隠し味は前面に出てきてはいけない(からすっこんでろ!頼むから)
朝食と現状確認。
アルプリールの服は、合う服がなかったので寝巻きのままストールを肩から掛けているか、謎の早着替え(令嬢の嗜みですわ!)をしたと思っておいて下さい。
(前回、起きてからの着替えの表現がなかったので)
食堂には、先に食事を終えたのだろう筋肉ムキムキが座っていた。
手元には絞り立てなのか豆乳が入ったコップが温かそうな湯気を立てている。
「まあ、ルド様ではありませんか」
声と共に食堂の入り口に現れたピンク色のお嬢様の姿に、「あー」と思わず声が出る茶色い方のムキムキことジャガルド。
厨房へ繋がる通路に一瞬目線を向けてから、彼女へと口を開く。
「アル。挨拶」
「そうですわね。おはようございますわ、ルド様」
「ああ、おはよう」
出会い頭の指摘にも気を悪くする事なく、素直に応じるアルプリール。そして、何の疑いもなくレイニオの引く椅子に座る。
それを見届けてから、朝食準備をするためにチヤが、先程ジャガルドの見ていた厨房へと消える。
「貴方がいるという事は、ここはシルーバ伯爵領なのですね」
目の前の男が、蒼髪の令嬢と共に王都から離れた土地に赴任する事になった、という話は彼女も知っている事だった。
別にそこは隠していないし、何なら王命でもあるので、調べれば誰にでも判る事である。
ただし、調べようと思わなければ、判らないままだ。
「そう言うって事は、何処から来たんだよ。……そうだ。ここはシルーバ領のプレートっつー町だ。そこから湖が見えんだろ」
そう示したのは、大きな窓。
その先には『乙女の涙』が正しく涙を流しそうに、上がり立ての朝日を受けて端だけがキラキラと煌めいている。
「唯一見所の水溜まりだ」
「まぁ!ステキ」
夜から目覚めようとしている森と湖に目が釘付けの彼女を見ながら、豆乳を飲むジャガルド。
おかわりを貰いに行った友は料理人から事情を聞いているだろう。
そう思った時、その入り口から朝食を乗せたワゴンを押してチヤが現れた。
後ろにちょろっと赤銅色の髪が見える。手を振って、すぐに引っ込んだが。
「はっはっ、ここに住んでたらすぐ見飽きるさ。ほら、お待ちどう」
言葉と共にテーブルに置かれたのは、トマッホベースの具沢山のスープと、コルメルと呼ばれる白い穀物をスープで煮崩した上に、鳥肉のボイルを細かくしたものを乗せた料理だった。一番上に散らされたネーマの小口切りが目に鮮やかだ。
「1日食べてないからね、お腹に優しいものにしたよ」
「有り難うございますっ!」
待ちきれない、と言ったように食事前の祈りを唱え(「以下省略」とか聞こえたのは気のせいだろう)、スプーンを手に取る。
どうやらレイニオは厨房の方で食事をするようだ、とジャガルドは空になったコップを机に戻しながら何気無く思った。
いつの間にか、その姿が見えなくなっている。
ジャガルドが置いたコップをチヤが回収して、厨房へ戻っていく。
アルプリールのお礼は聞こえているだろうが、返事はヒラリと手を振ったのみ。
「チヤー、とっても美味しいですわー」
その背に目の前のピンク色も感想と共に手を振った。
たかが煮崩したコルメルと言うなかれ。
野菜や鳥ガラから取られた優しい味の出汁に、それを引き立てる少量の調味料。何の調味料かは企業秘密だそうだ。
解した鳥肉も柔らかく茹でてあり、口の中でフワリと解れる。
行儀が悪いと判っていても、思わず伝えたくなったのだ。
「ほら、ちゃんと前見て食え。もうすぐキャロも降りてくんだろ」
まあ、気持ちは判るが、と思いながらもジャガルドは、何故か母親のようなセリフを年下の幼馴染みにかける。
1番効きそうなワードを入れながら。
「あ、そうですわね! ルド様がいるのだから、当然いらっしゃるのよね!」
流石に物が口に入っている間は喋らないが、充分咀嚼した後、嬉しそうに言った。
「まあな、領主代理だしな」
キャロラインが来るまで付き合うつもりだろう。ジャガルドは座ったままだ。
「で、何処から迷ってきた?」
「迷ってはおりません! 途中、多少……、道が無くなったりしただけですわ!」
忙しなく口を動かしながらも、彼女は返事をする。根が素直なので、あまり取り繕わないタイプである。
「ルクロースですわ」
「は?」
聞き間違いかと、ジャガルドは眉間にシワを寄せて聞き返す。凄んでいるようにも見える。
「だから、ルクロース子爵領から森を突っ切って来たのですわ!」
「マジかよ」
「おはようございます」
そこに食堂の扉を開けて、(ジャガルドにとって)救いのメガネ……ではなく女神が現れた。
その声にパッと表情を明るくして、アルプリールが振り向く。
「キャロお姉様ー!!」
椅子から立ったかと思うと、キャロラインに猛烈タックル。
……と思ったら本人が弾かれた。
「キャインッ」
「……わたくしの反射神経も衰えていませんわね」
飛びかかった勢いそのままに跳ね返って何回転か転がったピンク色を脇目に、キャロラインは1つ頷いた。
少女が跳ね返ったのは「キャロお姉様」の声に反応して、脊髄反射で風の魔法で防御したから。
久し振りでもこの声に反応出来た自分を誉めてあげたい。
「アル、食事中に大声を出したり、立ったりするのは行儀が悪いですわ」
そして、いつも通りに注意をしてジャガルドの隣、つまりアルプリールの対面に座った。
「つい嬉しくて。おはようございますわ、お姉様。大目に見て下さらない?」
席に戻りながら彼女がはにかんだ。
さっき自分もそう思ったけれど、姿を見たら、つい。
「……まあ、仕方ないでしょう。大変だったようですから」
キャロラインの声が聞こえたのだろう(そうでなくても今日はよく判っただろう)。準備していたらしい料理を持ってチヤが姿を見せた。ついでにジャガルドの豆乳おかわりも。
何か後ろの方で外を指差している男がいるが、無視の方向で。
「おはようございます、チヤ。今日は何かしら」
サッと赤銅色の頭が見えなくなった。
「おはよう、キャロ。今日はキノコのオムレツとそっちにもあるトマッホのスープ、茹でたアスパパルのサラダだよ」
ちなみにパンはテーブルに置かれた籠に山盛り入れられている……のだが、ムキムキ2人によって大分食べられた後のようだ。
置かれた皿に目を輝かせたのは、もちろんアルプリールである。
胃に良さそうな自分の食事も美味しいが、匂いが色彩が「美味しい」と全身で訴えかけている。
「いいなぁ……」
思わず漏れた言葉に、料理人が笑う。
「ちゃんとお昼には皆と同じ物を出すから我慢をし」
子供に言い聞かせるような物言いになってしまうのは、彼女の仕草が年齢よりも幼いせいだろう。
「た、食べにくいですわ……」
「耐えろ。犬に見られているようなもんだ」
その間に幼馴染み2人は囁き合った。
「……ですから、シモン様は現在、別の部屋で寝かせていますわ」
ようやくお腹が落ち着いたのか、静かになったアルプリールを見ながら、キャロラインがバジークたち冒険者に拾われた後の話を、彼らに聞いた通りに伝えた。
有り体に言ってしまえば『彼らが貴女たちを運び込んで来て、自分たちが手当てをしましたよ』という内容だ。
護衛である神殿騎士シモンに関しては、傷は深いが命に関わるものではなかった、と伝えると、彼女は深い溜め息を付いた。
「よかった。魔力放出を制限された時には、どうなる事かと思いましたわー」
その一言でピクリと反応した2人。
「制限されたというのは、どういう事かしら?」
キャロラインの問いかけに、バッと立ち上がった。食べ終えた食器を横に避けつつ。
「そうなんですよ、お姉様! 聞いて下さいっ」
また騒ぎだしそうな気配に、咳払いを1つ。すぐに静まり、そのまま座る。
躾が行き届いているようだ。
「ご存知だと思いますが、今の時期は巡礼の旅の季節です」
そして、真面目な顔で話し始める。
「そうですわね。時期的に王都の東の方を廻っていたのでは?」
「コイツ、ルクロースから来たみたいだぞ」
ジャガルドが先程聞いた事実を伝える。
「は?」
何だか幼馴染みと同じ反応をした、侯爵令嬢。
「確かにこの町は巡礼のルートからは大分外れていますが……」
信じられないのか引いた顔で、でもオムレツの最後の1口をよそいながら言う。
ルクロースとは、このプレートの町から北北東にある子爵領だ。
ルートにもよるが、『葉霧の森』まではいかないものの深い森を突っ切った先にある。
「そこで『賊』に襲われて、森に逃げ込んだのですわ」
この娘は簡単に言うが、普通はそんな選択肢は採れない。ましてや、
「その前に魔力放出を制限するようなブレスレットを付けられて、魔法はまともに使えないし、シモンも途中で怪我を負うし、大変でしたわ」
魔法使えない、荷物(体格の良さそうな成人男性)を背負っているという死亡フラグ満載の条件で、だ。
その状態で、魔物の出現頻度高めの場所を長距離移動するという、頭の悪い事を目の前の公爵令嬢はやってのけてしまった。
「わたくしも聞きたい事が沢山出来ましたが、まず先程の『魔力放出を制限するブレスレット』とは?」
キャロラインは頭の痛くなりそうな案件に、最初に聞きたい事を聞いた。
「見た目はキレイなブレスレットでしたわ。町の子供にもらいましたの。思えば、付けてもらえと命令されていたのでしょうね。ちょっと涙目でしたわ」
小首を傾げ、何も気にしていないように見えるのは、大物と感じるべきなのか悩ましいところだ。
何も考えていないのだろうな、と2人は思っている。
「『まてい』の首輪と似たようなもんか」
ジャガルドの言うその代物は、正式名称『魔力放出停止の首枷』だ。決して彼が名前を付けたわけではない。
主に軍が対人の捕縛や拘束に使い、効果は文字通り、魔力が体内から放出されるのを停止させ、魔法が使えなくするものだ。
……この状態の事をどこかで聞いた事があると思った者は、何人いるだろうか。
「多分、それよりは効果が薄かったと思いますわ。少しだけ魔力を体から離して結界が張れましたもの。
でも、いつも以上に疲れましたし、少し前を歩いているシモンまでは効果が届かなかったですわ」
キャロラインはオムレツを飲み込んだ。
残りを聞く際に、口に残っていたら多分溢す。そんな予感がしたからだ。
「彼が怪我をしてからは、わたくしが担いで森を走ってきたのです。ガライ様の身体強化を見様見真似で練習していてよかったですわ!」
そして出来上がった『森を有り得ない速さで疾走する神殿騎士オン姫巫女』という絵面。
逆なら物語とかでありそうだけれど、反対になると違和感しかない。
目撃者がいたのなら、何度も見直す事になっただろう。
その光景を想像した2人が、片や呆れからくる溜め息を口を拭う事で誤魔化し、片や守るべき対象(しかも黙っていれば美少女の部類)におんぶで運ばれた神殿騎士に憐れみの念を送ったのは、仕方のない事だ。
「貴女……、そんな事してたの……」
きっと周囲に気付かれないように無駄に練習していたんだろうなぁ……とキャロラインは思った。容易に想像が出来る。
「途中で魔力が切れてしまいましたが、何事も『備えあれば嬉しい』ですわ!」
庶民派お嬢様はサムズアップをしながら、東の国の言葉を使った。
「それを言うなら『備えあれば憂いなし』です……」
朝から疲れた、とばかりにそう洩らした侯爵令嬢に、厨房から食後のお茶を運んできた料理人は黙って、いつもより多めにミルクと砂糖を入れたティーカップを差し出した。
この調子で続きます。
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