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前王弟殿下のかれいなる隠遁生活(スローライフ)【本編完結】  作者: 羽生 しゅん
森を飛ぶ編:階段昇降は下腿三頭筋の強化
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ノリノリでやっている

留守番組における、かれいなる夜更かし。

主人公不在です。





 「って事で、鬼……じゃないけど、領主代理がいない間に家捜しって訳? こんなあからさまな罠に飛び付くなんて、二流もいいとこ」


 頬をざっくりと切られた侵入者に、彼、レイニオは一歩一歩近付いていく。


ちなみに、この夜更かしは現在の屋敷責任者である美中年に許可をもらっている。


立ち眩みどころか床に額を打っていたが。


勿論、義理の母親の伝言を伝えた上で放置した。

助ける意義が見出だせなかったレイニオである。


侵入者はハッとして、窓へ後退りする。その時、月明かりで侵入者の容貌が明らかになった。


「へー、女か」


それは印象に残りにくい茶色の髪を引っ詰めにした女だった。顔立ちも特に特徴はない。


しかし少年には見覚えがあった。

間違いなく事件の被害者の1人。余りにも普通だったため、逆にチェックしていた人物だ。

まあ、事前に彼の目を通して怪しいと思った人物は、全員チェックしていたのだが。


「仲間の方が来ると思ってたよ」


それにピクリと侵入者の表情が動いたのが、レイニオには判った。


だから二流なんだよ、と心の中で嘲笑する。


これは鎌かけだ。

仲間の存在は判らなかったが、こんなに(つたな)い侵入をするくらいならば、フォロー人員がいてもおかしくない。

それの確証を得ただけ。


「ま、来ちゃったものは仕方無い。目的……は大体判るから、その他をいろいろ吐いてもらおうか」


その気配は背後からした。


彼女が慌てて背後の窓へ振り向く。そこには黒髪の少年が先程からここにいたかのように枠に腰掛けて、彼女を見ていた。


さっきまでそこにいたのに、と横目でドアの方を窺うが、そこには絨毯敷きの床しかない。


「なんで……」


レベルが違う。

侵入者はそれを肌で感じた。


漏らした声を拾い上げ、彼は笑う。


「二流じゃなくて、三流だね。相手から一瞬でも視線を反らす、声を出す。それに僕、さっきから結構ヒントあげているんだけど、気付かないしね」


そして、すぐに表情を消し、相手を見やる。


「アンタに、選択肢をあげる。1つは所属と依頼主を話す事。そうしたら、この窓から普通に帰してあげる。嘘はつかない方がいいよ、判るから。もう1つは」


窓枠から立ち上がった。

体内魔力を練り上げているのか、周囲に風が舞う。


「僕を振り切って、そのドアから脱出する事。確実に屋敷の中に痕跡を残す事になるし、僕も勿論追い掛ける。仲間も判るし、僕的にはこっちがオススメ」


魔力光が闇にちらつく。


「さあ、選んでもらおうか?」







 キャロラインの執務室から出てきたレイニオを、壁に寄りかかり腕を組んだ養母が出迎えた。

そして、その足元にはプルプル蹲っている美中年。


「あれ? ビフレットさんまでいたの」


その姿が意外だったのか、レイニオは声を上げた。

今は優美な鳥は眠る、獣の時間だ。

最近、早起きになった自称執事が起きている時間ではない。


「呑気に寝てられないんだとさ」


チヤが壁から背中を離し、その男を睥睨する。


「だって、入るって判っていたら、気になるじゃないですか……!」


鼻を押さえながら立ち上がるビフレットは、恐らくチヤに足払いを掛けられたのだろう。ウロウロするな、とか言われて。


「で、首尾は?」

母親は判って聞いている。


「思った通り。だから、予定通り交渉して、証拠を渡しておいた」


「証拠って?」


ビフレットが不思議そうに小首を傾げる。その仕草は実にあざとい。


「勿論『ニセの』だよ。アニキの、と見せかけてキャロラインさんの私物。許可はもらってる」


ガライの痕跡を嗅ぎ付けて侵入してきているのだから、そういったものを渡せば、アッサリ引き下がった。


「ちなみに何を?」

「王都への報告書」


その答えに僅かに眉を寄せる自称執事。


「……の書き損じ」


ニヤリと笑って続きを付け加えた。どうやらわざとらしい。


ちなみに内容は、昔、ガライがヤシライハ詩集を読んだ後、その詩集が隠語に使われると知って、面白半分でやたら文章を引用しまくった。当時、キャロラインとラーチュカ(当時王子)がドン引きしていた程に。

本当に使い倒していたので、隠語どころではなく、彼の周りは皆、ヤシライハ詩集に詳しくなってしまった、という愚痴に近い思い出話だ。

それをやけに私情たっぷりに書いてしまった代物である。


夕食の席でその言い回しを使うとは、その時点では思っていなかったし、使われた今、送る気がなくなったため、ボツにしたらしい。


『プライベートを記しているのですから、私物に違いありませんわよね?』とは書いた本人の弁。


「そもそも入る場所、間違えているのにねぇ」

「執務室が2つあると思い至らなかったのでは? キャロライン嬢が資料持ちでなければ、1部屋にしていたでしょうし」


チヤの言葉に、何故かビフレットがフォローを入れている。


大体、証拠を集めるつもりなら、ガライの執務室ではなく、キャロラインの執務室に入るのが間違っている。


いかにも執務室然としていて、入り辛い印象なのがキャロラインの執務室。


反対にガライの執務室は、執務机はあるものの、懸垂出来るような器具を設置し、寝転がれるようなソファを持ち込んだ、もう1つの私室といった様相だ。


王城ではありませんし、仕事出来れば構いませんわ、とキャロラインからは放置を宣言されている。更に言うと諦められている。


そんな調子なのと入り口に印も無いため、そこが執務室だと判っていなければ、普通の部屋だと通りすぎても仕方がない。


「僕、最初、アニキの部屋にいたんだけど」


ここまで調べられていないのか、と苦笑を溢しながらレイニオは事実を口にした。

三流にも程がある。

魔法でキャロラインの執務室からの物音を拾わなかったら、スルーするところだった。


「やはり、国内横断するには凄腕は使えなかった、というところでしょう」


「距離も拘束時間も長いからね。元が取れないだろうさ。それに、元締めがそいつの不在期間を考えない訳がない」


ビフレットが納得したように頷き、チヤが世知辛い実情を言い当てる。


時給……ではなくて日給で換算すると、この程度になってしまったのだろう。日雇い料理人もやった事のある彼女ならではの言葉だ。


「これで本当に、ガライの行方が掴めるかっていう疑問もあるだろうし。尻尾が掴めれば御の字ってところだろうね」


前王弟は王都からの逃亡の際、ほとんど証拠を残していない。

投げ飛ばしたクマ云々は、彼だと知る人物は1人を除いて、いなかったわけだし。


現に、王都から知り合いが追い掛けてきた事例は今のところ無い。


「あの家なら、そんな王国全土を当てずっぽうで探すなんて、無駄な事しないけどなぁ」


黒髪の少年が何でもないように、そう言った。


「一応、アニキ自身が話は通しているし。ソースもある事だし?」

「だね。と、いう事はあそこかい?」


義理の母親がニヤリと笑った。それで義理の息子には通じる。

それを見て身を竦める美中年。


「うん。さっきのが嘘を教えられていなければね。……ビフレットさんって、意外と()()ところにいたのに、こういう話苦手だよね」


「私は花を愛でて、お喋りをしていただけですので」


『社交界の一輪花』は優雅にお辞儀してみせた。言外に、スパイ()()はやっていないけれど……と(にお)わせている。それを「よくやるよ」と言いたげにみるチヤ。


「とりあえず、元実家に連絡してみるよ。近況報告も兼ねて」


義理の息子の言葉に、首を振る母親。


「まず、キャロ、それからガライに言っておきな。言わなかったら、後でいろいろ言われるからね」

「判ってる。前、言われた」


もうやった後なんだ、と美中年は思った。

ちなみに、正座+法律書1冊+1時間に処された。何が、とはあえて言わないが。


「ついでに『あたしは料理を続けてる』って書いておいておくれ。ざまあみろって」

「お義母さん、根に持ってるね。自分で書けば?」

「字が震えて、まともな文章にならないよ」


大袈裟にジェスチャーする母親に、義理の息子は溜め息を付いた。

そりゃあ、怒りが収まるわけないよね、と。


「ともかく、アニキの筆跡を知っている人が見るまでは、大人しくなるでしょ」

「そうですね。王都以外だと、騎兵団関係でしょうか」

「騎兵団そのものは動かないだろうから、息のかかった領地軍辺りじゃないかねぇ」


3人の頭の中に、ニヤリと笑う騎兵団団長の顔が通っていった。息子(ジャガルド)のそれよりも、よほど凶悪である。


「それより、そろそろ寝ようよ。明日アニキたち帰って来るだろうし」


そんな想像を振り切り、レイニオが話を変えた。


「そうだね。想定外で明日帰ってこないってパターンもあるだろうけど。あーあ、結構遅い時間じゃないか。入るのが遅いよ、全く」

「そこ、文句言うポイントなんですか? こういう人って、夜動くものだと……」


侵入者に文句をいうチヤに、ビフレットが驚く。


「本当に凄い人は、時間なんて関係ないよ。……お義母さんは、もうすぐ起きるような時間じゃない?」


レイニオがさらりと答えて、顔を母親の方へ。


「仮眠でも取っておくよ。ラジーに心配されたくないからね」


肩を回しながら、廊下を歩き出す。

子供に心配されるようじゃあ、母親のメンツに関わるとチヤは思っている。


「私も寝ます。愛しいあの子たちが待っていますからね」


深夜だろうと、なお陰りの見えない微笑みに、名目上の弟子は半眼を向けた。


「野菜を『愛しいあの子たち』って言うの、止めてくれない? 後、そんな顔はご令嬢に向けてよね、ホント」


「向けたら襲われるじゃないですか!? それに、野菜は愛情をかけると美味しくなるのですよ!」


理解してくれないレイニオの言い分に、美中年はギョっとして反論する。それがどちらも事実だとレイニオも知っているが。


「はいはい、近所迷惑」

「近所、無いですよね!?」

「ほら、寝るよ。全く、成長期の少年を夜更かしさせるなんて」

「自主的にやりましたよね!?」


そう言い合いながらも、彼らも執務室の前から去っていった。




と、いう留守番組でした。

過去がチラリしてますね。


あ、前話、70話目でした。

ここまで続けられて、自分でもビックリです。週1投稿も。

これも皆さんのお陰でございます。

これからも何とか書き続ける予定ですので、応援宜しくお願いします。



チヤも、もしかして……?とか、彼らの過去、気になる!とか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。

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