段ボー……木箱、用意した方がいい?
暴走馬車が停まっている間になんとやら。
今回は、つまり、そういう事です。
眩しいだろうと花柄のカーテンが引かれた室内は、それでも日中の陽光の全てを遮る事など出来無いのか薄明るく、成人しているが幼さが大分、いや、かなり色濃く残る少女が気持ち良さそうに眠っているのが見て取れた。
ぷっぴぃすすすすすーという独特の寝息は、深く寝入っている=安心している、というパロメーターだという事を、部屋に入ってきた彼らは知っている。
「まったく。この娘は少しも変わりませんわね」
何度もこの状態を見た事のある蒼髪の令嬢は、イモムシ状態になっているピンク色の頭を見下ろしながら、呆れたように小声で言った。
「でも、本当に無事でよかった」
その主は令嬢の後ろから上下する肩に安堵する。
いつも賑やかなこの少女が静かになるなど、恐怖しかない。
「賊に襲われたって言ってたんだろ?」
扉の側に待機しているもう一人の幼馴染みが、険しい顔で聞いてくる。
「『賊』って一言に言っても、いろいろあるからなぁ」
主の口が皮肉げに歪む。
いくら庶民派お嬢様だろうが、初対面の者に本当の事などいえないだろう。
思い付く事柄に令嬢が、「はぁ」と溜め息をわざとらしく付いた。
「つまり、誰かに狙われてんのか!? 姫巫女が?」
声を落としているが、護衛の驚く声が届く。
今代のオルスス神殿の姫巫女は、誰かから恨みを買うような性格ではない。それを知っている彼は思わず、といった様子だ。
「でしょうね」
その声を無視して、彼女は隣に立つ偉丈夫を見た。
「貴方は接触禁止で」
「えぇー!?」
久し振りに会う王都の知り合いに、話題は事欠かないくらいあるのに、「会うな」とは。
ちょっとヒドくない?と蒼い頭を見下ろす。
だが、後ろでも頷いている気配がする。
「理由が判るまでは絶対です」
「……はー、仕方ないなぁ」
多数決で負けた彼は、渋った態度をしつつもあっさりと引き下がった。
本当は言ってみただけだから。
彼女を追ってくる輩がいないとも限らない、と3人は理解しているのだ。
『賊』が何処の誰かにもよるが、逃がした獲物を諦めるとは思えない。でも、判っているけど、動いている彼女を見たいな、と彼は思う。
……見ている分には、小犬の様でとても癒されるから、なんて本人には言えないけれど。
彼女は鳥の声に目を覚ました。
視界の端に映るカーテンの花柄。
そこから漏れるまだ弱い日差しに、まだ日が昇るか昇らないかくらいの時間だと直感する。
知らない天井、ではなく横を向いていたので、知らない壁。
だが品の良さそうな壁紙が貼られており、普通の民家で無い事を物語っている。
はて、何処かの貴族の家にでもお邪魔したかしら、と彼女は身を起こした。長いふんわりとしたピンク色の髪が顔に落ちてくる。
久し振りによく寝た、気がする。
髪を掻き上げ身動ぎすると、ふわりと魔力の流れを感じた。家令がゲストの様子を伺ったのだろう。貴族の屋敷では良くある事だ。
しばらくすると誰かしら様子を見に来るだろう、と彼女はベッドの上で微睡む。
寝過ぎて体が痛い。
思った通り、あまり時を経ずに扉がノックされる。
恐らく、自身の護衛のシモンが付いて来ているのだろう……って。
「あ」
ようやく自身が意識を失うまでの事が思い出された。
シモンはボロ雑巾みたいになっていたし、自分もドロドロだった。
体が痛かったのはその為かー!
そして、ここ何処ー!?
馬車に乗った冒険者に話しかけられたのは覚えてる。その後は!?
違和感なく起き上がれたという事は、拘束などはされてないという事。
服は……変えられている!
サーッと青くなる。何か、された!?
その時、再びノックされる。
慌てていたため、返事をせずに意味もなくベッドの上に立ち上がる。程よいスプリングだ。
ボソボソと扉の前で話し声がすると思いながら、キョロキョロと部屋を見回す。
か、隠れる所はないかしら!
「何やってんだい……」
ガチャっと遠慮なく扉を開けたチヤが見たものは、ベッドの下に潜り込もうとして、下半身がはみ出た公爵令嬢の姿だった。お尻がぽっこりしている。
「……ちょっと物を落としただけですわ……」
自分でも無いわーと思ったのだろう、言い訳じみた言葉が返ってくる。
「落とすようなもの、なかったはずだけど? ああ、常識でも落とした? その辺には無さそうだけど」
だが、そんな状態でも容赦なく突っ込むのが、母親と一緒に入ってきたレイニオだ。
「うぅ、ヒドイですわ……」
そう言いながら、のそのそとベッドの下から這い出して来て、その場に座り込む。そして、ようやく部屋に入ってきた者たちをしっかりと見た。
「あ、ガライ様の側付きの生意気小僧!」
「いい大人が人を指差さないで。ふわふわなのは髪の毛だけにしてよね。後、僕、前にちゃんと名乗ったよね、レイニオって」
庶民派お嬢様に遠慮しないレイニオは、自分を指差す相手に倍の指摘をする。
これはキャロラインから「あの娘が失礼な事をしたら遠慮せずに言いなさい」と許可を貰っているからだ。
まあ、言われてなくても言いそうだが。
「レイニオ、それくらいにしておかないかい。ちゃんと寝られていないのは判ったから」
傍観していた母親が、長くなりそうだと思ったのか義息子を止めた。
彼は知らない人がいると寝られない。そのため、夜通し気を張り詰めていたのを知っている。
だから、不機嫌なのも仕方ないといえば仕方ないのだが。
ちなみに自称執事は、彼女の健康優良児っぷりを耳にした事があったのか、現在も普通に寝ている。
注意した事により、彼女の注目がチヤに向く。
「あら、初めましての方ですわね?」
彼女が尋ねると、チヤは軽く頷いた。
「ああ、初めまして。あたしはこの子の母親でチヤっていう」
そう彼女が告げると、少女はバッと顔を上げてキラキラした目で見てくる。
「貴女がチヤですのね! お話はガライ様たちから伺っておりますわ!! 1度お店に行きたかったのですが、許可が下りなくて」
ついでにお腹が鳴った。
彼女の場合、「グー」とか「キュルルル」と鳴るのではなく、「ピヨョー」と小鳥の鳴き声のような音だった。
それを聞いて気が抜けたのか、レイニオが頭を掻いた。
「申し訳ありませんわ」
お腹に手を当て、少々顔を赤くする彼女にチヤは笑った。
「元気そうで何よりだよ。少なくとも1日何も食べてなかっただろうから仕方ないね。腹は減るものだし、鳴るもんだ。朝食は出来てるから、歩けるなら食堂まで移動しよう」
「1日?」
そう言って、先程まで考えていた事を思い出す彼女。
「そうですわ! 聞きたい事がいっぱいありますの!」
ようやくか、という顔のレイニオと、その頭を撫でる母親。想定内の言葉だ。
「まずはエネルギー補給しなよ。ガライも言ってるだろ『食事は体を育てるだけじゃなく……』」
「『頭に叡知をもたらす』のですわ!」
何でそんな事は覚えているんだよ、とレイニオは思った。
アニキもアニキで何言ってるんだよ。
お腹が空いているのは同じなので、口は挟まないが。
「じゃあ、行こうか」
「お待ち下さいまし、チヤ。改めて自己紹介を」
そう言うと、彼女はスッと立ち上がり、居ずまいを正した。
「わたくしはオルスス神殿の巫女をしておりますアルプリール=パイバーネスと申します。アルと呼んで欲しいですわ」
同時に綺麗なカーテシーを行った。それに顔を背けたチヤが扉に足を向ける。
「ただの料理人に大仰な挨拶は不要だよ。それにあんたを襲った手の者かもしれないよ?」
「あの冒険者たちもグルだったりして」
扉を開けて待機しているレイニオが付け加える。
「身体が自由な時点で有り得ませんわね。プラス美味しいと評判の料理が食べられるのなら、拐かされた言われても文句は言いませんわ」
その扉を潜りつつアルプリールは微笑んだ。
● 部屋の前での義親子の会話
「うーん、起きてはいるんだけど」
レイニオはノックした手をそのままに首を傾げた。風の魔法によって、来客の起床を感知したのだが、ノックをしても部屋の中から返事がない。
「あー、多分、眠気が取れて現実に直面してるんだろ」
女性の部屋に入るため付き添ってもらった母親が、呆れたように現状を推測する。
「そろそろ窓から飛び降りるとかベタな事やりそうな気がするから、入るよ」
そう告げて、義理の息子の代わりにドアノブに手をかけた。
●
で、「何やってんだい……」に続きます。
視点をアルプリール寄りにするために、あえて本文には入れていません。
長くなったので、切りました。
こういうキャラの方が書きやすいのは何故……。
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