実は2皿目なサラダチキン
朝食にお呼ばれしたガライと領主夫妻からの依頼、というより提案……?
先週、用事して帰ってきたと思ったら、今更ながらに例の疾患にかかりまして、1週間文字通り倒れてました。うあ……。
あれはマジでヤバいですね……。
朝食の席は、新品のような真っ白なテーブルクロスの上、最近出回り出したという白いパンが香ばしい香りを上げながら籠に積まれ、採れたてだろう野菜のサラダは、すりおろしニンジールのソースを添えて。
炒りつけられた玉子にボイルした肉の腸詰め。デザートにベリリの実のタルトが並んでいた。
高齢の領主夫妻に合わされたメニューだが、それとは別に、料理人が気を利かせて、ガライには鳥肉を茹でたものが追加で皿に乗っている。昨日リクエストしたものを覚えていてくれたようだ。
食堂に来るまでに、身形を整えたガライは先に席に着いていた(ガライの登場で立ち上がっていたが)領主夫妻に軽く朝の挨拶を交わし、食事の席に着いた。
「それで、ラリー。私に何か用があるのではないか?」
拳ほどの大きさの白パンを3個平らげた後、ガライは領主に声をかけた。
朝食に誘われた真意をそろそろ聞いてもいいだろう。
「やはり判りますか。貴方様に依頼、もしくは忠告を、と思いまして」
「忠告?」
ナイフを置いて答えるシルーバ伯爵に、彼は訝しげな視線を送った。
壁際に他の使用人と一緒に立っている自称ただの執事が、何のリアクションも起こさないという事は、想定内の言葉なのだろう。そう思いながらも耳を傾ける。
「はい。このボンオネの町の西に平原があるのですが、ご存知でしょうか?」
「確か、トレイトデーシュ平原だったか。地層から隆起した岩が所々顔を出す、自然豊かな土地だと聞いている」
領主の問い掛けに、顎に手を当てながらガライは返した。その即時の返しに領主は「流石だ」と思いながら頷く。
こんな王都から離れた場所の特長をよく覚えているものだと。
……ガライに何故その知識があるのかというと、勿論、自身の仕事熱心な補佐官の入れ知恵である。
「お世話になるのですから、領地の詳細な知識くらい頭に叩き込んでおきなさい」と、実は引っ越し前、王宮にいる時から密かに丸暗記させられていた。
引っ越しの事を悟られないように、密かに、だ。
大事な事なので2回言ったが、その努力が実った。無駄にならなくて、何よりである。
「そこに現在、トカゲ型の大型魔物が出ているようなのです。実際、行商の者に何度か目撃されており、「どうにかしてくれ」と要望が入ってきています」
トレイトデーシュ平原は、プレートの町を通っている中央街道から枝分かれした街道とは違い、太さがある程度整備された街道が敷かれている。
幸いにも、その魔物は街道がある場所よりも奥にいるらしいが、街道からでも見える巨体は不安を煽るものでしかない。
「討伐の予定は?」
「今のところ、1、2週間の内には、と考えております」
討伐は領民のみならず、旅人、行商人にも安心感をもたらす。大型の魔物という事は、領地軍が出なければならない相手なのだろう。
ただ、1週間は早い対応といえるかどうかは微妙なラインだ。
「つまり、その内は私も立ち入らない方がいいと?」
サラダの上に追加の鳥肉を乗せながらガライは聞いた。
折角の旅行という名の視察なのに、その町の名物が見られないのは悲しい。
その心情を知ってか知らずか、伯爵は首を振った。
「そこまでは言いません。貴方様の腕前はルメールより聞いております。止めるよりも『こういう魔物がいる』とだけお伝えした方がいいでしょう? だからこそ『忠告』なのです」
「確かに。行動を抑制されるのは、余りいい気分ではないな。それで、依頼とは?」
恐らくここの領地軍の隊長より強いであろう男は、気になっているもう1つの言葉について尋ねた。
「貴方様は、冒険者登録をしているとお聞きしました。そこで、もし、そのトレイトデーシュ平原に向かわれる事がありましたら」
そう断ってから、少し悩んだ後、領主は口を開いた。
「……ヒィルベリーを採ってきてもらいたいのです。勿論、きちんと冒険者ギルドを通して、正式な依頼にさせて頂きます」
サッと顔を壁際のビフレットに向けると、嬉しそうにはにかむ。
流石、美中年。その歳でその仕草はイタいはずなのに、全く違和感を感じさせない。
「行く事があれば、か。ビフレット、どの辺りにあるか検討は付くか?」
シルーバ伯爵に二心は無いと判っているが、思わず確かめたくなってしまうのは、王宮の悪しき風習のせいだろう。
話を振られたビフレットは、そんな主人の迷いを晴らすために自分が頼られたのを、嬉しく思った。
「はい、ヒィルベリーは半日陰で育つ低木ですので、岩の根元辺りに生えていると思われます。余り奥まで行く必要は無いでしょう」
そう普通に答えたのは、疚しい事などないため心配は無用だ、と言外に伝えるためだ。
それにしても答えるのが早い。
流石、にわか農夫兼任の自称ただの執事。メジャーな植物の事ならお手の物のようだ。
それを聞いて驚く領主と微笑む夫人。
「よくご存知ですのね。植生まではあまり知られておりませんのに。『ヒィルベリーの採取』はリリ草と同じく、冒険者ギルドで常設されている依頼なのですが、採ってきて下さる方が少なくて……」
ヒィルベリーは、未成熟のものは頭痛や腰痛、婦人病などの痛みを伴う症状によく使われる。また熟した実は、酸っぱさはそのままに甘くなり、増血作用があると言われている。
恐らく、カトリ夫人も頭痛持ちか何かでお世話になっているのだろう。
しかし、採取量が少ないという事は、駆け出しのような冒険者は少ない証拠である。
この町には確か冒険者ギルドがあったはずだが、大方、中堅どころの移動途中に寄る、くらいの使われ方をしているのかもしれない。
「伯爵には世話になっている。その魔物の様子を見てくるのも一興だし、採ってくるのは構わないんだが、私のギルド証明書は特殊でね、ここでは使えないんだ。代わりにステンに納品してもらう事になる」
さっきまですっかり忘れていたが、ガライのギルド証明書は『冒険者ギルド ターリック支店専用』みたいなものだ。
つまり、この町のギルドに見せても情報が見られないという問題に当たる。
カード偽造までは疑われないだろうが。
「そうなのですか。それを踏まえて依頼を出させて頂きます」
その余り聞かない仕様に、領主は「まぁ、殿下だからな」と理由ような理由でないような事を思いながら、依頼の算段をつける。
「今日は天気もいいし、少し出掛けてみるのもいいかもしれん。平原を見てみたかったからな」
後付けのように本音を漏らし、ガライはサラダを口に運んだ。
それに有り難い事だと、夫妻は思った。
本来ならば、その身をお守りせねばならない相手である前王弟殿下に、このような事をさせるのは許されない事なのだが、この方はそういう扱いを嫌う。動いている方が、性に合っているのだろう、と。
勿論、義務を放棄する気はないが。
「そうしましたら、外で昼食を食べられるように手配しておきましょう」
壁際の見た目王子様10年後がそう提案をした。
「いいな。ルミも誘おうか」
もはやピクニック気分でガライがそれに乗る。
初日に別れてから、ルミの顔を見ていない。そろそろ様子を見に行ってもいいのではないだろうか。
「多めに作っておいてもらいます」
「ルミ、というと、ステンの孫でしたか」
伯爵が再びナイフを持ちながら、筋肉ムキムキに尋ねた。
「そうだ。薬草に興味があるようで、この間、ギルドの薬草採集の講習を一緒に受けたのでな。手伝ってもらおうと考えている」
本当はメランチェリアも呼べたらいいのだが、今朝の様子だと、今日は遠出するのを止めた方がいいだろう。
……お説教的な意味合いで。
ルミの場合は、昨日ステンに確認したところ「従兄弟に捕まっている」との事。
従兄弟とは、父親であるミックの兄弟の子供、という訳だ。どうやら歳の近い子がいるらしい。
合流してからステンに確認するが、ルミの予定は空いているものと思われる。
『捕まっている』とはどういう状況を指すものなのかは判らないが。
「それにしても」
ガライは食べ終えたサラダの皿を避けて、再びテーブルへと目を落とす。
「ベリリの実とは珍しいな」
そこには、デザートの皿であろうその上にタルトが鎮座していた。
黄色の果肉が贅沢に扇の様に並べられ、タルトを華やかに彩っている。そのナパージュ(艶出し)された黄色の花の上、皮をすりおろしたであろうオレンジ色が、香り付け程度に振られている。
「それは今日、市場に並んでいたものです。珍しいものだったので、食卓に付け加えさせて頂きました」
この屋敷の執事らしき男性が、そう告げる。
ベリリの実はこうしてたまに市場に出てくる。
普通はそういうものだと判っているのだけれども、ガライのイメージとして、四つん這いの少女の絵しか浮かばなかった。
市場のイメージに戻るには、もう少し時間が必要のようだ。
……あのジャムは全部捌けたのだろうか。
「そうか。貴重なものを有り難う。料理人にも宜しく言っておいてくれ」
そんな事をおくびにも出さず、ガライは感謝を述べた。
ベリリは運がよかったら沢山採れますが、木自体が少なく、成っているところに行き当たるのが「運がいい」レベルになります。
採れないわけではないのです。
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