国王陛下とゆかいな報告書
王都における国王にまた報告書が届いたようです。
主人公不在です。
ライズ王国、王都オーモリュー。
その中央に立つ王城は広大な土地を内包している。
昔はその中に街が造られ、侵略者から国民を守っていたと言われているが、今はその土地に様々な施設が建っている。
一番大きな本城は勿論、別館、離宮、研究棟、兵舎など。国を回していくために必要な機関を抱え、建物の他にも大小の庭園をいくつか有している。
庭園にはそれぞれ専門の庭園師がおり、庭園毎に違った趣きを魅せて、王宮に勤める者に一時の癒しを提供している。
噴水があったり、小さな林のようになっていたり、花畑の様相だったり。
彼らによって、庭園は個性を競うように美しく保たれているのだった。
そんな場所の1つ。
王城の奥まった部分にある、今は低い植物から高い植物へと1度に視界に入るように計算された、植物自体が噴水の様にも見える庭園。
その片隅のベンチにて、その人物は不用心にも顔を手で覆ったまま、上を見上げ唸っていた。
膝には何かの報告書。
更にその上には1枚のチラシ。
「何で、こんな物、入れてくるんだよぉ……」
『子犬のごちそう亭 オープン!』と銘打たれたその紙は、彼に懊悩を与えていた。
行けるはずがない。
まず、その料理屋がプレートの街という王宮から一週間以上かかる位置にある田舎にある事。
そして、そもそも立場上の暇がない上、ここを離れるのが容易でない事。
判っているのに、この紙を送ってきた幼馴染みに恨みがましい念を現在進行形で送っている。
どうせ届かないし、「そんなものよりも、情報を送って下さいませ」と言うだろうが。
仕事人間め。
「へぇ、チヤさんの店、再オープンですか」
誰も近付かないような不審なポーズをしている彼に、声をかける強者が現れた。
ごく普通に膝の上のチラシを手に取り、まじまじと目を通している。それを指の間から確認した彼は、おざなりに口を開いた。
「ダイン、仕事に戻れ。ハウス」
「嫌だな、陛下。仕事しているでしょう?」
にっこりと微笑んだその顔は、宮中でも割と人気がある。
それを溜め息と共に睨み付け、彼、ラーチュカ=ライズ・カールレーは本来の姿勢に戻る。
「お前は今日、番ではなかったはずだ。と、いう事はサボりではないのか」
近衛兵の1人であるダインに事実を突き付けると、彼は顎に手を当て数秒考える素振りを見せた後、口を開いた。
「陛下の事が心配で」
明らかに「今、考えました」という事がバレバレな言葉をさらりと言ってのけた。
突っ込むのもアホらしいくらいに。
事実、今日の番である近衛兵は近くに待機しているのが見えている。理由も知ってるらしい彼らに、同僚として見逃されたらしい。
仕事しろ、近衛兵。
そして、目の前の男が休み返上で、この場に仕事をしに来たとは考えにくい。有事でもないのに心配していたなどと、もっと考えられない。
「本当は先触れとか、いるんだけどなー」
わざわざ知っているであろうルールを口に出した。
つまり彼はラーチュカに直接用事があったという事だ。でないと、わざわざこんなタイミングで来る必要はない。
「それだと、目的が達せませんので」
そう言ってチラシを元に戻し、今度はその下の書類ごと持ち上げた。
それは、先程受け取ったばかりの報告書。
ちょっとした待ち時間が出来てしまったが為に、仕事部屋ではなくここでパラ見していたのだった。
つまり、ダインはそれを知った上で、この場に来ている。
そういう事か、とラーチュカは内心納得している。
「父親から聞いていないのか?」
ラーチュカが尋ねると、報告書から目を離さずに明確な答えが返ってきた。
「前回、「鳥つくねが食べたくなった!」と言っただけでしたよ。……うん、あの子たちも元気そうだ」
報告書の文字を追い、時折羨ましそうな顔をするダインは、騎兵団団長ヴォルチャー=ロガシーの長子である。
言ってしまえば、叔父の護衛であるジャガルドの上の兄なのだ。
それなのに彼らとは余り似ていない。
少し長めのストレートの銀髪に、親兄弟とは違い眉間に縦皺のない柔和な表情。物腰も柔らかとなれば女性からの人気は高い。
瞳だけが親子共通する赤紫色で、なんとなく血の繋がりを感じさせる。
そんな彼は、ガライたち幼馴染み全員を小さい頃から見てきたため、弟妹のように可愛がっているし、いろいろと知られている。
よって、この歳になっても未だに頭の上がらない人物の1人である。
「ヴォルチャーは何をしているんだ……。守秘義務は判るんだけど……」
『不幸せの青い鳥』の影響は大きかったらしい、とラーチュカは思った。
主に胃袋具合に関して。
「だから、今回、報告書が来そうな時期を見計らって、直接見せてもらおうと思いまして」
「それは堂々とストーカー宣言をしているのか?」
「さっきも言いましたが、仕事ではありませんか。近衛の」
報告書が来そうな時期になったら、監視するつもりだった、と暗に言われ、思わず聞き返すと、職務に殉じているだけだと返された。
確かに監視は必要だが、用途が違わないか?と国王は胡乱げに自らの近衛を見上げる。
「それよりも、プテラスバードの次はペリュトンの群れですか。冒険者活動も始めたみたいですし。あの方らしい」
明らかに話題を変えてきたダインに、何を言っても無駄だと悟ったのだろう。「報告書を返せ」と言うだけ言ってみる。
聞かないのは判っているが。
国王も今、偶然開いた空き時間。この男も勤務外なので、完全にプライベートだからだ。命令にはなり得ない。
現に「一通り目を通されたのでしょう? 弟の行動を知りたい兄として、大目に見て下さい」等と言いつつその紙束を離さない彼に、出たものは溜め息だけだ。
「冒険者ガラムとは。名前の付け方が秀逸です。……ここのギルドの者にも掛け合っておいた方がよさそうですね」
「そうだな。もういろいろやらかしている気はしているけど。ガラム=マサラーイ=ウントカラカッタって、初代は革命家だったはずなのに、何故そのチョイスをしたんだろうか……」
報告書を読んで、ダインは気になった箇所を抜き出す。それにはラーチュカも同感である。
そして、叔父の偽名の付け方に一言申したい。その名前は王族としてどうなのか。
「『殿下大好き派』への当て付けではないでしょうか。……ペリュトンの討伐手伝いに、エメラブリの発育方法の提言、成長促進魔法の別の使い途、それから葉霧の森を探索予定。相変わらずのようですね」
羅列すると、とんでもない事ばかりだ。
普通の冒険者ならば、ギルドのポイントも凄い事になっている、絶対。
今度のギルド訪問の報告が怖いようでもあり楽しみでもある。
名前は知って名乗ったのかは知らないが。
そこで、ふと何かを思い出したように、銀髪の男が顎に手を当て考え、顔を上げた。
「そういえば、この前、もう1人の弟から連絡が来ましてね。今度、プレートの町へ行くらしいですよ」
お土産買ってきてくれるでしょうか、と宣う彼に赤毛の王は固まった。
ロガシー家はイケイケドンドンの武闘派だ。母親以外は騎士団に何らかの形で関わっている。
確か、兄弟の真ん中は辺境軍に所属していたはず……。
「ペリュトン襲撃時の拐かされた者の調査か」
今度、南部に駐屯している軍から、調査を行うためにプレートの町に行く事になっている、と報告が来ている。
詳しい日時は『時間が取れ次第』となっていた。抜き打ち的に行く気なのだろう。
明らかに誰かの息がかかっている、と考えられたが、そこにラーチュカが口出しする事は出来ない。
気にかける素振りを見せれば、それだけで怪しまれるだろう事は想像に難くないからだ。
「はい、そうです。『魔物に襲われ不自由にしている事だろう。協力して早急に解決するべきだ!』と言ったそうですよ、アイツは。筆跡が(笑いで)震えていましたがね。
被害にあったのが南部だけじゃないから、他の地域を知る者も必要だろうと、付いていく事にしたそうですよ」
ロガシー家次男はそう言って、その調査に強引に入り込んだのだろう。
「勤務中に弟に『事情を聴く』という大義名分で会いに行けるチャンスだから」とか何とか付け加えて。
辺境軍に所属しているとはいえ、見回りという名の放浪をよくしているそうなので、こんな話を聞き付けて無視なんて事は絶対にしないだろう。進んで首を突っ込む姿が安易に想像できる。
……おちょくられるであろう三男坊には東の国のお祈り、合掌を送っておこう。
「とりあえず、キャロライン嬢には報告を送っておこう。ジャガルドには言わないように、と一筆書いて」
「ふふ、それでこそ陛下です」
報告書でいつも驚かされているんだから、道連れだ!と言わんばかりに言ったラーチュカに、ダインは嬉しそうに頭を撫でた。
「……不敬ですよ、ダイン」
その行為を咎めたのは国王本人ではなく、早足に歩み寄ってきた壮年の男だった。
きっちりと貴族服を着込み、ヘリオトロープ色の髪を後ろに撫で付けたその男は、ダインの手をペイッと叩き落とした。
「これはこれは、パイバーネス卿。ご機嫌麗しく」
「麗しく見えるのだったら、近衛を辞めなさい。そして領地で緑でも眺めていろ」
パイバーネス卿と呼ばれたその御仁は、ダインの挨拶に不機嫌を隠す事なく言い放つ。
「八つ当たりは止めてもらえませんかね?」
「行ったか?」
苦笑気味に漏らすダインの言葉と端的に尋ねたラーチュカの声が重なった。
「はい。あの幅だけはデカイババアどもめ」
つい言葉が汚くなってしまうのも仕方無い、とラーチュカは諦めの胸中で思う。
「またガライの追放を無効にしろって言ってきたんだ? 人の言葉と法律を理解しないよね、あの人たち」
実は、その『ババア』たちに執務室に帰る道を塞がれていたがために、こんな所で休憩を余儀なくされていた国王は、原因に心当たりしかない。
「言わなくても判るでしょうに。
無効にしようと、ガライ様が今更あのババアの為に帰って来ないって、思い至らないのですかね」
「思い至っていたら、こんな事しないでしょう。ところで」
『幅だけはデカイババア』という悪口を適度に切り上げて、ダインが首を傾げた。
「『ガライ』様って言っても、今日は来ないんですか?」
誰が、とは言わない。
すでに彼らの中では共通認識であるからだ。
その質問に2人は「あぁ……」と顔を見合わせて頷いた。
「あの子はしばらく巡礼の旅に出る事になったので、そっちに集中しなさいと言い聞かせているんだ」
『暴走馬車』こと公爵令嬢アルプリールの父親であるガスター=パイバーネス卿が、その理由を明かす。
巡礼の旅は、建国の女神であるオルスイースを奉る神殿の『姫巫女』に課せられた義務であるが為に、中止には出来なかったのである。
絶対に、行く先々で前王弟殿下の事を探るだろうが、方向が違うので大丈夫だろうと考えている。
「とにかく、終わったので移動しませんか?ダインは報告書を返す事」
「判りました。陛下、有難う御座いました」
「勝手に奪っていったのは、貴方だけどね」
ダインから報告書を受け取り、若き国王は立ち上がった。
そして、休暇中の近衛が去っていこうとするのを呼び止める。
「彼がプレートの町に行くのなら、『子犬のごちそう亭』で日持ちするもの買ってきてって言っておいて」
「命令として?」
そう聞き返されたのに対し、ニヤリと笑った顔は叔父に良く似ていた。
「チヤはそんな事したら商品を売ってくれないから。だから、町の視察とサボりの罰として」
「……そう伝えておきます」
その答えに満足したのか少し頷き、彼は赤茶色の髪を揺らして庭園を後にした。
……執務室にいる幼馴染みに報告書内容を盛大にグチるために。
ハーニッシュはずっと執務室で代わりに執務を捌いていたようです。
ラーチュカもサボりではなく、会議の移動中を狙われたので、ガスターに「ここにいて下さい」と言われ、休憩していた経緯があったりします。
ロガシー家次男の名前が何となく判った!とか、暴走馬車が見られなかった……とか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。




