。
思いもよらぬ方法だが、その方法なら危険地帯である森の中にでも、理論上セーフハウスが作れてしまう。
つまり、今まで人の住めないと思っていた場所にまで、人の居住域が拡げられる事を意味している。
「若様、これはちょっと審議です」
「え、出来ない?」
ビフレットが立ち上がってそう告げると、彼の頭の中を読めるはずもなく、ガライが聞き返してきた。
「いいえ、出来るとは思います。ただ、建築業界に革命が起きそうな気がします」
「またまたー。革命なんて大袈裟なー。東の国には普通に伝わって……」
じーっと青い目に見られたままの彼は、笑い飛ばそうとしたその口をつぐんだ。
「えーっと……、ここで俺たちがこっそり作るのは?」
そして、内緒話のようにこそっと提案した。
それにハァと溜めていた息を吐いて、視線を外す。
「森の中に謎の建物が誕生しそうですけど、そうしましょうか」
ビフレットだって、報告は面倒臭い。ましてや最近、前王弟殿下のせいで報告する事が多い。
(万能薬草エメラブリから始まり、成長促進魔法の別の使い方、マールドゴーラの群生地など。
ちなみに、エメラブリと毒草ベルアンナの関係とマリーの事は自称執事の自業自得である)
その面倒臭い報告を嬉々としてやるのは領主代理の令嬢くらいだ。よって、ビフレットはこの件に関して日和見を決め込む事にした。
陛下の心労も増えそうですし。
美中年の言葉を聞いたガライが、早速どの辺りに秘密基地を作ろうか候補地を挙げていたが、ふと屋敷の方を振り向いた。
「……何か、来そうな気がする」
「え?」
突然の言葉に美中年は思わず柄杓の水をマリーにかけてしまったが、彼女(?)は手らしき部分を上げて喜んでいる。
植物でよかった。
「それじゃあ、俺行くから」
そんなマリーを見ている間もなく、バッと身を翻したかと思うと、屋敷と反対へと走っていく筋肉ムキムキ。
それを呆気に取られ思わず見送っていると、屋敷の方から軽い足音が聞こえてきた。
「あら、『一輪花』ではありませんか。おはようございます。今日は野の花なのですの?」
ぎこちなくそちらを向くと、思った通りのピンク色の頭が。隣にはジャガルドもいる。
「お久し振りです、アルプリール様。『一輪花』は止めて頂きたく……」
嫌味にも聞こえるその言葉は、しかし悪意が籠められていないと判ったビフレット。苦笑しながら訂正を求めた。
それに素直に謝るアルプリールを見ながら、隣の男に目配せすると肩を竦められる。
意味は「アイツ、今までいたんだろ?」と「アルは通常営業だ」のハイブリッドだろうと何となく思った。
「それで、アルプリール様はどうしてこちらへ?」
ビフレットが話を切り出すと、思い出したように公爵令嬢がキョロキョロと周りを見回した。
「そうでしたわ。こちらにマリーという方がいらっしゃると聞きまして」
でも畑に立つ美中年以外は視界に入らない。
「身繕いをして頂いたと聞いたので、お礼を、と思ったのですが、いらっしゃらない?」
「いる」
この状況に首を傾げた幼馴染みにジャガルドが短く答える。
彼の方が背が高いので、マリーが見えやすいのだろう。
彼女が困ったようにジャガルドを見上げたところで、ビフレットはズボンの袖を掴んでいた元マールドゴーラを抱き上げた。
「マリー、お話出来るかい?」
手らしきものが挙げられたので、彼女(?)を持って畑の外に。
それを姫巫女はガン見していた。
「あなたがマリーですの?」
ビフレットに抱かれたままのマリーが頷く。それを見てパアッと表情を明るくするアルプリール。
「今まで見た事のない方ですのね。とても賢いですわ。それに可愛らしい方だわ」
その誉め言葉の数々にマリーは顔であるはずの部分をビフレットの服に埋めた。葉っぱの先が赤くなっているので、紅葉ではなく照れているのだろう。
「アル、それくらいにしとけ」
ジャガルドがそう言わなければ、姫巫女の観察は続いていただろう。
「はっ! 申し訳ありません。不躾でしたわね」
アルプリールは我に返り、わざとらしく咳払いをする。
「マリー、キャロお姉様と手伝って、わたくしの手当てをして下さったと聞きました。ありがとうございますわ」
そして彼女は、自称執事の腕の中にいる謎の生物に人と同じようにお礼を言った。
姫巫女は巡礼先で町と言わず村の人、老若男女問わず出会う。
その時に『太陽と大地は等しくそこにある』というオルスス神殿の教義に基づき、生まれや容姿で差別など関係なく平等に接するように教えられる。
アルプリールは元々物怖じしない人物だ。「話を聞かない方でなければ大丈夫ですわ」と豪語しているため、初対面のマリーにも普通に接したのだった。
ちなみに、彼女たちが運び込まれた時、もう一人の女性であるチヤは、お店が営業時間内だったため屋敷におらず、苦肉の策でマリーの手を借りる事になったのだ。
頭の草から伸びたツルを使っていた気がするが……手、という事にしておこう。
ピンク色のお嬢様の言葉に首だろう部分を振る元マールドゴーラ。
それを見てジャガルドは「植物でも謙遜すんだな……」と思った。
ビフレットの真似なのか植物界にも謙遜が存在するのかは、深みに填まりそうなので考えるのを止める。
それよりも湖の向こうの木の陰から、こちらを見てうんうん頷いているバカはどうしたら良いだろうか。
戯れているアルプリールとマリー(+美中年)そっちのけで彼は考え始めた。
アルプリールはガライと同じく、護衛無しでの外出を制限されているので、本来の護衛シモンが臥せっている今、ジャガルドがその役目に就いています。
その分、アニキが野放しだ!
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