王子様が大変なのは身に沁みていますっ!
中途半端な長さだったので、2話分を1つにまとめました。
改めて仲間たちの紹介とビフレットの趣味の話。
2023.9.1
ジャガルドのセリフで、ビフレットの身分を「伯爵家次男」と言っていたのを「子爵家次男」に変えました。ヤツのアレコレに関わるので。
ビフレットに促されて入って来たのは、老年のがっしりとした男性と線の細い優しげな女性、その子供であろう女の子の三人家族であった。
「二度手間になってしまって、すまないな」
ガライが頭を下げた。それに慌てる大人達。
「顔をお上げ下さい、殿下! このような事、何の労力も要りませぬ」
「気にするな、俺は気にしない」
顔を上げながら、ニヤリと笑うガライ。
「ガライ、余り驚かせるような事をしないで下さい」
そんな彼にキャロラインが呆れたように口を挟む。
「さあ、約束は出来ないなぁ」
ガライは彼女にいつものように返した。それにやれやれと頭を振る彼女。
「若様」
ビフレットが主に声をかける。
「こちらがこの屋敷を管理されている、レスさんご家族です」
「ステンです。隣は娘のセラと孫娘のルミでございます」
老年の男性が胸に手を当て、腰を折る。
若葉色の髪に大分白いものが混じっているが、その体格と洗練された動きで年齢よりも若く見えている事だろう。
同じく頭を垂れた隣の娘は、余り調子が良くないのか少し顔色が悪いが目鼻立ちがはっきりとしており、こんな田舎では垢抜けたかなりの美人である。
それは子供にも受け継がれている。ただ、こちらは礼はしたがすぐに戻り、吊目がちな深緑色の目で目の前の大男を見上げているため、勝ち気な印象の方が強い。
「楽にしてくれ。知っていると思うが、俺が前王キカラが弟、ガライ=カールレーだ。宜しく頼む」
金色の目が自己紹介とは裏腹に、少女の視線に笑いで弛んでいる。
「こっちは俺の補佐官だ」
「キャロライン=ポルタでございます。お世話になりますわ」
スカートを持ち上げ優雅に宮廷式のお辞儀をするキャロライン。瑠璃色の髪がさらりと揺れる。
「そっちは紹介が済んでいるだろうが、ビフレットだ」
「執事という名の雑用、ビフレット=ローストンです」
胸に手を当て、ニッコリと笑うと孫娘ルミの視線がそちらへと移動した。あからさますぎて面白い。
そしてとうとう言った。
「王子様ってこっちじゃないの? あっち影武者でしょ?」
祖父と母親が真っ青になった瞬間、ブハッと階段から吹き出す音がした。
そちらを見ると、ラジーを抱えたジャガルドがレイニオを連れて階段を降りているところだった。
ラジーが噎せる大男の背中を短い手でさすっている。
「子爵家次男に負けてるぜ、王子様」
笑いの余韻で涙の浮かぶ赤紫色の目が、面白そうにガライに向けられる。
「アニキは別に王子様じゃなくてもいいんです。アニキには違いないから」
レイニオが身分なんかで人を測るなと言いたげに文句を言う。ラジーもうんうんと頷いている。
「って事で、今日からビフレットが王子様で」
「絶対嫌です。恐ろしい」
楽しそうに便乗する前王弟殿下に自称ただの執事は顔をしかめる。
その姿も様になっている。
「ま、ここじゃ身分なんて関係ないし、さっきも言ったが気にするな」
その台詞は親に向けられていた。
「寛大なお言葉、有り難う御座います」
母親のサラは何とか言葉を口にした。
「今、降りてきたのが、護衛と執事見習いとマスコットです」
「ちがう」
ラジーが紹介したキャロラインに訂正を求める。
「失礼。獣医見習いでしたね」
それに「ん」と満足そうに言うウサミミフード。
「ジャガルド=ロガシーだ」
「レイニオです。こっちは兄弟のラジー」
「ラジー、だよ」
それぞれが挨拶していると、チヤが厨房の方から現れた。
「私が最後かい」
手にしていた布巾をエプロンのポケットにしまいながら、こちらにやってくる。
「改めて、料理人のチヤだよ。この子達の母親さ」
ジャガルドから降ろされたラジーとレイニオの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
それにレイニオが抗議の声を上げる。
「お客様を立たせたままっていうのも何だから、休憩にしないかい? お茶を用意しているよ」
調子の悪そうな母親の様子をチラリと見て、同じ母親が提案する。
「そうだな。町の話も聞かせてほしいし、こっちの話もしておきたい」
ガライも同意する。
「だからルミ、ラジーとレイニオに屋敷を案内してもらえないか? 俺たちより詳しそうだ」
そう顔を向けたのは、先程の発言からムスッとしたままの孫娘ルミであった。
ルミとしても、今までこの屋敷の管理の手伝いをしていたのだから、昨日今日引っ越してきた人たちには負けない、という自負があったのだろう。
しょうがないわね、という態度を出しながら「いいわよ」と言った。
それを見て、ガライの意図を察した黒髪の少年はやれやれと首を振る。
大人の話は長いし、子供には飽きられるものなのだ。しかも気の強そうな少女の事だから連れていけばどうなるか目に見えている。自分なら離れていても盗み聞きも出来る。つまり、そういう事なのだろう。
「じゃあ、行くわよ! レイニオ、ぴょんこ」
「ん?」
ルミの変な呼び方に自分の事か?と首を傾げたラジー。
そんな様子も気にせず、彼女は強引に手を繋ぎ、台所とは別の通路へと歩いていく。
子供は手を繋ぐもの。彼女にとって、ラジーはそういう認識の存在らしい。
「レイニオ、頼むな」
少し遅れて付いていく少年に声がかかる。それにヒラリと手を振って、レイニオは子供2人を追いかけた。
時は過ぎ、夕刻。
管理人一家を見送った後、荷物を部屋に運び入れる作業に戻り、全てをとりあえず屋敷の中に入れ終えた。
そしてガライはビフレットに連れられて、庭の一角へとやってきていた。
そこは屋敷の敷地の中でも葉霧の森に程近い一角となる。
日当たりは良く、数本の木が生えているだけの広い土地だ。今は日没が近付き影が長く伸び、木々も陰影を濃くしている。
奥に見える湖が日の光りに黄金を湛えているかのようにキラキラと輝く。
近くには馬小屋があり、休んでいた二足歩行のトカゲと馬たちが2人を興味津々でこちらを見ている。
「それでですね、この辺りを畑にしたいと思うんです」
ニコニコと機嫌良さそうに言うのはビフレットだ。
そのきらびやかな外見からの『畑』という言葉のなんと似合わない事か。
「ここなら窓からの景色にも入り込まないし、日当たりも良好。なんと言っても、肥料に事欠かないのがいいんです! 森の葉が堆積した腐葉土はいい土作りに欠かせないもの。それがこんなにも……!」
語りだしたら止まらない。
ビフレットは外見に反し、昔から土いじりが趣味であった。
彼の家の領地には自身の畑もあるらしい。本人が手を入れる事は余り出来なかったそうだが。
「植えるとしたら、やっぱり特産のリューズですかね。豆類もいいですし、思いきってシュガッシュ(砂糖の取れる植物)とかも有りですね! ああ、夢が広がります……!!」
「俺はトマッホ作ってほしいなぁ」
うっとりと夢を語る執事に一応希望を伝えるその主。
今の彼をご婦人方が見ていたら、うっかり妊娠しそうだなぁ、と思いながら。
「その為には、ここを開墾しないといけません」
判っている、と頷きながらガライに告げるビフレット。彼には完成図が浮かんでいる事だろう。
「明日、時間が空いたら下準備したいので、お手伝い願えますか?」
以前から「畑を1から作りたい」と言っていた美中年に、「その時は手伝う」と伝えていた主は、それを意識した言葉に笑って頷いた。
「力仕事は任せてくれ。素手で土を耕したりも出来るぞ!」
「それは貴族としてお止め下さい」
力強い言葉と共に告げられた事に思わず真顔で返す。やった事があるのか。
勿論、ビフレットは農機具も用意している訳で、敬愛する主にそんな事をさせるつもりはない。
「それくらい力になるって事だ。これとかな」
そう言うと側にあった1本の木を抱き抱える。
そして「ふんっ!」と気合いを入れると、持ち上げた。
立派な針葉樹の生木を、だ。
根っこから土がボロボロと零れ落ちているのをビフレットは呆然と見た。
そして、はぁ、と溜め息をついた。
「普通、持ち上がりませんよ、若様」
「持ち上がったが?」
「とりあえずそれを下ろして下さい」
言われた通りガライが木を地面に寝かせる。
その時、「ん?」と彼が何かを見つけたような声を上げた。
「どうなさいました?」
ビフレットが自然に声をかける。
「いや、何か見慣れない葉っぱが……」
「どれです?」と2人して寝かした木のすぐ側にしゃがみこむ。
綺麗な翡翠色の光沢を持った葉を持つ踝ほどの高さの植物がそこにはあった。
先が二股に分けれたその葉は、夕日を浴びて本当の輝石のように自身の色を放っている。それは辺りの地面にも散見され、まるでエメラルドを散りばめたかのようだ。
「キレイだなぁ」
「……若様、これは……」
回りを見て、その金色の目を輝かせるガライと翡翠色の葉を手に取り絶句するビフレット。
「いや、葉霧の森はすぐそこだし、太陽の向きに寄っては影になる。湿気は……、湖から風が……」
そしてブツブツ考察を始める。
「ビフレット、何の植物が知っているのか?」
少し経った後、ガライは自らの執事にゆっくりと問いかけた。それにようやく顔を上げた彼は少し焦りのようなものを滲ませていた。
「すみません、確証が持てませんので、何とも……。チヤさんに聞いた方がいいかもしれません」
チヤはその職業柄、薬草や薬膳、食べ合わせにも詳しい。そんなチヤに尋ねるという事はよっぽど珍しい植物なのだろう。
その言葉に何も聞かず「分かった」と頷く。そして「どうやって持っていったらいい?」とビフレットに指示を仰ぐ。
「とりあえず根っこごと持っていきましょう。鉢はこれです」
そう言うとサッと後ろから土で出来た器を出してくる。
そこに慎重に引き抜いた翡翠色の植物を入れる。
「チヤはこの草の事、知ってるかな?」
歩きながらガライが言うと、ビフレットが少し間を開けて口を開く。
「知っていると思います。恐らく、レイニオも」
「と、いう事は、ああいう関係のか……」
裏口から屋敷に入り、すぐ側の厨房に顔を出す。
彼女は夕食の用意を終えたところの様で、椅子に座って一服していたようだ。
「チヤ、今いいか?」
ガライが声をかけると彼女は顔を上げた。
「ああ、2人してなんだい。お腹が空いたなら、もうすぐ呼びに行こうかって思っていたところさ」
ニッと笑ったチヤは手を拭くためのふきんを用意する。
「その前にちょっと見てほしいものがあるんだけど」
そう言って先程の植物が入った器を差し出す。
「これって……!」
「やっぱりそうですよね?」
先程の自称ただの執事と同じく絶句したチヤに、その当人が確認を入れる。
「これが畑予定地に結構生えていたのです」
「なんてこった。間違いないよ」
「そんなにスゴいものなのか?」
2人の驚き具合にいまいち共感できないガライが首を傾げる。
「そりゃあ、もう」
「あー、ガライは知らない間に使っていたのかもしれないね」
2人の言葉にガライは「ほー」とだけ反応を返した。
「……煮込めば、成分が溶け出して他の味を引き立てるんだよ。どれ、明日のスープにでも使ってみようかね」
その反応に凄さが伝わっていないのが判ったのか、彼女は諦めたようにそう言った。
食べたら判るさ、そういう事だ。
ビフレットもいろいろあったのです。
1週間連続投稿を勝手にやっていましたが、これから普通のペースに戻ります。
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