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前王弟殿下のかれいなる隠遁生活(スローライフ)【本編完結】  作者: 羽生 しゅん
領都来訪編:剣を振るには上腕二頭筋が不可欠
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名乗りは一瞬の勝負である

町に買い物に来たら、誰か来た。の続き。

その後事情聴取(?)






一歩、近付いてくる。

まだかなり距離がある。


二歩目。

ガライは動かない。


三歩目。

遠巻きに見ていた人たちが、その人物に気付き始める。




七歩目。

ビフレットが異変に気付き、商品に向けていたその(かんばせ)を上げる。



九歩目。

その人物が地面を蹴った。と同時にガライが少し身を沈める。


そして、


「がーちゃん、見っけ!」


勢いの乗った拳を突き出してきた。


それを半身をずらして避け、身を捻って蹴りを出してきたのを、屈伸で手に持った荷物を真上に放り投げ、唯一手に握っていた袋でそれで受け止める。


「若様、それっ!」

「心配ない、さっき買った乾燥ピヨヨ豆」


重力に逆らわずに落ちてきた荷物を、膝のクッションを使って衝撃無く受け止める。


蹴りを受け止められて、体を捻っていたがために、そのままズベッと背中から地面に落ちた襲撃者よりも、彼らはまず袋の中身を心配した。


「それは大丈夫かもしれませんが、他の荷物は?」

「衝撃は吸収したし、崩れてないから大丈夫、なはず」

「チヤさんに「食べ物を粗末にするんじゃないよ」とか言われません?」


料理人は品質に煩いのだ。


「あの、その方は?」


なんやかんや言いつつ、荷物のチェックをし始めたビフレットとガライに、思わずステンが誰にも触れられない襲撃者について尋ねた。


ゆっくりと起き上がるその人物は、自分の孫よりも大きな少女であるらしかった。


小麦色の髪をツインテールにし、リボンをカチューシャのように巻いている。

服はピッタリとした動き易いもので、外套が少し草臥れているところと腰に着けたレイピアだろう細剣から、旅人だと思われる。


そんな人物が前王弟と知り合いらしい、となると疑問が一気に沸き上がってくる。


「ああ。チェリ、大丈夫か?」


ガライは思い出したかのように、そう襲撃者に声をかけた。

そして、何とか空けた片手で少女を引っ張り上げる。彼女は少し足を浮かしてから地面に降ろされた。


「流石、がーちゃん! 隙が無いのだ!」


顔に土を付けたまま、少女はニッコリと笑う。何処と無くガライの笑みと似ている。


「もしかして、」

「あっ、と、ビフレット。今は秘密な。チェリも敢えて『がーちゃん』って呼んでくれているし」


荷物を元のポジションに戻しながら、ガライが片目を瞑る。それを見て、自分の考えが間違っていないという事が判ったビフレット。


「判りました。場所を変えましょうか。話し辛いでしょう」


そう周りを見渡して提案した。


まだ自分たちに向けられた視線は無くならない。というよりも、襲撃された事で増えている気がする。

そもそも何故注目されていたのだろう、と視線を気にしていなかった彼は首を傾げる。


「不審者で無いのなら構わないのですが……。それならば、昼食を取る予定だった店に行きましょう」


ステンがもはや判りきった現状に首を振りつつ、ビフレットの案に乗る。自分たちが目立たないとでも思っているのか、と。そして、通りの先にある食事処へ誘導する。


「不審者は不審者なんだけど。そうだな。襲撃実行犯に動機を聞くとしよう。昼食代くらい出すぞ?」


判っていて不審者扱いをするガライに、襲撃犯本人も真面目くさって返す。


「反省も後悔もしていない!のだ。ご飯?タダ飯より高いものはないのだー!

……もちろん、行かせて頂きます。がーちゃんには、言いたい事も聞きたい事も、たくさんあるのだよ」


服の砂埃を払った彼女が、後半、本来のトーンに戻しながら、ガライの脇腹をツンツンとつつく。


「お手柔らかに頼む」


両手に荷物を持っているがため、その指を阻止出来ないガライは、苦笑を浮かべるしかなかった。






 ステンが案内したお店は、町の食堂を少し洗練したような、給料を貰って懐が温かい時に行くような、そんな店だった。


カウンター席の他に個室があり、他国からの食材が使われているのか、見慣れないメニューが店先のボードに掲げられている。


老人は店員に話し掛ける。

二、三、言葉を交わすと話は通っていたようで、すぐに奥の個室だろう場所に案内された。


その部屋に案内される間に、ガライが知己の少女へ探りを入れる。


「相変わらずだな。また武者修行か?」


そう言うと、彼女は首を横に振った。


「一番の目的はそうなのだ。でもお姉ちゃんにその他に2つ、用事を言い渡されているのだ」


彼女の腰の細剣は飾りではない。ガライはそれを知っている。


そして返された言葉に、されるであろう質問の大体の予想を立てた。

場合によっては、襲撃された側が誘拐犯に早変わりしなければならない。つまり、彼女を連れて即刻お家(プレート)に帰らないといけなくなる。




 部屋は、4人掛の机にオープンテラスのように庭へ突き出したような形状だった。

庭を眺めると他にもテラスのような板張りがあるので、他の個室も同じ間取りなのだろう。


「改めて、久し振り、チェリ。まだ不意打ちでも叫んでいるのな」


ガライが席に着く前に自称執事がサッと椅子を引く。


「だって、伯父さんが言ってたのだ。『奇襲をかける時、叫んでも成功させられたら達人って感じしないかい』って。

その瞬間、稲妻が落ちたのだ! 全私が360度回転してスクワットをその場で10回やっても同意しかなかったのだっ」


その会話にビフレットが椅子を引いたまま、不思議そうな顔を彼女に向けた。


「よく判らない例えですが、ぴったりはまった、という事ですね」

「そういう事なのだ」


続けて引かれた椅子に、何の戸惑いもなく座った少女は、横に座った男に目を向けた。


「で、がーちゃん。か弱い少女を男3人で囲んでどうしようというのだ」

「チェリの姉さん、恐喝?」

「それは、釣り逃した魚は大きかったと嘆く釣り人よりも無意味なのだ」


笑いを含んだ会話に、ビフレットが、オーダーを終えて部屋に入ってきたステンと閉じられた扉を確認して、話の転換を求めた。


「それよりも、若様。そろそろ、私たちにそちらのお方をご紹介頂けますか?」


「ああ、ビフレットも会った事なかったっけ」


ガライはステンは当たり前の事、自分の周りに(はべ)るビフレットも彼女に会った事が無かったのを、意外に思った。

そういえば、そういう場所に連れていかなかったなぁ、と今更ながらに思い出す。

まあ、話さなくても大体彼女の正体を察しているようだが。


「彼女は隣国の」

「がーちゃん、自分で言うのだ。……おほん」


ムキムキの言いかけた言葉を遮り、少女はもったいぶった態度で1度咳払いをする。


「我は、この国の隣にあるカルツ帝国の第二皇女、メランチェリア=カルツなるぞ!」

「わー、パチパチー」


少女の名乗りに、ガライが口で気の抜けた称賛をする。


だが、その名乗りに固まる者2名。


ステンは歳も忘れて、現役のように直立不動の姿勢で敬礼を取っている。

ビフレットも頭を深く垂れて貴族としての最敬礼を行う。


「皇女殿下とは知らず、ご無礼を」


「ビフレット、今の彼女は俺と同じ『ただの』メランチェリアだ。不敬にはならない。ステンも敬礼をしなくていいぞ」


「うむ。絶賛雲隠れ中のがーちゃんに言われると変な気分なのだが、皇帝にも「不敬には問わない」と了承を得ているので、楽にしてくれ」


そう言って2人で年上の男たちを言いくるめ、席に座らせる。


 「カルツ帝国と言いますと、シュリン王女が嫁いだ国でしたか」

「そう。俺の2番目の姉上だな。だから、チェリは姪にあたる。ちなみにさっき言ってた『不意打ち名乗り』の伯父さんっていうのは、前王(あにうえ)の事だから」


 ビフレットが座って早々尋ねてきた事柄に、前王弟は肯定を返した。

それに「えぇー」と声を出すビフレット。何、姪に教え込んでいるんだか。

しかし、それで不意打ちの被害者が減っている事を、彼は知らない。


『姪』と呼ばれた彼女は、その話し相手の美中年と自分の叔父を見比べて、見比べて、3度見して、そして声を上げた。


「この男、顔面が失礼じゃないか!?」

「何か類を見ない感想が出たなぁ」


ビフレットは生まれてこの方、この顔で生きてきたので、顔を見て固まる、触りに来る、叫ばれるはあったが、罵倒されるというのは初めてであった。

思わず「え?失礼?」と思いつつ、自分の頬に触れている間に、彼の主が笑う。


「衛兵に捕まったりしないのか?」

何だかやけに心配された。


「大丈夫。そっちのステンは領地軍(ここ)の元隊長だから」


「ステンです。顔面が良すぎて捕まった人は流石に知りませんなぁ」

老人は流れでちゃっかり自己紹介をしている。


「私はビフレットです。ガライ様の()()をしております」


遅ばせながら、美中年も挨拶をする。

執事を強調しているが、そういう言い方をすると逆に怪しく思われそうだ。


ガライの名前を出したのは、ビフレットが遮音の魔道具を起動したため、本題に入っても大丈夫だと暗に伝えたのだろう。


「で、その姪御殿は何故ライズ王国へ?」


ステンが場合によっては軍にも通達しなければならない事を確認する。


「さっき、がーちゃんに言ったけど、1番の目的は武者修行なのだ」

「あー、チェリは、感覚派天才剣士ってヤツでな。国での稽古に飽きて、たまに諸国漫遊してるんだ」


王族2人が王族らしからぬ理由を伝える。

メランチェリアには、姉1人、兄1人、弟1人いるため、かなり自由にさせてもらっているようだ。

なお、家族仲はかなりいい。


「ずっと同じ太刀筋のヤツらと戦っても、練習にならんのだ!」


ささやかな胸(筋)を反らし、ふんっと、とんでもない事を言っているが、実力は折り紙つきだ。決してビッグマウスという訳ではない。


「で、サンドラから言われた用事2つって?」


それを知っているガライは話を促す。

サンドラとはメランチェリアの姉の事で、次期皇帝候補でもある。


「1つは『ガライ=カールレーの消息を探ってくる事』なのだ」




実は、襲撃者は別でチェリが乱入して撃退する、というパターンもありました。その場合、ガライが働きません。流石、屋敷警備員。


くせつよ女の子キタコレ!とか、ガライって全国で指名手配されてる?とか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。

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