いざという時に本性は出る
プレートの町に戻ってきて翌朝の出来事。
PVが50000、ユニークが13000超えました。
当作品に来ていただき、ありがとうございます。
キャロラインが町長に掛け合って宴会を企画しそうです。
「おはよう。みんな、元気にしていたかな?」
まだ朝霧のかかる『乙女の涙』は、まだ微睡みの中。森の木々は背の高いものから徐々に白くなっていく。
町並みは所々で朝食のために竈に火が入っているのか、煙が薄く棚引いている。
そんな本格的に活動するにはまだ早い時間。
普段はまだ寝ているであろう時間にも拘わらず、見た目王子様10年後は花々も恥じらうような笑顔でそこに立っていた。
潤んだ目元、白い肌に差す赤み、ふわりと揺れる髪は触れていたくなるような柔らかさで。
「やっぱり、自分の畑は落ち着く……!」
屋敷の庭にある自分の畑を眺める。
いない間に少し伸びたような気がする我が子たちが愛おしい。
愛おしすぎて、寝ていられなかった。
シルーバ領都ボンオネに行っていた十数日、屋敷の畑は執事見習いとその義兄弟、町で知り合った何人かの野菜を作っている人に頼んでいたが、やはり自分の目で見て、お世話してこそだと彼は思っている。
早速、畑に入り、1枚1枚葉っぱの様子を見る。
ちゃんとお世話されていたようで、元気のない葉は無さそうだし、虫食いの後があったとしても、しっかり駆除された後のようだった。
茎の根本に以前にはなかった蕾を付けたものも見られ、彼は終始ご機嫌である。
つい鼻歌を、やたらいい声で歌い出す程には。
仲間の最年少のリクエストであるエグタルのちょっとトゲのある葉を注意しながら見ていた時、左足首に何かがピタッと貼り付いた感覚がした。
この辺りで蛙や蛇などはあまり見た事がない。(ただし、魔物は除く)
何だろう、とビフレットは何の心構えもなくそちらに目を落とす。
そして、バチッと音がしそうな程ジャストなタイミングでそれと目が合った。
一拍の間。
「っきぃぃっやゃぁぁぁあああああっ!!」
町まで響く悲鳴を上げた。
人間、本当に焦った時の悲鳴は「きゃー」なのらしい。
「どうした、ビフレットっ!?」
数分後、早朝ランニングしていたらしい赤いムキムキと茶色いムキムキが現れた。
「すっげぇ声。鳥がバッサバサ飛び立っていたぞ」
茶色い方が全く心配していなさそうに感想を述べた。
事実、害を及ぼすような野生生物や魔物は人の住む場所には余り発生せず、見た感じでもそんな姿は見られなかったからだ。
しかし、自称執事が左足から身を出来るだけ離そうとしている変なポーズのまま固まっている。
「わ、わかさま……っ」
小型犬のように目をウルウルさせ、プルプル震えている成人男性(年上)。
貴婦人たちが見たら思わず「お家に一緒に帰りましょう」と言わずにはいられない様子だが、そこは男2人。異性でもあるまいし、何とも思わない。
ジャガルドは逆に鼻で笑っている。
「どういう状況?」
冷静に悲鳴の主に話し掛ける。
そうすると指し示される自身の遠ざけている左足。
畑の外からでは判らないので、断りを入れてから畑の中に足を踏み入れる。そして、彼に跪くようにしゃがみ、繁るエグタルの葉を退けた。
「ん?」
美中年の足に何かしがみついている。
何なら、頬擦りするように頭部らしき部分を彼のズボンに擦り付けている。
「ちょっと、ごめんなー」
ガライはそれを持ち上げてみた。
己の手の中、ぷらーんと揺れるニンジール……ではなく、人型の何か。
脇に手を差し入れ持ち上げた形なので、ビフレットと正面から向き合う状態。「ひっ」と声を上げかけた彼の背後から、それの正体がもたらされた。
「おや、珍しい。マンドラゴラじゃないかい?」
どうせムキムキ2人が飛んで行っているだろう、と悲鳴に対して普通に歩いてきたチヤだ。
料理の合間を縫って、ここに植わっているハーブを取りに来たのだろう。
ビフレットの事はあくまでも、ついでだ。
「あたしも動いているのは初めてみるよ」
「マンドラゴラ? 誰も抜いてないし、凄い声を上げたのはビフレットだし、マールドゴーラだったらそこに……」
以前、冒険者ギルドの薬草採取講習をしてもらった時に、みんなで採ってきた薬草が植わっているはずのプランターを見る。
畑の脇あるビフレットによって設置されたプランターの中には、マールドゴーラが3株入っていた。薬草採取のスペシャリストも確認しているため、間違いなくマールドゴーラだった。
が、プランターの真ん中に大きな穴が開いている。しかも、株が2つしかない気がする。
「お前、あそこから出てきた?」
ガライが手に持ったままのその物体をプランターの方に向けると、手足っぽい部分をバタバタさせている。
外すとパタリと止める。
またそちらに向けるとまたバタバタする。
「なるほど」
何が判ったのか判らないが、ガライが頷いた。そして、その物体をくるりと反転させ、向き合う。
ぷっくりと膨れた植物の根っこから手足らしき4つの突起が出ており、胴体にあたる部分の(葉が出る方を上と仮定して)上半分に埋め込まれているように存在する、黒い豆のようなつぶらな瞳がこちらの様子を伺っていた。
凄い声で叫ぶと言われている口はその時専用なのか、存在が確認出来なかった。
相手も人間を観察していたのか、動きを止めていたが、次の瞬間、ピッと短い手(仮)で敬礼らしきものをした。
恐らく、採取した時や畑にいた時の様子を見ていたのだろう。
「前から動いていたもんなぁ。マンドラゴラになったのかぁ……」
「ちょっと待て、ガライ」
しみじみ呟かれたセリフに彼の護衛が待ったをかけた。
「動いていたって、知っていたのか!?」
危険な生物を敷地内に入れるな、と言いたい。
迷い犬を拾った時と同じセリフで申し訳ないが、「いた場所に戻してきなさい」と言いたい。
「あー、前、風もないのにガサガサ揺れていたから。マンドラゴラとは思わなかったけど」
「大方、この男が愛情と一緒に魔力を込めすぎたんじゃないのかい」
マンドラゴラを無視してハーブを摘み始めていたチヤが、ありえそうな理由を挙げた。
それに反応するのはやはり本人だ。
「他の植物にもやっている事ですよ!? マールドゴーラだけでそんな事が……」
「あったんじゃない?」
「ねー」とガライが首を傾げると、手の中のそいつも真似をして上半身を傾げた。
マールドゴーラがマンドラゴラになるなんて聞いた事はないが、そもそもこの2つの種は生息域を同じくしている。
ハーフが生まれようが、特殊変異しようが不思議ではない。
結論、魔素って、すごいなぁ、だ。
「で、この子どうする?」
ガライがまたくるりとビフレットの方にマンドラゴラの正面を向け、現実的な話を持ち出した。
マンドラゴラは分類上魔物では無いが、魔法生物といったグレーゾーンな存在だ。
今、美中年に向き合って「いやん」と言わんばかりに身を捩っていようが、恐らく彼より強い。
「ラジーがいたらはっきり判るんだろうけど、どうやらビフレットの事気に入ったから出てきたみたいだ」
そう言ったら、草の部分が大きく縦に揺れた。
「それに畑の事、手伝ってくれそう」
それに「任せとけ」といったように手(仮)で本体を叩いた。
「面白そうだから、俺はいても構わない。ビフレット次第だな」
「オレはどっちでもいい。何かあったら倒すだけだ」
ジャガルドがソレに一瞥をくれながら言い放つ。その視線に「ひぇ」とばかりにホールドアップするマンドラゴラ。
力量差は弁えているようだ。
「あたしは賛成するよ」
ハーブを採り終わったのか、チヤが服の裾を払いながら立ち上がる。
「あんたの護衛になるじゃないか。あんた自身はあんまり戦えないんだろ」
「け、剣なら多少習ってます!」
多少……と、ムキムキ2人は彼の剣の素振りを思い出して顔を見合わせた。
彼の剣は飾りで終わった方がいろいろ平和だ、という感想しか出てこない。
「まあまあ。この子、お前に懐いているみたいだし、ゲットしちゃえば?」
「何かその言い方だと、丸い何かが要りそうな気がするな」
王子様10年後が丸い何かを掲げ「ゲットです!」と言っている姿が脳裏を過った。
今までそんな場面あっただろうか?
「とにかく、誰も反対はしないって事。この子も望んでいるみたいだし」
ガライが地面に下ろしたマンドラゴラは、一目散に美中年の元に走っていき、再び足首にひしっとばかりにしがみつく。そして、黒いつぶらな瞳で彼を見上げた。
その視線に「うっ」と呻いた彼は、恐る恐る腰を落とし視線を下げた。
「あのですね、私は、土いじりが好きです」
そして自己紹介を始めた。
「実家の影響で歌と踊りも好きです。でも距離の近い人は苦手です」
この場にいるみんなが察している事を、口に出す。
「魔物や大きな動物が来たら、多分、逃げます」
ここにいたら日常茶飯事に出会うそれらについて、迷いながらも伝える。
「そんな男としては情けない私ですが、それでもいいのですか?」
まるで求婚のようだな、とガライは思った。
ただでさえキラッキラの美中年が恥ずかしそうに顔を赤らめて告白する様は、愛を乞うているようにしか見えない。
チヤしかいなくてよかったなーとも同時に思った。女性に襲われる未来しか見えない。
「オレたち、何見せられてんだ?」
そんな場面に思わずジャガルドが呟く。
「……勧誘?」
ガライでも思わず首を捻った。
ちなみにチヤはさっさとこの場を去って行っている。
答えは決まりきっていたし、食事の支度があるからだ。朝の時間は有限なのである。
ビフレットの言葉に迷う素振りを見せたものの、こくりと頷いたマンドラゴラ。
どこの乙女だ。
「ありがとうございます」
そう言って、それを手で掬い上げた美中年。
少し前に、空が裂けそうな悲鳴を上げた者と上げさせたものとは思えぬ程、和やかな、というより、そこだけやたらキラキラしている気がする空間が出来上がっていた。
「じゃあさ、ニックネ……じゃなかった、名前付けよう」
「何でだよ」
その空気を霧散させるように筋肉ムキムキが声を上げた。もう1人のムキムキが思わずツッコミを入れる。
「何かさー、ここにいたら、マンドラゴラっていっぱい見かけそうな気がしない?」
「……あー……」
ガライの言葉を全く否定出来ずに、思わず納得の声を出したジャガルド。
ガライが見たというマールドゴーラの花畑もある事だ。確かにこれ以上マンドラゴラに出会わない、というかお目にかからないという事はなさそうである。
「……それじゃあ、マリーさんとお呼びしても?」
しばらく考えた後に、ビフレットが手に持つ植物に提案する。それに手を上げて賛成するマンドラゴラ。
「俺、マールとか付けるのかと思った」
それを聞いたガライが首を傾げた。
「オレはゴライオンだと予想してた」
その言葉に幼馴染みが付け加える。
「いつも率直な名前が多いのにー。作戦名とかさー」
実は今まで付けた作戦名や事件名は、ビフレットが発端となったものが多い。
そして、それを捻った挙げ句、何の事か判らなくなる仕上げをするのが、先程の発言の通りジャガルドなのである。
どうしてそうなったのかは、本人たちの中で完結しているため、全くの謎だ。
「とにかく、よかったな、マリー。これからヨロシク」
ガライが笑って、自称執事の手の中にいる新たな仲間の草をつついた。
このやりとりの間、他のメンバーは寝ていると思われます。後でキャロラインにマリーさん紹介に行きそう。
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