腹ペコと開店セールは混ぜたらキケン
チヤのお店オープンとガライの罰ゲーム。
思ったよりも長くなったので、2回に分けます。
ガライがふらふらしているせいです。
ガライがチヤに朝食抜きを言い渡された翌日、チヤのお店『子犬のごちそう亭』が開店された。
何故こんなに急になったのかというと、もともとこの日と決めていたのだが、ガライの『森に行こう』発言があったり、結局日帰りが出来なかったりしたからだ。
彼らがいなくても、用意は大体終わっていたので、ラジーが森の探索に「付いていきたい」と言った時もチヤは反対しなかった。何事も経験だと彼女は思っている。
でも、当日は違う。
「さって、キビキビ働いてもらうよ!」
屋敷の玄関ホールに集められた仲間た
ちに、彼女は腰に手を当て力強く宣言した。
ちなみにこうなる事を事前に判っていたため、領主代行の仕事は本日お休みだ。
探索前と探索後でキャロラインとガライが書類と格闘したのである。
「まず、ルド!」
「おぅ」
やる気無さそうに手を振って答えたのは、薄茶色の髪の男。
「チラシを近隣の町に配ってくる事!」
彼に押し付けられたのは肩掛けカバンに入ったオープンのチラシであった。
このチラシは、前日までに町の子供たちをおやつで釣って作成したもの。
自称執事が作ったリューシ芋の判をひたすら押してもらった。
『子犬のごちそう亭 オープン』の文字と開店時間、小料理と惣菜の持ち帰りの旨が書いてあり、デフォルメされた子犬が自慢気にクロッシュに覆われた皿を運んでいるイラスト入りだ。
ちなみに「うちの旦那は立派な立ち耳だった」というチヤの証言から、モチーフは旦那では無いようだ。
閑話休題。
そんなオープンのチラシは、昨日も午後からジャガルドが近隣の町に出向いて配っていたのだが、まだ配りきれていないらしい。
どこに配るのかは決めているらしく、カバンを無言のまま受け取っている。
「ビフレットは客引き!」
「お任せ下さい」
朝からキラキラした笑顔を振り撒きながら、ジャガルドよりも少ない枚数のチラシを受け取る美中年。
……客引きには、これ以上無い人選ではないだろうか。
「わたくしは会計をさせて頂きますわ」
「頼むよ」
キャロラインが自ら名乗り出ると、チヤも頷いた。
元よりそのつもりだった。
そして彼女もまた、筋肉痛に苦しんでいるため、動こうにも動けないのであった。
「僕たちは、お店を手伝えばいいんだよね?」
ラジーと手を繋いだレイニオが義母親に聞く。
「お店、がんばる」
ラジーも手を上げて宣言している。
「あー……、それはいいんだけどねぇ……」
それを受けて、彼女は歯切れ悪く、彼らの後ろを見た。それは全員気付いていたが、あえて無視していたものだ。
それはもちろん、メンバーで残っている前王弟ガライ=カールレーである。
しかし普段の朗らかな感じは一切無い。
金色の目はとろりと潤み、半分以上閉じられ、頭がフラフラと動いている。
赤銅色の髪の毛は何故か赤みを増している気がするし、全体的に萎んだ気もする。
「どうしたんだい、ガライ。朝は普通だったじゃないか」
思わず声をかけずにはいられなかったチヤ。
それに、「んー?」と気の無い返事をして、数秒後、パチパチと瞬きをして口を開く。
「あぁ……、多分、冬眠みたいなもの、だから……」
つまり眠気が襲っているらしい。
「聞いた事はありましたが、それが省エネモードですか」
キャロラインがまじまじと幼馴染みを見る。そんな視線にも気が付かないようで、フラフラしている。
「あぁ、夜まで何もしなければ、完全に寝る」
この状態を見た事があるジャガルドが普通に解説する。
「そのまま、寝続ける……。3日までは、確認済み……だ……ふぁ」
欠伸を噛み殺し、本人が続ける。
「食事すれば元通りになるらしいから、心配するな」
この原因になった片割れが、解決方法を提示する、が、今は何の解決にもならない。
何故なら、朝食抜き3日間なのだ。
食べ物を与えてしまえば、罰にはならない。
「昨日の夕食からですから、約半日ですか」
ビフレットがその状態について、考えている。
「いや、今日も普通に朝のトレーニングしたからだ。エネルギーが足りてねぇ。はっ、調子に乗るからだぞ」
それを否定したのは専門家(?)のジャガルドだ。
「ん、眠いだけ、だから……。昼まで、耐える……」
瞬きの間隔がやたら長くなりながら、筋肉ムキムキはこくりと頷いた。
そして、そんな状態でも本人が出来るというのなら、使うのがチヤである。
「じゃあ、子供たちと森に材料集めに行っとくれ。肉は別にいいから」
間者が撤退したとはいえ、他にもいるかもしれない。
そういう事で、まだ町歩きの許可が下りていないガライには、これくらいしかやってもらう事がない。
領主代理と執事の師弟によると「もうすぐ内偵が終わる」との事なので、数日後には解除になる予定だ。
そして、肉はタックルトンピッグで充分である。
「うん……、わかった」
でかい図体をフラフラさせながら、そのまま屋敷を出ていこうとするガライ。
それを慌てて追い掛ける子供たち。
「本当に大丈夫なのかい、あれ」
3人に続こうとしたジャガルドの肩掛けカバンのタスキをグイッと引っ張って、料理人が尋ねる。
確かに心配にもなる腑抜け具合である。
「判断力が多少鈍ってようが、その辺の生物に負けんだろ、アイツは」
「子供たち次第なのでは?」
幼馴染み2人が妙な信頼をみせた為、そういうものか、と彼女は納得してタスキから手を外した。
彼女の頭の中で自分の息子が「炎のキック!」とか指示を出して、ガライがその通り動く様子が流れる。
何か倒した魔物まで、こちらを仲間にしてほしそうに見ている。
そんな事、あるはずがないので、想像を無理矢理断ち切る。
「ともかく、今日は頼むよ! 最初が肝心だからね!」
そう言って、景気付けにジャガルドの背中をバシーンと叩いた。
「アニキ、こっちこっち!」
子供2人に手を引かれやってきたのは、薬草講習の時にリリ草を採取した場所だった。
覚えているだろうか。
その時、ビフレットが「ペルメの木もある」と言ったが、結局採取しなかった事を。
今日はそのペルメの実がターゲットだ。
ペルメの実は固い殻に被われているが、中の果肉はねっとりとクリームのように柔らかい。
独特の苦味があり、そのまま火傷や切り傷の軟膏のように使えるし、練り込んで肉を漬け込んでおくと柔らかくなる性質がある。
生食にはあまり向かない味だが、使い途は多いのだ。
ただ樹木の背が高く、子供たちでは取れない事は明白である。
魔法を使わない限り。
「あれを取って欲しいんだけど」
そう言ってレイニオが指差したのは、ガライの身長の2倍くらいはありそうな高さだった。風の魔法で取るには、枝を何本か犠牲にしなければならない。
それを指されるがまま見上げたガライは、首をこてんと傾げ、
「抜けば、いい……?」
と、木の幹にフラフラ歩み寄った。
抜けばいいって、何を?と一瞬疑問に思った少年だったが、ふとある事を思い出した。
「木、抜くの?」
その考えを、義理の兄弟が復唱するように口にした。
「抜いちゃダメ、アニキ!」
反射のように停止の言葉が口から出てきた。
余り太くない幹に手をかけたところで、ムキムキは止まり、レイニオを見る。
そうだよ、アニキったら引っ越し初日に庭の木を引っこ抜いたんだった。
寸前で阻止出来た事に安堵の息を吐く。
「また実が取れなくなるから、抜くのはヤメテ」
「じゃあ……飛ぶ」
2、3歩、木から下がったガライはトンッと軽く地を蹴った。
「えっ」
ここはまだ森の入り口だ。
普通の森よりは濃いだろうが、深層とは比べ物にならないくらい魔素は薄い。
だから、ムキムキに出来るはずがないのだ。
予備動作もなく約2ナベル(4メートル)の位置まで飛ぶ事なんて。ましてや滞空しているなどと。
「そ、空を飛んでる!?」
「レイニオ……、やだ。アニキ、いっちゃう」
魔法も使わずに滞空している事に驚愕するレイニオの服の裾を、ラジーが怯えるように、
きゅっと握った。
ラジーの目には何か見えているのだろう。
その内、木の実がパラパラと落とされ、ついでに本人も降りてきた。
「あ、アニキ、さっきのどうやったの!?」
それに駆け寄る子供たち。ラジーに至ってはその足にピッタリとくっついてしまっている。
「ん? んー、ジャンプしただけ、だろ……?」
眠気を散らす為か、頭をブンブンと振ってから、執事見習いの質問に答えるガライ。
本人に滞空していた自覚はないようだ。
髪の毛が彼の甥と同じような色合いになっているのは、日光のせいだろうか。
「とりあえず、拾おう」
そう言って、彼は持ってきた採取袋にペルメの実を入れていく。
これ以上の質問は意味がないと思ったのか、黒髪の少年も腰を屈めた。
ガライにくっついているウサミミフードも、ガライを掴める位置で、自分の拳ほどの木の実を拾っている。
そこにパラッと何かが木の葉に当たる音が聞こえた。
続きますー。
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