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前王弟殿下のかれいなる隠遁生活(スローライフ)【本編完結】  作者: 羽生 しゅん
領都来訪編:剣を振るには上腕二頭筋が不可欠
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立つ鳥跡を濁さないはずもなく

トレイトデーシュ平原から帰って来てからのガライと、メランチェリアの見送り。

今回、いつもより長いです。


遅くなりましたが、誤字報告有り難うございます。

どうも思ったまま覚えている単語が多いようなので……。





 「じゃあ、これ。約束してたヤツな。後、出来たらこれも」

「わぁ、ありがとうなのだ、がーちゃん」


 叔父と姪はボンオネの町の真ん中で挨拶を交わしていた。何故かついでに拳も交わしていた。




 トレイトデーシュ平原のロックリザードを確認したその日。領主邸に衝撃が走った。


発端は、平原に行っていた男が「ヒィルベリーを冒険者ギルドに卸して来たから、翌日には届くんじゃないか」という話の後、ついでとばかりにこう言ったのだ。


「そういえば、例の魔物を見てきたぞ。それが本当に小山ほどのロックリザードでな、特殊な個体かもしれないとステンと話をしていたのだ」


ラリー=シルーバ伯爵は、ヒィルベリーの報告にようやく痛み止めの薬が作られると安堵した瞬間、噂の大型魔物の報告に「は?」と不敬にも口を開けて固まった。


「その話をさせてもらうために、同行させて頂きました」


ガライについて執務室に入室していた元領地軍の老兵が、「その反応も仕方ない」と思いながら報告をすべく口を開く。


「目撃されたのですか?」


恐る恐るといった様子でラリーは重要な部分を聞き返す。


この話題を提供したのは自分だが、まさか今日の今日で確認出来るとは思っていなかったのだ。ある意味、前王弟殿下を危険な場所に送り込んだとも取られかねない。


だが、目の前の本人は気にしないように肯定する。


「ああ。本当に遠くから観察しただけだがな。(怒られるような事は)私は何もしていないし、危険もなかった」


「ガライ様は身体強化が使えるので、遠く離れていても充分情報を拾えたようです」


前王弟の肯定をステンが補足する。

その言葉に浮かしかけた腰を椅子に着地させた。そして、落ち着け、と自分に言い聞かせる。


「それで、その魔物が特殊かもしれない、というのは?」


ラリーの問い掛けに、ガライは1つ頷いた。


「まず大きさだ。見た感じ普通の個体よりも10倍はある」

「じゅうばい……」


10倍ってなんだっけな?と彼は一瞬現実逃避した。


判っている。すごく大きいというのは。

先の発言に『小山ほどの』というのは冗談ではなかったらしい。


「それから、普段は平原の隅に隠れ、他の魔物を食らっているようだ」


続けてガライが伝えると、ステンも自領の領主へ説明する。


「理由として、魔素を蓄えていると思われますが、他の魔物の討伐をしていると考えると、下手に手を出すのは悪手でしょう。しばらく監視する事を提案します」


「案外、隠蔽系の魔法を常に使っているから、魔力の補充だったりするかもしれん」


今思い付いたのだろう。うんうん頷きながら筋肉ムキムキが言った。


「隠蔽系の魔法となると、通常の土、火属性以外なのかもしれませんね」


そこも考慮に入れるべき、とステンが付け加えた。


「……すまない、ステン。報告書を上げてもらえないだろうか? 後でルメールを交えて話したい」


情報量が多そうだと判断したのか、はたまたまだ新情報が増えそうだと思ったのか、ラリーが眉間を揉みながら元部下にそう伝えた。


 その後、執務室に呼ばれた現領地軍隊長を交え、喧々囂々(けんけんごうごう)の対策会議が行われたのだが、自ら辞退したガライには預かり知らない事である。


「だって、領地軍の事に俺が口出ししたらダメだろ?」との事だ。


「今の身分はあくまで『昔お世話になった騎兵団上がりの冒険者』でしかないないし。……『領主代理の代役』?知らない子だなぁ」





 特殊個体のロックリザードはひとまず魔力感知能力が高い者で監視する、という結論が出たというのを聞いたのは、翌日、ステンに会ってからだった。


隠蔽系の魔法で隠れていた場合でも見つけられるし、うまくいけば相手の属性も判るかもしれないとの見積りなのだろう。


まあ、大きくなってもロックリザードはロックリザードだし、と身も蓋もない結論を出したガライ。


バタバタしている領地軍の皆さんが揃って「そんなバカな!」と言いそうである。


そのままステンと2人、あのロックリザードにどう立ち向かうかを言い合っていたところに、主を探していたらしいビフレットがガライを見つけ、こちらに近寄ってきた。


現在地、領主邸の中庭。

カトリ夫人がこだわって設定したと聞いた庭は屋敷の外観とは違い、華やかな様相だ。


花も葉も楽しめる木を配置し、蔦性のバラがアーチを作り、足元には薄ピンク色から深紅まで赤の系統色の花々が背の低いものから高いものへと順に植えられている。


そんな中、優雅に歩いてくる美中年。


似合いすぎて笑いが込み上げてくる。


それを察知したのか、ビフレットは貴婦人が倒れそうな笑みを浮かべた。


「ご機嫌麗しゅう、殿下」

「ごめん」

速攻で謝った。


「ビフレット殿はうちの婿(ミック)と違った意味で大変そうだな」


その横でステンが彼の容姿を評する。


どう見てもチャラい男と、どう見ても王子様な男。

人はいつでも見た目の印象に引っ張られるものなのだ。


「それで、どうした?」


今の時間、屋敷の使用人に混じって何かしているはずだ。

『何か』はガライも深く追及しないでいる。きっと後悔しそうな気がするから、あえて見逃している。


「メランチェリア様が、そろそろこの町を()つそうですよ」


その言葉に彼女の叔父は「あぁ」と声を上げた。


「俺を探していたとはいえ、通りかかっただけだろうしな」


そこは否定したいステン。

彼自身の長年いた場所だ。田舎とは判っているが愛着もある。

でも旅人の足を止めるまでの特色がないのも確かなのだった。


「この辺り強そうな人がいなさそうだもん。ヴォル団長への手紙の事もあるし、お見送りに行きたいなー」


そんな意図は全くなかったガライは、普通に自称執事に言っている。


「それならば、購入した商品を受け取りに行く際に、従者の方か宿の方に聞いてみましょう」


チヤのお使いで取り寄せの商品もあったため、時折ステンと一緒に町に行くビフレット。

その時ガライはお留守番だ。


そして、メランチェリアは身分を隠しての旅なので、普通にそこそこいいランクの宿に泊まっている。


まあ、この町に宿は3件ほどだが。


「それじゃあ、俺は部屋で型の練習でもしておこうかな」

「つい熱が入って暴れないで下さいよ?」


出掛けるというビフレットの言葉に、筋肉ムキムキは出来た寸暇を体を鍛える事に充てようとしている。美中年、思わず苦笑。


「大丈夫。大人しく動くから」


果たしてそれは大丈夫なのか?という言葉を彼はやたらいい笑顔で言い放った。






 そんな話をした2日後、彼らは町の中心部に近い宿の前にいた。


ふんわり黄色のカーテンが開け放たれた窓辺で揺れるそこは、メランチェリアたちが泊まっていた宿だ。


ガライたちが着いた時、彼女たちは辻馬車で隣町まで行くらしく、辻馬車の待合所まで向かおうとしていたところだった。


もちろん、隣町と言えども大きい方の街道を行くはずなので、プレートの町とは方向が違う。


「おはよう、チェリ。もう行くんだな」

「がーちゃん、おはようなのだ」


2人は普通に挨拶を交わした。


「だって、この辺りには強い人とか強い魔物がいないのだ」


叔父の読みは当たっている。

今、強い魔物はいるがガライが口に出す事はない。


「本当は『葉霧の森』にはいっぱい魔物がいるって聞いたから、行ってみたいけど、キリヤが許してくれないのだ」


「そちらの方面は何やら『人外魔境』と言われているそうなので」


名称の聞き覚えが滅茶苦茶ありまくるが、ビフレットは穏やかに笑ったままだ。

視界の端のステンが耐えきれず横を向いた。


それを不信に思ったのか、メランチェリアが顔を近付ける。


「あやしい……。何か隠してる?」

「まっさかー。『人外魔境』なんて凄い名称だなって思っただけ」


ガライにとっては初耳の単語だ。

彼もまさかプレートの町がそう呼ばれていようとは思っていない。


しかし、その意味を知るらしいビフレットの口元がほんの少しひくついた。


それを確認してしまった貴族の2人は「何かある」と感づく。社交にとって相手の顔色を窺う事は日常茶飯事だ。


「あ、そうそう、忘れない内に」


何かあるんだろう、とそのまま流す事を決めたガライが話を進める。


それを不満に思ったチェリがガライに手を伸ばす。


その手を除けて「行儀悪いぞ?」と言えば、「教えてくれないのが悪いと思うのだ」と返す。


そのやりとりが段々速く鋭くなっていく。


皇女付きのキリヤヴェーツは呆れたようにそれを眺め、ビフレットはあわあわしている。そこは戦闘経験によるものだろう。


 拳が交わされる間に冒頭のやりとりがあったその場に、ゆっくりと近付く一団。


「お爺ちゃん、何してるの? あれ」


温かく見守っていたステンの服の裾をツンツンと引く。ルミだ。


その横にはコーフィーと手を繋いだミックの姿が見える。

本日はどうやら非番のようで、以前、訓練場で見た組み合わせに足が止まっている。

コーフィーは可愛いらしい女の人が大男と目にも止まらぬやりとりをしているのに腰が引けている。


 少女の声にメランチェリアの拳をバシッバシッと受け止めて、ガライがいい笑顔と共に手紙をしっかりと渡す。


「ただ叔父が姪を見送りに来ただけだ」


前王弟の姪という事は、絶対身分のある人だ。と祖父の返答にルミは確信した。


「へー、そんな人がこの町に泊まっていたんだ」


その声にメランチェリアがルミを視界に納める。


「あ、可愛い子なのだ。がーちゃんの知り合い?」


そして先程まで激しいやりとりをしていた相手に聞く。


「ステンの孫のルミだ。後ろは父親と従兄弟」


屈んで視線を合わせるメランチェリアにガライが簡単に紹介する。

こんな状況下、ルミは咄嗟にキャロラインの教えを守った。


「お目にかかれて光栄です。ルミと申します」


(つたな)いながらもカーテシーらしきものを披露した。


「がーちゃん……」

何とも言えない目を叔父に向ける。


「キャロに言ってくれ。ルミは63点」

「えー」


何とも微妙な点数に格好を崩すルミ。

キャロラインを講師に指定したのは自分だというのに、「何を教えているんだ」という姪からの視線に苦笑しながら自分じゃ無いと否定するガライ。


「キャロラインなら仕方ないのだ。……そっちの子は本を持っているんだね」


叔父の側に大体いる蒼い髪の令嬢がメガネをクイッとする幻影を見ながら、メランチェリアはコーフィーに視線を変えた。


従兄弟とは違うタイプのお姉さんに、彼は叔父さんの後ろに隠れている。しばらくして、ようやく本の題名が見えたのか彼女が「あっ」と声を上げた。


「『旅ネコ』なのだー! 私は旅ネコを助ける騎士に憧れて、剣を始めたのだ!」

「ご家族総出で止めていたのですけれども」


『旅ネコ』の見方は人それぞれだと、その場にいた皆は思った。


「とりあえず、手紙、出来たらでいいから。ヴォル団長に渡してくれてもいいし」


咳払いをしてからガライは、先ほど渡した手紙の事をメランチェリアに改めて頼む。

それ以外は不味いのだと言外に仄めかしながら。


「1回はちゃんと会おうと思っているから、ちゃんと本人に直接渡しておくのだ」


彼女はそう言いながら、手紙を荷物の底の方に厳重にしまい込む。


行方不明の前王弟の手紙だ。

滅多な事では外に出す事は出来ない。


「チェリ様、そろそろ」


話が途切れたと思ったらしいキリヤヴェーツが主人に声をかけた。


「判ったのだ。……がーちゃん、とりあえずカルツ帝国(こっち)の家族には報告させてもらったのだ」

「まあ、当たり前だよな」


居ずまいを正したメランチェリアは今、言っておかなければならない事を思い出す。

それに軽く頷く。


「後、『あの女は諦めが悪いから、気を抜くな』とお母さんが言っていたのだ。隠れているのなら、油断するな」

「……ああ」


姪の言葉に思うところがあるのか、ガライは軽く目を閉じる。そこへ腹部にポコンと衝撃。

目を開くといたずらっ子のように笑う姪。


「いざとなったら、帝国(うち)まで逃げてきたらいいのだ。歓迎するのだ」

「ははっ、その時はキャロも一緒かもな」

「うぇー、礼儀に煩そうなのだよー」


そう言うと荷物を持ち直す。


「無理するな」

「こっちのセリフ、なのだ」


そして小麦色のツインテールと腕を大きく振って、彼女たちは馬車の待合所まで去っていった。



 「さてと」


 そう言ってガライは、固まったままだったルミの父親を見た。

どうやら、結局何も聞いていないようで、目の前で行われたあれこれに目を泳がせている。


「俺の方もそろそろ帰れそうな感じだから、お土産でも買いに行くか」


そう彼の家族に声をかけた。



おや、ミック殿、如何致した?

今から大型魔物の対策会議でござるか。

お疲れ様でごさるな。

拙者?

拙者は若様の監視係でござる。

あの方の幼馴染みたちから、度を過ぎた行動をしないように見張っておけ、と言われておりましてなぁ。

今回は無茶な事を仕出かさずに安堵しているところでござる。

何?若様とは誰の事だ?でござるか。

……想像におまかせ★でござる。



次回は、プレートの町に戻っています。

同時にミックはまた独り暮らしに戻ってます。


アニキ、お土産おくれー!とかロックリザードはダシに使われたのだ……とか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。

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