最近下腹が出てきてのう。
未知との遭遇(笑)続きとある意味鍛練。
「同胞よ、まずは名乗ろう。ワシはミンシード。生命の太陽たる女神オルスイースの眷族じゃ」
「やっぱり、おっちゃん、ねーちゃんの知り合いかー。目が金色だもんなー」
ミンシードと名乗った黒い竜を相変わらず『おっちゃん』と呼びながら、ガライはしたり顔で頷いた。
「俺はガライ=カールレーだ。こっちはキャロライン=ポルタ」
「おお、聞いた事があるぞ。確か、かの方が人と接触を持った時の一族だったかの」
ガライの自己紹介に老竜は知識にあった、と喜んでいる。
おじいちゃん、ボケていないようでなによりです。
そんな主にキャロラインはまた、脇腹をつついた。
「いろいろ突っ込みたいところがありますが、1つだけ。オルスイース様とは国の守護神で合っていますか?」
本当に守護神を『ねーちゃん』呼びしてるのかとか、同胞とかどういう事だとか、そういうのはとりあえず置いておいて、重要な事だけ聞いた。
「うん。……女神オルスイースは降臨の際、私に特別な呼び名を使用する許可をお与え下さったのです」
急に真面目ぶった顔をしたかと思ったら、ガライは司祭のように祈りのポーズを取りながら彼女の問いに答えた。
「お主、似合わんのう」
と、笑いを含んだ声が広い空間に響き渡る。
「ええっと、ミンシード様」
話が進まなさそうだと思ったキャロラインは、話の主導権をガライからぶんどった。話し合える存在ならば自分が臆する事はない、と言わんばかりに。
「何かな、お嬢さん」
笑いの尻尾がまだ残っている声は、やはり低く大きい。
「女神様より、この場所を任されておられるのですか?」
「うむ。その通りじゃ。ここで侵入してきた魔物やらを適当に排除したり、散歩したり、ゴロゴロしたりしておる」
それってニー……、いえ、何でもありませんわ。
令嬢はその怜悧な相貌を崩さずに乗り切った。
「掃除って魔物?」
その間にガライが尋ねる。老竜がこの建物(?)を掃除するには、魔法なら何とか?といったところだ。ワンチャン、羽パタパタもありそうだが。
「うむ。外にもいたじゃろう? 血気盛んな奴は中まで入ってくるのじゃ。それを焼いての、パクッといくと格別での。蛙とか特に食いでがあっていいのう。お陰で体が重うなるわ」
肯定し、はっはっはっ、と竜が笑う。
食べるのかよ、と2人は思った。
まあ、カエル、美味しいらしいし、とガライ。
それは掃除ではなく食事では……、とキャロライン。
「では、ここは女神様関連の遺跡なのですか?」
もう、聞けるものは聞いてしまえ、とばかりにキャロラインがミンシードに尋ねる。
「遺跡……ではないのう。人はおらんが、まだ稼働しておる」
使っているから遺跡ではない、と言葉に迷いながら彼は言った。『女神様関連の』という部分は否定せずに。
「もしかして、ねーちゃんの言ってたのって……」
ガライの言いかけた台詞に、何かを思い出したように老竜は身を起こした。
「そうじゃった。同胞が来る事があったら報告に来い、と言われておったんじゃ」
そして、体に見合ったのっしのっしというような足取りで、扉の前のガライたちに近付いてきた。
こちら側は自動だったようで、扉の前にミンシードが立ち止まると、あの大きな扉がほぼ全開まで開く。
「あ、ちゃんと開くのですね、その扉」
思わずキャロラインが呟いた。
「ワシはちょっくらオルスイース様に会いに行ってくるわい。ここは自由にしてもらって構わんよ」
「あ、おっちゃん。この階段上まで続いてる?」
「昔は地上に出られたらしいが、今は知らん。この図体じゃからの」
呵呵と笑いながら、老竜はこの場所から出ていった。彼らが入ってきた入り口とは別の入り口があるのだろう。
はっきり言って、あそこから出入りが出来るとは思わない。
「ビックリしないでしょうか?」
今頃、葉霧の森の上には、黒い竜が舞っている事だろう。
もう一人の幼馴染みやプレートの町の人が目撃していたら、大変な事になりそうだ。
ウサミミフードの子供は意外と図太いので「おー」と言うだけだろう。
目撃すればの話だが。
「キャロ、ここは魔素多い?」
そんな想像をしていたキャロラインにガライの硬い声がかけられる。
「え、ええ。地上にいた時よりも濃いですわ。でも、この場所で魔物の発生は無いようです。結界石がありますわ」
先程とは雰囲気の違う主に、驚きながら彼女は周りを観察した事を伝える。
ガライは魔力が自身の中から出ないので、外からの魔力を感じる幅が少ないのだ。
ちなみに結界石とは、遺跡などに残されている魔物の発生を抑える事の出来る装置の事で、現在の技術ではまだ再現出来ていない装置である。
キャロラインの言葉に、ガライが急に膝を付いた。
どうしたのか、と声をかけようとした彼女の耳に声が届く。
「よかっ……たぁー!」
はぁ?と彼の顔を改めて見る。
「ねーちゃん、ノーヒントだったもんな。『祭事の際までに我が聖域を探せ』なんて、こんな所、判らないって……」
安堵の息を吐きながら項垂れる。
つまり、とキャロラインは考える。
守護神オルスイースがガライに自身の聖域を探させたのだろう。
確か前回の祭事の時『引っ越ししても大丈夫か聞いてみる』とは言っていたが、まさか本人(本柱?)に聞いていたとは思わなかった。
それに聖域探しの事は、彼自身の使命だったのか王族の何かに引っ掛かるのか、一言も相談を受けた事が無い。
ちょっと相談して欲しかったというのは、我が儘だろうか。
「キャロ、取り敢えず上に上がってみよう」
最後に大きく息を1つついて立ち上がったガライが、膝を払いながら彼女に言った。
指したのは、最初に見ていた上りの階段だ。
「そうですわね。昔は通じていたとおっしゃっていましたから。ここに留まっても何も始まりません」
そんな彼女に頷き、「ただなぁ」と天井を見上げるガライ。
あ、天井にも石が埋め込まれている、と思いながら、呟く。
「キャロ、上れるかなぁ?」
何事も踏み出さなければ始まらない。
意外と前向きな2人は、階段上りを開始した。
始めは普通に上っていたが、やがてガライが両足揃えてのジャンプを始め、ウサギ跳びをしようとしたところでキャロラインに止められ、逆に彼女が思った通りバテてきて、それのペースに合わせるために筋肉ムキムキが逆立ちで上り始めて、しばらく経った頃だった。
「それでさ、ねーちゃんが、言うんだ。『今までのようにしなきゃ、口聞かない』って」
「上っている間暇ですから、相槌は出来ませんが説明しなさい」とキャロラインにめいれ……お願いされ、ガライは話せる範囲で、現在『何故女神を『ねーちゃん』呼びをしているのか』を話し終えたところだ。
逆立ちのままで。
話を要約すると、初めて儀式に挑んだガライ(同時10歳)が女神を何の気負いもなく「ねーちゃん」と呼んだのが始まりである。
仲良くしたいのに改まった言葉しか使われなかった女神は、それにいたく感動。
翌年、他の王族に女神への接し方と言葉使いをミッチリ指導されたガライが覚えた通りの挨拶をしたところ、相当なショックを受け、先程の『口を聞かない』発言をされたという事だった。
「他の王族には秘密だって事で、知ってたのはキカラ兄上と一緒に会った事のあるラーだけだ」
そう言うと、よっ、と逆立ちを止め、肩を回す。
今度は屈伸をしながら上るらしく二段飛ばしにしてアキレス腱を伸ばしている。
なんとベタな、と思わないでもない。
しかし、それよりも先に『ねーちゃん』呼びも仕方なかったのかもしれない、ともキャロラインは紗のかかる思考で思った。
あの頃のガライは……。いや、止めておこう。
「うん? 足音がするな」
そう言って、ガライは二段飛ばしをしていた足を止めた。
「ルドたちかな? 魔物かな? あ、止まった」
こちらが聞こえたという事は、あちらも聞こえているという事。ましてや、こちらは喋っていた。
閉じられた空間では音が響きやすい。察知するのは容易だ。
風魔法を使うキャロラインには、より音が聞こえていた。
が、今は喋る余裕がなかった。
「この間隔だと、階層があるところかな」
階段はひたすら上に続いているだけではなく、ところどころで大きなフロアに繋がっていた。恐らく、昔は人が住んでいたのかもしれない。
まあ、今回は上に上る事だけが目的なので、立ち入ったりはしていないが。
階段を上り続けて、悲鳴を上げている足を励ましながら、キャロラインはまだ元気そうな男に目を向ける。
彼に伝える気は無いが、これだけは言える。
幼馴染みは結構怒っている、と。
恐怖の階段上り(キャロラインにとって)。
ガライにとっては、いい運動のようです。
あれ? また合流出来なかった。
ミンシードがいろいろやらかしていったからなぁ……。
おっちゃん、食べ過ぎ注意だよーとか、キャロライン、それは未来予知ですか?とか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。