どこが成長している、とは言っていない
レストランへ少女を連れ込んだオッサン3人。と、次の日の朝練前。
「1つは『ガライ=カールレーの消息を探ってくる事』なのだ」
「おおう、いきなりぶっ込んでくるなー」
不意に出た自分の名前にガライは声を上げた。
それに対し、彼の姪は頬を膨らませて見せる。
「これでも心配したのだぞ。無事だとは思っていたけど」
「それは仕方がないでしょう。王宮から何か探ろうとすると『クーデターを未然に防いだ事』と『前王弟を王都より追放した事』しか出てこない事になっているはずですからね」
そんな主をビフレットがフォローする。
クーデター云々は、勿論『王都大脱出!害虫爆発しろ!!独り身だよバーカ作戦』……つまり王都脱出作戦の内の1つである他国への情報操作である。
あえて、その2件を同時に流す事によって、「姿を消した前王弟が何らかの関わりがあったのでは」と思わせ、処罰した事によって「国内は安定した」と他国の追及を回避する目的がある。
国王と前王弟を個人的に知っていれば、疑いしか持たれない情報なのだが。
実際、その情報を受け取った皇帝一家は「裏がある」と直ぐ様家族会議をしたようだ。
「お母様が「ガライはクーデターには関与していないだろう」と言っていた。だからこその捜索なのだ」
メランチェリアが家族会議の結論、母親の言葉を引用した。
「同時に「あの女、ざまぁみろ」とか言っていたのだ」
「仲悪いからなぁ。すぐ思い付くか」
主語の抜けた言葉で、ガライが姪の言葉を肯定。言ったら沸いて出そうだからだ。
「若様、いいのですか?」
ビフレットが主の言葉に疑問を投げ掛ける。肯定するという事は、全面的に事実だと認める事と同義。
それにガライは頷いた。
「あの人に看破されるのは最初から判っていたから。ちゃんと報告するけど、あの2人(ラーチュカとキャロラインの事)も、それは折り込み済みだし。でも、ハッシュはハズレだな」
ラーチュカの側付きの青年は「そこまで読んできますかね?」と言っていた。いずれ何か奢らされるだろう。
「やっぱり今回の出奔は、そういう事なのだな。ここで目的2つ目。その女の動向を探ってくる事」
そこでガタンと音がしたと思ったら「あいったー」と痛くもないはずなのに反射で声を上げる男が1人。
「危ないですよ、メランチェリア様」
自称執事がその発言に対し、主の代わりに苦言を呈する。
「あの人は食虫植物みたいなものですから。貴女のような可憐な蝶は食べられてしまいます」
『社交界の一輪花』は、王宮の闇も熟知している。何人もの知人がその毒牙にかかっている事も、薄々気が付いていた。
「可憐な蝶って、がーちゃん……」
彼女は助けを求めるように筋肉ムキムキを見るが、彼は首を振っただけだった。
自称執事の通常運転だ、諦めろ、と。
それに溜め息をついて、メランチェリアは心配そうな美中年に向き直る。
「大丈夫。王宮には近付かないのだ。あくまで武者修行が第一目的なのだ」
家族からもそれを聞いているのだろう。彼女はヒラヒラと手を振った。
「それじゃあ、俺から騎兵団団長に一筆書いておこう。そこなら腕試しも情報収集も出来るだろ」
深入りしないというのなら、ある程度出所を制限した方が安全だ。
彼にとっても、彼の姪にとっても。
「ジャガルドの父君だったな。確か屋根の魔除けみたいな顔してる」
そんな提案に彼女は、叔父の護衛である青年の父親を思い出す。本人に失礼ではあるが、覚え方が非常に的を得ている。
ようするに、本人に知られなければセーフなのだ。
「そう。俺の王都脱出にも関わっているから、便宜を図ってくれると思う」
「手合わせもしてくれるかな?」
「強いヤツは大歓迎だと思うぞ」
ライズ王国騎兵団は、身分は問わず実力が物を言う。メランチェリアならいい線行くだろう。
会話を聞いていたビフレットは、屋敷に帰ったらレターセットを用意しなければ、と正面に座るアグレッシブな王族2人を見て頷いた。
もちろん、前王弟が騎兵団団長のヴォルチャー=ロガシーに送るのに相応しいものを、だ。
「手合わせといえばさ、俺、今朝ここの領地軍の訓練に参加したんだ」
その急な話題に帝国の皇女は目を瞬かせた。そして内容を飲み込むと、物欲しそうな顔を叔父に向けた。
「いいなー。私もがーちゃんと手合わせしたいのだー」
ガライの実力をある程度把握している少女は、その機会を羨ましがる。
ガライの首は太く、肩幅を見ても鍛えているのが判る。
更に再会した時の立ち姿。
荷物を沢山持っていたが、あれには隙がありそうで全然なかった。だからこそ、バレバレな奇襲となってしまったのたが。
「早朝ならいけるぞ。許可もらったら、明日どうだ?」
ガライが黙って話を聞いているステンを見ながら話を振る。彼が止めないという事は、大丈夫という事だ。
当然、彼の姪は飛び付く訳で。
「やるやる。やりたい。がーちゃんをヒーヒー言わせてやるのだ」
「それはこっちのセリフ。どれだけ成長しているか、みてやるよ」
「む、偉そうなのだ! 成長期を舐めるなよ、なのだよ!」
「楽しみだなー。とりあえず、使いを寄越すから宿を教えて……」
「何か、聞いてはいけない会話に聞こえますね」
ビフレットが苦笑いを浮かべる。
その時、部屋のドアがノックされた為、彼らは無意味にビクッとなった。
いや、内容は至って健全だったはずなのだが。
「あの、お食事をお持ちしましたが……。どうしましたか?」
中を覗き込むように窺う店員を思わず凝視した彼らを見ながら、傍観していたステンが「言葉の力は、時に腕力に勝るという事だ」と、しみじみと答えた。
近況(ガライの場合、騎兵団にいた頃と変わらない魔物討伐の数々)を話し合い、結局重要な事はあまり話さないまま別れた次の日、彼らは領地軍の訓練場に立っていた。
ガライ、その護衛役ステン。
領地軍の責任者であるルメールとその他数名の関係者。
「お招き頂き、有難うなのだ」
そして、今日も小麦色のツインテールが眩しい少女剣士メランチェリア。
その姿をステンの側で女性、昨日見掛けなかった彼女の護衛キリヤヴェーツが、朝に似合わぬ仏頂面で控えていた。
先程聞いたところによると、「チェリに撒かれました」との言葉が。
ジャガルドと同じ様に護衛対象に苦労しているようだ。
ちなみにビフレットの朝は彼らより少々遅いため、この場には不在である。
「こうでもしないとチェリは、俺の家まで付いて来そうだったからなぁ」
しっかり準備運動を終えたガライは、向き合った姪の言葉に苦笑した。
確かに、と皇女の護衛は頷く。
いい意味で怖いもの知らず、悪い意味であえて空気読まない、メランチェリアは行動力がある。旅程の変更など日常茶飯事だ。
「お邪魔しますなのだ」
平然と言ってのけた少女は練習用の木剣を構えた。
「それは困るな。急な来客は俺が怒られる」
ガライは半身を後ろに下げる。
キャロラインだけでなくハーニッシュにも「言わない、乗らない、乗り込まされない」と標語のように言い聞かされているからだ。
ガライにしても、苦労して脱出してきた王都にむざむざ帰る事になるような真似は、出来ればしたくない。
だから、ここで相手をする事を選んだのだ。
ガライの下ろしたままの両手には、普段と違い、長剣を模した木剣を1本ずつ携えている。
メランチェリアに合わせて武器を使うようだ。
王族の礼装として武器を身に付ける事があるので、ガライも素手以外にもこうして剣を使う。ただ、
『軽いなぁ……』
彼の使っている剣は、片刃の幅の広い長剣だ。包丁を長くしたような形状、と言ったら判るだろうか。それを強化した両腕で1本ずつ振り回していた。
こんな木製のものだと、いつも通りに振ると、振りすぎるだろうし砕けるに違いない。
屋敷でトレーニングに使っている丸太は、片手で握りやすく少し削っているだけで、ほとんど丸太のままなので、強度には問題ないのだが。
最近、ずっと素手だったから加減しないと、と軽く握っただけでミシミシいっている木の棒に気を引き締める。
木、だけに。
「勝ったら、がーちゃんの引っ越しのちゃんとした理由を聞かせてもらうのだ」
姪がそう言えば、
「だったら俺が勝ったら、帝国に詳しく報告しないでもらおうかな」
叔父が要望を口にした。
合図を頼まれたルメールが手を上げる。
グッと少女の身体が沈み込む。
手が、振り下ろされた。
「始め」
ビフレットの通常運転は心臓に悪そうだとか、どっちが勝つかなーとか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。