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前王弟殿下のかれいなる隠遁生活(スローライフ)【本編完結】  作者: 羽生 しゅん
森を飛ぶ編:階段昇降は下腿三頭筋の強化
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でも大体は折り込み済み

翌日のガライたちの帰宅風景。

やはりキャロラインにとって、地獄の階段上りは辛かったようで。


最近、文章が長くなりがちです……。




 葉霧の森は涼やかな音を立て、空に現れた朝日を一身に受け光合成を始めていた。


「今日も晴れて、よかったー」

「だな。雨だと移動に支障が出る」


木の根に侵食されるような石作りの入り口から、会話をしつつ出てきたのは、昨日その内部で宿泊した4人+1匹。


ガライが伸びをし、ジャガルドが担いだ槍の柄で自分の肩を叩く。


「こんな森の深部に、安全に休める場所があって、僥倖でしたわ」

「いっぱいねた」


キャロラインは空を仰ぎ、ラジーは元気いっぱいアピールをしている。


 森での野営は危険と隣り合わせだ。

通常の生物に加え、森に集まる魔素により発生率の高くなっている、何処から現れるか判らない魔物の存在。更に、前王弟ならではの他に注意すべき要因がいくつもある。


だからこそ、それを防ぐために寝ずの番が必須である。

常に神経を張り巡らせないといけない寝ずの番は、交代するとはいえ疲労は隠せない。


前回、その寝ずの番に前王弟本人が参加していたのは、何とも言えないが。

それが無いだけでも、凄く助かるのだった。


「うん、とりあえず予定通り帰るか。何か見つけたら、挙手をする事」


「きょしゅって、何?」

「手を挙げる事ですわ。後ろにいたら、見えないではありませんか」


「気配察知の訓練」

「アホか。そんなのは帰ってからやれ」


 ガライの言葉に、銘々がツッコミを入れながら歩き出す。

昨日は東へずっと歩いてきたんだから、今日は西へ。先程、方角も確認した。(キャロラインの磁石で)


最初に考えていた『帰りはシンとガライに乗って疾走』は、今のところ無しの予定。1日外泊してしまったので、留守番組への手土産の1つは欲しい。


勿論、魔物も昨日と同じく普通に(というよりも頻繁に)出てくる。キャロラインの踏み込みが浅い以外は問題ないだろう。


「何でそんなにへっぴり腰?」

「あの階段で筋肉痛にならないとでも!? この筋肉ダルマどもめ!」


何回目かに魔物に遭遇した際、とうとうガライが声をかけたが、返ってきたのは罵倒(?)であった。

筋肉ムキムキには常人(ひと)の気持ちが判らないのだ。


ガライの横でジャガルドが「オレもかよ」と眉を潜めている。

彼とシンに乗ったラジーは下り、しかも距離が短かったため、そこまで疲労がなかったのだ。


「貴方なら、下から上がってきたとしても、ここまでならないでしょう?」

「当たり前だろ」


……他人(ひと)の気持ちが判らないのだ。


「何かいる」


ムッとするキャロラインを余所に、ラジーが声を上げた。

ついでに手も挙げている。


それを下ろさせながら、ガライの金色の目が左右に振られる。そして、一点で留まる。

1拍。


「豚だー!! 行くぞ、ルド!!」


その言葉を残して、ガライの姿は消えた。


「お前に、反省って文字は、無いのかーっ!」


ジャガルドが先程ガライの向いていた方向に走る。「ビギャー」という豚というにしては野太い鳴き声が、そちらの方から上がっている。


「また、単独行動ですわね」

「アニキ、ぶたって、いってた。セーフ」


それを見送り、空気を吐き出すように呟くキャロラインに、シンに乗ったラジーが、言い捨てていった言葉を(もと)にセーフ判定を出す。


「まあ、ギリギリ良いとしましょうか。ともかく、あちらに行きましょう」


筋肉ムキムキ2人に置いていかれた令嬢は、子供に声をかけた。


「ラジーが、おねえちゃん、守るからね」


ウサミミフードがキリッとした顔で護衛役を名乗り出た。


「あら、格好いい騎士のようですわね。……あの2人よりずっと」


やれやれと首を振り、ギャーギャー騒いでいる幼馴染みたちの方へと進んでいった。







 ようやく『乙女の涙』を挟んで屋敷が見えたのは、昼過ぎになってからだった。


昨日だって、お昼を挟んで探索範囲の限界近くまで行っていたのだから、かなり早い方である。


理由として、余り寄り道しなかった事、魔物がほとんど寄ってこなかった事、そして、


「有難うな、キング」


途中で強面アンゴラスウサギに出会ったからだった。


今、彼の背には令嬢とウサミミフードの子供が乗っている。


珍獣の幻のような速さの風圧に耐えるには、ムキムキ以外には風魔法で風除けをするしかないからである。

ラジーに風魔法は使えないので、こうするしかなかったし、筋肉痛のキャロラインにとっても渡りに船であった。


乗り心地は「(速すぎて)案外揺れも少なく、人をダメにする感じの柔らかさでしたわ」との事。


キングは『どうって事無いさ』と言うように、フンッと鼻を鳴らした。


「で、ルド、大丈夫か?」

「お前ら……、加減ってもんを知らねぇのか……」


筋肉ムキムキが後ろを振り向いた。

その先には、疲れた様子だが満足したような二足歩行のトカゲと、その上のグッタリした騎手が悪態を突きながら乗っている。




 何故、こんな事になったのか、説明しておこう。


まず、朝出会った「豚だー!!」とガライが叫んだ魔物。

タックルトンピッグという、飼育されている普通の豚よりも1.5倍程の大きさの豚である。


こげ茶色の体色をしており、顔の中央から頭にかけてと背の部分が、鎧のような固い皮膚に覆われている。

それを活かした突進と、風魔法による加速と方向転換というトリッキーな動きが武器なのである。


しかし、それを強化による加速で凌駕して、奇襲をかける人間が現れた。

加速の勢いを利用した飛び蹴りで、魔法を使う間もなく動きを封殺された突進豚は、そのまま流れるようにヘッドロックをかけられのだ。


その辺りでジャガルドが追い付く。

小言を言いかけた彼に「チヤにお土産にする」とガライが先制して言ったため、まあいいか、と手を貸した。


ガライの思い付きは今更であるし、チヤにお世話になっている。それに料理を食べたくない訳ではないジャガルドであった。


 持ち味を活かせないまま倒された突進豚。ラジーが瞬間冷凍し、それを言い出しっぺのムキムキが担いで帰る事に。


凍っているので勿論冷たい。

布を巻いても冷たい。


余り寄り道をしなかったのは、これが理由である。


そして、タックルトンピッグは体重はともかく、ガライと同じくらいの大きさの魔物だ。


いつかのクマと同じく、彼に被さるように持たれたそれは、正面からだと、あたかも突進するように見え、他の魔物には脅威に映ったらしい。


それ故、ほとんどの魔物は進行方向に現れず、行き程襲われずに済んだのだった。




 キングとばったり会ったのは、昼食の途中。

気が付いたら、後ろにいた。


そう、巨大な強面が、後ろにいた。


それを正面で見たキャロラインが、思わず悲鳴を上げかけたが、それを察知した隣に口を押さえられる。


「よう、キング。久し振りだな!」


口を押さえたまま、気軽に挨拶をするガライ。

視界の端に白いのが見えたり、遠目に白い点があっという間に無くなったりする事はあったが、直接顔を合わせるのは薬草講習の時以来ではないだろうか。


それに鼻をひくひくさせた彼は、驚きの余り、ポロリンと落としたラジーのおやつをパクリと食べた。


「のせていって、くれるの?」


『お代は頂いた、乗っていけ』とばかりにウサミミをふんふんしている巨大ふわもこに、ラジーはキョトンと返した。


「ちょっと待っててくれ。今、食事中なんだ」


手に持ったスープの入ったカップを掲げて見せると、彼はその場に座り込んだ。


ただの大きな白いふわふわになった、と口の手を離されたキャロラインは思った。


それに走り寄ろうとするラジーをジャガルドが捕まえ、「飯食ってからだ」と言い聞かせている。オカンか。




 そして、食事が終わった後、ラジーとキャロラインはキングに乗せてもらい、ジャガルドはスブリングルに、ガライは豚を担いで強化で単独で走る事となった。


最初は普通に走っていただけだったのだが、何故かガライとキングが抜かし抜かされ競争になっていき、魔物も気が付いた時にはもういない程の速さで森を抜けて来たのだった。




 スプリングルのシンも全力で走れたので楽しかったらしく、背中を気にせず左右に揺れている現在。


ガライの手を借りてキングから降りたキャロラインは、ジャガルドに声をかけた。


「あの速さの速駆けは、わたくしでも無謀だと思いますわ……」

「我らが幼馴染み殿にも言ってくれ。アイツは単身でやっている……」


キャロラインは速駆けには相当体力がいると聞いている。だから、(ねぎら)いの言葉をかけたつもりだったのだが、ジャカルドは返す元気も無いのか、手綱を持ったままスブリングルの上で項垂れたまま。


低い体勢、激しく振動する騎馬(この場合、騎蜥蜴だろうか)、そして風による圧と奪われる体温。


それを障害物の多い森でやる事によって、神経も限界まで張り詰めていた。


疲れた頭の隅で自分の父親が「まだまだヒヨッコめ!」と言っている。

速駆けは平地でやるもんだ、無茶言うな。


キャロラインはチラリと赤銅色の頭を見たが、首を振った。


「忘れてはなりません。今回は、あの人の『ストレス解消』が目的なのですから。間違いではありませんわ」


その言葉に視線を少し上げて、令嬢を見る。


「あー、なんだ、原因でも炙り出したのか……」

「そういう事ですわ」


彼女の真の目的を聞いていなかったジャガルドは、それを聞いて妙に納得した。


こんな時に屋敷を離れるなんて、おかしいと思っていたのだ。

まあ、それと『かけっこ』は別件だろうけれども。


「ルド、ラジーを乗せてやってくれないか?」


いつの間にかいなくなったアンゴラスウサギから下ろしたラジーを、肩に乗せて歩いてきたガライ。


今は置いているが突進豚を持って移動しているため、何時ものように肩車とかは出来ないらしい。


「ラジー、歩ける」


お家は見えているので、自分は歩ける、と本人は主張している。


「わたくしがラジーとゆっくり帰りますわ」


その様子に、2日前の夕食時のようにキャロラインから申し出があった。


「ラジーは今日のわたくしの騎士なので」

「うん。だいじょおぶ!」


そうか?と言いつつ、ラジーを地面に下ろしているガライは知らない。


ジャガルドが昨日の事を忘れていない事を。そして、料理人に告げ口しようとしている事を。


それを察したキャロラインは自分が巻き込まれないためと、子供に見せないために時間稼ぎをするつもりだ。


『一番の原因はわたくしでしょうけれども、貴方がしていい事ではありませんでしたわ。だから、わたくしからは何も言いません。妥協点です』


屋敷へ走っていくガライ(後ろ姿はタックルトンピッグだが)とジャガルドをゆっくりと追いながら、キャロラインは胸中で呟く。


『朝食抜きが1週間にならないように祈っておきますわ!』




 ……結局、タックルトンピッグは喜ばれたが、ラジーを泣かせた事をジャガルドからバラされ、いろいろ要素を加味して、ガライの朝食抜きは3日となったらしい。




チヤ的には、ラジーを泣かせた時点でギルティーだったようです。採ってきたものは受け取りますが、減罪の材料にはなりません。今回はキャロラインのためにやむを得なかったところを考慮したらしいです。


豚肉?生姜焼きかな?とか、人をダメにする……ヨギ(自主規制)とか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。

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