豆だって、立派な主食でたんぱく質
腹ペコガライと豆と腹ペコギルド講師。
やっぱり長くなりました。
あれもこれもって、なっちゃうんです……。
パラッと何かが木の葉に当たる音が聞こえた。
レイニオは雨かな、と空を仰いだ。そこは相変わらず雲が多いが、雨が降りそうな天気ではない。
では何か、と周りの様子を伺う。
またパラパラと何か降ってくる。
今度は複数だ。
ガライが目の前に来た何かを素早く捕まえた。
「……豆。アイツか……」
目を細めて手の中のものを観察すると、それをラジーに渡す。ラジーの小さな手に置かれたのは、茶色い豆だった。
以前、母親の買ってきたソイソイビーンズよりやや大きめで楕円形をしている。
立ち上がったガライが、その豆が飛ばされてきたであろう方向を睨み付け……いや、眠さで目付きが悪くなっているだけである、とにかく視線を向けた。
「何か、くる?」
ラジーが豆をしげしげと見つめながら、不思議そうに首を傾げる。魔物の様だが、臭いが少し違うようだ。
「豆を飛ばしてくるって事は、レイニービーンズだね」
レイニオがまた飛んできた豆を避けながら、その正体を予想する。
「まめ、食べられる?」
流石、料理人の子供。食べられるかどうかが先に思考に上がった。
「うーん。アニキ、知ってる?」
「ペルメの実みたいに、外は堅いけど、割って茹でると、おつまみ。若い豆は皮ごと、いける」
「食べられるんだって」
襲撃を受けた事によって多少意識がハッキリしたガライの説明によると、どうやら酒飲み御用達っぽい植物であるらしい。
それをレイニオは一言でラジーに伝える。
「じゃあ、もってかえる?」
ウサミミが首と一緒に傾げられた。
その問いにレイニオはチラリと、小梢の向こうに姿を現した、その植物を見る。
蔦が幾重にも縒り合わさり、四つ足の土台を形成している。その土台の上にどっしりとした茎が伸びており、途中から幾分細い茎に枝分かれ、沢山のサヤがなっていた。
その完熟した硬い豆をサヤから散弾のごとく弾けさせ、雨のように目標に向けて降らせる事から、この名前が付いたらしい。
豆は硬く、結構なスピードで飛んでくるものだから、射程ギリギリならともかく近くで受けると、鉄製の盾が貫通した事もあるような威力になる。とガライは騎兵団にいた頃教えてもらっている。
この個体もいくつかサヤが弾けた跡があるので、先程もその内の1つが使われたのだろう。
「うん。チヤも喜ぶ、んじゃないかな? 新芽も食べられる、って聞いた」
霞む意識の中をひっくり返したガライが、ラジーにそう答えた。
「じゃあ、もやしちゃ、ダメ」
手に持ったままだった豆を自分のカバンへと仕舞いながら、ラジーはうんうん頷く。
「僕がサヤを切り落としてみるよ。それでいい?」
レイニオが顎でレイニービーンズの大きなサヤを指した。
「本体から外しても、食べられるはずだから、それで」
そう言いながらも、筋肉ムキムキは走り出した。
一直線に植物に向かって走る。
恐らく、レイニオの魔法が当たるからとかではなく、作戦を考えるのも億劫になっただけだと思われる。
飛んでくる豆は避けるのではなく、強化した拳で弾いたり逸らしたりしながら魔物の懐に入り込む。そして、スピードに乗ったガライの拳がレイニービーンズに突き出された。
「あ、あの!チヤさん、開店おめでとう、ごじゃいましゅっ!」
あ、噛んだ、とチヤは目の前の見た目少年を見下ろした。
第1陣のお客が捌けた頃、そのギルド講師は『子犬のごちそう亭』に姿を見せた。
相変わらず、身の丈の半分程の大きなリュックにパンパンの荷物を詰め、長めのアイスブルーの髪を今日はヘアピンで止めており、家出中の少年を彷彿とさせる。
そう、以前ガライの冒険者ギルド新人講習でこの町に来た、薬草採取特化の冒険者ローレンである。
チヤだって忘れていない。
この小さな体にあの食べっぷり、そして帰り際に渡した食糧が何日持ったのか気になっていたからだ。
「アンタ、ローレンだったね。ありがとよ。でも、何でここに?」
まずお礼を言い、疑問を投げ掛ける。
確か彼は3つ前の町を拠点に活動している。
オープン初日の今日、流石にそこまではチラシも噂も回っていないのではないだろうか。
チラシを配っているジャガルド次第ではあるが。
とりあえず、少ないが存在するテーブルに案内するべきだろうか。
「ええっと、今日は、ここから少し離れた丘陵地帯に、採取に来ていたんです。
その帰りに、見た事ある、こわそ……、大きい人に、チラシをもらって。これは絶対行かないとって!」
その時の状況として、隣町でチラシを配っていたジャガルドが移動しようとしたところ、丁度入ってきたローレンと鉢合わせしたらしい。
何か見た事のあるヤツだな、と前に少ししか顔を合わせていない彼は、眉間に皺を寄せて思い出そうとしたが思い出せず、まあ害は無いだろ、と思ってチラシを渡した。
本日の夕食時に、ジャガルド本人がそのように供述する事になる。
まあ、ジャガルドは見た目怖い方だしね、とチヤはローレンの言いかけた言葉に心の中で同意した。
そして、ローレンはビクビクしながらチラシの内容を見て、脇目も振らずこの町に来たとの事だ。
尚、客引き中の美中年には会っていないようである。
「うん、ジャガルドもちゃんと仕事してるようだね! で、アンタ、何食べたいんだい?」
来た理由が判ったチヤは、早速客商売を始めた。
初日に来るのは想定外だったが、知ったら絶対来るだろうという自信はあった。
実は小さなギルド講師が来るか来ないか講習参加者3名が賭けようとしたが、賭けにならなかったと追記しておこう。
それ程までに、チヤの料理を気に入っていたのが、他人の目から見ても判ったという事だ。
言葉と共に差し出されたメニューを受け取るローレン。
それを上から下までじっくりと視線が幾度となく往復しているのを見ながら、彼女は何気なく聞いた。
「この前の帰りに渡したの、どうだった?」
「スゴく美味しかったです!」
即答だった。
そして仲間たちの間で話題になっていた、例の話題にナイフが入った。
「乾物以外はその日の内に食べてしまって……。あ、でも、他のはちょっとずつ食べました。3日かけて!」
えへへ、と可愛く笑う彼には悪いが、その言葉に丁度バックヤードから店舗に出てきたキャロラインは衝撃を受けた。
確か、一抱えはある袋に食糧を入れたと聞いている。日持ちするものを多めに入れたと言えども、それをその日中に……。
しかもパンケーキを平らげた後で。
あの時言っていたというガライの「乾物以外は1日もたない」の言葉も、チヤの「せめて3日はもってほしいよ」の願望もどちらも当たっている。
恐れるべきは、2人の観察眼か、はたまたローレンの胃袋か。
こほん、と咳払いをして、キャロラインはこの店の主に声をかける。
「チヤさん、現在までの集計をしましたわ。やはり豚料理がよく出ていますわね」
そう言い、集計した紙をチヤに手渡す。
「まぁ、今日の目玉用に仕込んでいるからね。肉はたんまりあるから、量出せるし」
その姿を見て固まったのは、言わずとも判る通りアイスブルーの髪のお客である。
「あ、あの、チヤさん!? そ、その方は!?」
急に上擦った声に、キャロラインはニッコリ微笑んで視線を向けた。
「ギルド講師のローレン様ですわね? わたくしはキャロライン。ガラムの幼馴染みです」
カーテシーでは無いが、優雅にお辞儀されれば、彼の動悸が激しくなる。
「が、ガラムさんの、おおお幼馴染みって、アレ!ですよねっ!!」
この前、ギルドへ帰る途中に気が付いてしまい、思わずギルド窓口で確認してしまったローレンは、大体察している。
き、貴族感、滲み出てるー!?
「あら、わたくしからは何も言いませんわ」
それとは裏腹にキャロラインは微笑みを崩さない。何故なら『さすらいの大根切り』で学習したからだ。
『冒険者はセレブリティなものを敬遠する』と。
「ここにいる限り『ただの』キャロラインだよ。ガライもね」
チヤが溜め息を付きながら、そう補足した。社交の真っ只中にいた彼らが庶民に混じるのは少々無理がある。普段フレンドリーであるガライでも、だ。
本気を出せば判らないが。
「お義母さん、大変!」
その時、店の扉が開け放たれた。
ガライと共に森に行かせた義理の息子だった。
「どうしたんだ、い? それは……」
その姿を確認し、そしてその胸に抱えている物を見て、思わず言葉を濁らせた。
同じものを見たであろうキャロラインも「あー……」と遠い目をしている。
客であるローレンだけがその腕の中の物を見て目を丸くしている。
「レイニービーンズのサヤですよね。とても鮮度がいいです」
そう、レイニービーンズの若いサヤである。
レイニオは1つだけ持っているのだが、1つ持っているという事は、1体分以上あるに違いない。
女性2人はそう察した。
「何処にある?」
簡素な言葉で息子に尋ねる。
「庭。アニキとラジーもそこに。後、アニキ、空腹で倒れる」
何か見た事のあるヤツだな、とローレンを見ながら答えるレイニオ。
それにやれやれと首を振りながら、客の見た目少年を見る。
「それは自業自得だろ。……ローレン、お客さんのアンタに頼むのは、非常に、ひっじょーうに心苦しいけど……」
そう言って言葉を切ったところに、キャロラインが口を開いた。
「屋敷の庭にあるレイニービーンズを採取してきて下さいませんか? 報酬は、チヤの料理とは別にお出し致します」
メガネを光らせ、キリッと言い放ったご令嬢に、小市民である彼が否を言えるはずがなかった。
「は、はいぃー!」
後でご飯、多めにおまけしておこう、と叫びに近い返事をして店を出ていった、歴とした成人男性を見送りながら、チヤは思った。
「ガライも困ったものです」と、布巾を持ってテーブルを拭き始めた原因の令嬢は、全く気にしていないが。
レイニオがチヤのお店へ走っていた頃。
屋敷の庭では、ブランコの横に置かれた2体のレイニービーンズと歩く芽のような魔物が10体前後、そして猫の『ごめん寝』のように蹲る筋肉ムキムキと、その背をユサユサ揺するウサミミフードがいた。
「ダメだ……、ねる……」
思ったよりもエネルギーを消費したようで、担いできた魔物たちを庭に放った後は、こうして動けなくなっていた。
「ダメ。いかないで」
ラジーがペチペチ広い背中を叩く。しかし、ラジーの力ではガライの気付けになりそうにない。
「どこにも、行かないって……、今は」
ふわふわと笑う気配がする。
ラジーの言っている事を何となく察しているガライは、眠くても律儀に『今は』と付けた。
「ちょっと、ねる、だけ」
その言葉にラジーは何を思ったのか、自分のカバンをごそごそ探りだした。
そして取り出した物を、ぐいーっと赤身の深くなっている頭の下に突き刺した。
「ラジー?」
「あげる。ラジーのおやつ」
それは母親が子供のために持たせている、堅焼きのクッキー。
「でも」
「これ、おやつ。朝ごはんじゃない、もん」
ラジーの珍しい屁理屈に、ガライはまた笑った。そして、仰向けに寝転がる。
「ラジーに、言われ……なぁ……。バツに、ならないからって、……」
そこに押し込まれるクッキー。
容赦なく口の中の水分を奪っていく。
仕方無く、レイニービーンズの熟した方のサヤに凭れるように座り、持っていた水を流し込む。
「うごけない方がダメ」
「おっしゃる通りでーす」
わざとらしく腰に手を当てて怒ってみせるウサミミフードに、先程よりは眠気の収まったアニキはいつもラジーがしているように手を挙げた。
ガライだって、割と最初から気が付いていた。
朝ごはんが抜きなだけで、ブランチ、間食、更に言うなら自分で用意するのはありなのだと。
しかし、今回の趣旨に反する、と早々に実行するのは止めていたのだ。じゃないと女性陣が怖い。
まさか、動けなくなる程眠気が来るとは思ってなかったが。
「じゃあ、折角だから……、これ、食べるか。ラジー、この青いサヤを、ん、ふぁ、火の魔法で炙って、ほしいんだけど」
開き直ったガライは、さっき倒してきた魔物の一部を千切って地面に置いた。
「チリチリ? 焼いて食べる?」
腰に手を当てたままのウサミミフードが横に揺れる。
「サヤを焼くと、中の豆が、お芋みたいに、なるんだ」
そう頷くと、ラジーはすぐにみんなに頼んだらしく、数十秒後にはサヤから湯気が上がり始めた。
表面に焦げ目が付く頃には、周りに豆独特の甘いような青臭いような匂いが漂っている。
「もういいよ」とラジーに声をかけ、サヤに手をかけ、パカッと開く。
蒸気と共に現れたのは、拳大のつるりとした表面の翡翠色。思わず感嘆の声が漏れる。
それを素手で取り上げると、パクっと1口。
「アニキ、あつくない?」
その様子をじっと見ながら、子供が聞いた。
「あっ。そういやそうだな」
空腹のため、思考が回っていなかったのか、今更ながらにその事実に気が付いた。
蒸し焼きにしたばかりの豆は熱いに決まっている。
考える事、しばし。
おぉ、とばかりに服の下から何かを取り出す。
それはギルドカードの入った赤いパスケース。サラマンダーの皮製である。
「これこれ。熱いのにちょっと強くなるんだって。ラジーは熱いから、冷ましてからな」
そう言って、そのウサミミの頭を撫でた。
「ラジー、おなか、すいてない」
「俺ばっかり、食べるのもなぁ」
そう苦笑いを浮かべる。
今日はこの子供に助けられてばかりだ。
午後からは、ちゃんとしようと心に決めた。
帰ってきたレイニオとローレンに叫ばれて、見た目少年が挙動不審に遠慮しながら、残りを食べてしまうまで、後10分。
何だかぐだぐたのまま、チヤのお店の開店話は終了です。最初からローレン出す予定ではあったけど、出落ち感半端ない。
レイニオとローレンが走って……追いかけっこかな?とか、ラジー容赦ないな!?とか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。




