ピンク色は恋の色?違うだろ。
とうとう暴走馬車が町まで来たようです。
事件は彼らの預かり知らないところで起こっていた。
「がんばって、くださいまし。もう少しで、街道、ですわよっ」
その長い髪を無造作にまとめ、自身も多少の傷を負いながらも、更にボロボロの男を背負う少女が、深い藪の中から現れた。
絶え間なく声を背中の男にかけながら、違う町からようやくここまで辿り着いたのだった。
そのため、清潔であっただろう衣服は汚れ、物乞いのような姿をしているが、彼女の纏う空気がそれを裏切る。
「全く、厄介な事に、なりました、わ!」
よいしょ、と男を背負い直した彼女の瞳に絶望は無く、真っ直ぐ街道の先を見ていた。
「ムカムカ!ですわ! 覚えてろっ!ですわ!!」
辛うじて「ですわ」が付いているが、言葉汚く罵りながら歩いていく。男との体格差があるため引きずっているのは気にしない。そんな事は今更だからだ。
歯を食いしばって歩く事、しばし。
珍しい事に背後から馬車の音が聞こえてきた。
この街道は滅多に人は通らない。だからこそ、彼女は身構えた。
彼女たちをこのような目に合わせた者たちの手の者かもしれなかったから。
馬車が彼女たちの横を通り、しばらくして歩みを緩める。
「怪我人か? 凄い格好だけど」
荷台から顔を出した深緑色の髪の男が細い目を見開きながら問い掛けてくる。
一目で訳アリだと思ったのだろう。近付いてくる気配はない。
「見ての通り、賊に、やられまして、よ!」
彼女も立ち止まって距離を詰めるのを阻止する。
あいつらの仲間だった場合は、背中の彼を置いて逃げるしかない、と覚悟を決める。
「おい」
馭者席からぶっきらぼうに声がかけられ、深緑色の髪の男が肩を竦める。
「見るからにあいつらの関係者だろうが」
「だよねー、『やられましてよ』だもんねー」
相棒からの言葉に軽く返事を返し、また彼女に向き直る。
脳裏に蒼い髪のメガネをかけたお嬢様を思い浮かべながら、どう言ったら警戒されないか、と思考を回らせる。
「オレたち、冒険者なんっすけど、乗っていかないっすか?」
まず本題を掲示する。
「見ず知らずの方に、乗せて頂く訳には参りませんわ」
当然、お断りされる。
背中の男の様子を見ながら、観察されているのが判る。
「こっちのでっかいのは『さすらいの大根切り』っていう結構有名なヤツなんだけど」
「『芝刈り機』だ!」
「はいはい」
そう言うと、彼女は目を見開いた。
「まぁ!聞いた事がありますわ。とてもお強いのだとか。……でも、活動場所が違うのではなくて?」
その言葉に、荷台の彼は苦笑を漏らした。
こんなお嬢様っぽい人にまで『大根切り』の情報は知れ渡っているようだ。
そして、またこんな所に来ている自分たちにも呆れている。
「あー……。前に魔物を追ってこの辺りまで来た事があって、ある村、じゃなかった、町に滞在したんだけど、その時に」
馭者台をチラリと見やる。
「出された料理が美味しかったから、その時の報告にかこつけて食べに来たっすよ」
「熊ジャーキーは酒に合う」
前からサムズアップを見せる男。
2人の会話に揺らいだのか、彼女はゴクリと口の中の唾を飲み込み、彼らに尋ねた。
「それって、もしかして」
「だから、『プレートの町』に料理人の『チヤさん』に会いに行く予定なん……」
「よし、のったー!!」
そして彼女はバタリと倒れた。
「で、今に至る、と」
屋敷の食堂で、口元をヒクリと引き吊らせながら蒼髪メガネの令嬢キャロラインは、訪れた客の話を締めくくった。
「あの娘は一体何をしているの……」
「大事に至らなくて、よかったじゃん」
その横に座るガライはお茶のカップをテーブルに置きながら、さらりと言う。
現在、プレートの町の奥にポツンと佇むお屋敷に冒険者2人は訪ねていた。もちろん、お嬢様らしき少女とその背負っていた男を運び込んだためだ。
運び込んだ時は、キラキラしい執事が大慌てだったが、今は客室のベッドに寝かされ手当てを受けている。
もっとも、少女に関してはほぼ疲労と寝不足だけだったため、爆睡しているだけなのだが。
「下手したら、『神殿の姫巫女』を失う事になってたかもよ」
「滅多な事を言わないで下さい」
陰謀の見え隠れするその言葉に、キャロラインは隣の金色の目を睨み付ける。
「ともかく、助けてくれてありがとうな。バジーク、ステイク。あの子は俺たちの妹分なんだ」
キャロラインの視線を物ともせずに、ガライは目の前の冒険者に頭を下げた。王族云々を抜きにして、個人として礼を言いたかったから。
それに慌てたのは深緑色の髪の男、ステイクだけで、鈍色の髪のムキムキ、バジークは手を振った。
「あの嬢ちゃんが大の男を背負ってこんな場所まで来たっていう方が、スゲェ事だと思うぞ。何処から歩いて来たのか知らねぇが、あの辺りに民家なんてねぇからな」
魔物蔓延る土地を歩いてきた、というのは間違いない。それがどんなに大変な事か、討伐特化の冒険者は嫌という程知っている。
「あの子はいろいろ使えるからなぁ」
「才能の無駄遣いですわ」
ガライの笑いを含んだ言葉に、横の令嬢は溜め息を付いた。
「ところで、さっきから不穏な単語がちょいちょい出ている気がするんっすけど……」
キャロラインにまだ慣れないのか、キツネ目の男が恐る恐る話を挟んでくる。
「不穏? どこが?」
ロイヤルなムキムキが不思議そうに尋ねた。判ってないのかよ、と思わず言いそうになったのを、グッと我慢する。
「『神殿』とか『姫巫女』とか『妹分』とか!」
「ああ!」
「あの娘、名乗らなかったのですね」
ガライはポンと手を打ち、キャロラインはなるほど、と軽く頷いた。
「そうですね。本人から聞いた方がいいと思いますが、本人が寝ていますので仕方ないでしょう」
蒼髪の令嬢の言葉に、その本人よりも身分が上の男がニヤリと笑う。
「あの子はアルプリール。パイバーネス公爵令嬢で俺たちの幼馴染み」
「しかも、オルスス神殿の神託を受けるという『姫巫女』の身分です。まあ、わたくしよりも市井に近いので、普通に扱って頂いて構いませんわ」
軽く言う幼馴染みである2人だが、聞かされる方はそうもいかない。
オルスス神殿というと、女神オルスイースを奉る神殿の事だ。
この国の守護と豊穣を願い祈るための幅広い福祉の施設と思って間違いない。
そんな施設が王都の教会を総本山として、各地に設置されており(町には大体あるが、村には無い場合もある)、そのネットワークで国が声明の発信などで使用する事もある。
ライズ王国の王族は女神オルスイースの眷属という立ち位置がために、こういった役所的な使われ方をしているのだ。
そこの『姫巫女』となると、国内では誰もが知っている。
女神の声を聞く事(神託を受ける事)が出来るという事で、国王とまではいかないものの発言力を有する役職なのだ。
建国記などの本や絵本などで度々紹介されているため、「名前が一人歩きしている」とガライはたまに思っている。
何なら、子供たちの遊びに『姫巫女ごっこ』があるくらいだ。
そして、今代の姫巫女はフットワークが軽く、あちこちに出向いては気軽に魔法を施したり、井戸端会議に参加している庶民派。
が、それが公爵令嬢、更に『パイバーネス』。
『パイバーネス公爵家』といえば現在、当主が宰相の位に就いており、その人の娘もしくは孫という事になる。そうなれば本人の人柄とは別に、手の届かない存在に一気に格上げされる。
「よし、のったー!!」じゃねえよ、とステイクは思った。
『ですわ』も取って付けたようだったし。
まあ、目の前に前王弟がいるのだが。
「ガライ、すげぇヤツと知り合いなんだな……」
普通に感心している相棒が心底羨ましい。
「だよなー。騎兵団入っていると、いろいろ知り合いになるからさ」
朗らかに返しているムキムキには悪いが、さっき『幼馴染み』って言ったよね?と詰め寄りたい。
出来ないけど!
「そういう訳で、後はこちらで引き受けますわ。本人が望むなら回復した後、お礼に行くかも知れませんが」
メガネを意味もなくクイッと上げた令嬢はそう告げた。
「うん。どっちも知り合いだからさー」
ガライも快く賛成する。
「それよりも、お二方が再び訪ねて来たという事は、ペリュトンかチヤの料理の事でしょう?」
バレてるー、と2人は思った。
それ程彼女の料理が美味しいと、ここの住人も認めているという証拠であるのだが。
「チヤは町に店を持ちましたので、日中はこちらにはおりません。後程お店へ案内してオマケを打診させて頂きます。
が、先にペリュトンの件がどうなったかお聞きしたいですね」
店を持つという話が上がる前に町を去っていった彼らに新情報を渡しつつ、キャロラインはニッコリ微笑んだ。
「まあ、先日、憲兵隊の副師団長と辺境軍が1度に訪ねて来ましたから、報告は間違いなく上がっていますと断言出来ますが」
「何で2つも団体来てんだよ」
先日の事で鬱憤でも溜まっていたのか、「間違いなく」を強調して必要の無い事実を伝える。
それを事情の知らないバジークが怪訝な顔で突っ込んだ。
昔、戦隊もののピンクが好きだったなぁ……。
アルプリールって誰?て方は、「国王陛下と~報告書」回を読んで頂くと判りやすい(?)かもしれません。
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