表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前王弟殿下のかれいなる隠遁生活(スローライフ)【本編完結】  作者: 羽生 しゅん
森を飛ぶ編:階段昇降は下腿三頭筋の強化
67/198

おじさんでもおじいさんでも筋肉は平等さ

発見物に入ってみた+初対面親戚のおじさん……みたいな?との遭遇。


あれ? 地上組と合流してない……!?





 2人が歩いていた場所からは崖に接しているように見えていた大岩が、その入り口を隠していた。


「これは、あそこからでは判りませんわね」


入り口から中を覗きながら、キャロラインが呟いた。


 石で枠取りされたその穴は、この崖の下にあるには違和感がある上に、中は何故か明るく、迷宮のように整然とした灰色の壁、床、天井が伺える。

ところどころにレリーフが(かたど)られていたり、タイルで模様が描かれているのが確認できるため、明らかに天然で出来たものではない。


「キャロが言った通り、本当に大昔の神殿とかそういう(たぐ)いかもな」


同じ様に中を観察しながら、ガライが第一印象を言う。何だかすごく冒険者っぽい。


「何か……『儀式の間』に似てる」

「儀式の間?」


蒼髪の令嬢は覗いていた内部から隣の主に視線を移動した。

鸚鵡返しに言葉を返したが、キャロラインはガライの言うその場所を知っている。


 『儀式の間』は、王城の奥深く『カールレー』を名乗れる王族だけが入れる、とされている部屋の事だ。

場所も定かではなく、重臣ですら存在は知っていても詳細は全く明かされていない。

そんな部屋が使われるのは、年に一度の建国祭の時に王族によって神事が行われる時だけだ。


つまり、どんな部屋なのかは現在、この国の王と隣の男しか知らないのだ。


「うん。もしかしたらもしかするかもよ?」


そう笑いながら言って、赤銅色の髪の男は遺跡内に足を踏み入れた。


 冷えた静寂が、陽光とは違う冴え冴えとした灯りが、無機質な壁や床が、命あるものに強い畏怖を抱かせる。


ガライの後に続いたキャロラインは、太陽いっぱいだった葉霧の森(そと)との違いに身震いをした。


「ちょっと冷えませんか?」


彼女がそう言うと、ガライは「そうかなぁ」と首を傾げた。


そういえば、このムキムキは筋肉があるからムキムキであって、新陳代謝が非常に高い。なんならちょっと寒いところに入った事で、湯気っぽいものが見える気がする。


「貴方に聞いたのが間違いでしたわ」

「え、何か理不尽に怒られた気分」


同意は得られそうにないとキャロラインが再び前を向くと、ガライが納得いかない、と顔を歪めた。


「でも、そうだな」


ふ、と顎に手を当てた彼が、見えてきた扉を見据えてポツリと言った。


「『太陽』が無いからかも」


大地に跪き天に祈る人々と、空から注ぐ陽光が描かれたその扉は、枠の部分に伸びる草花と大きな丸……太陽が意匠されていた。


「それはもしかして、国の守り神である女神様の事でしょうか?」


キャロラインは知識を総動員して、そう結論を出し、彼に聞いた。


 ライズ王国には守護神ともいえる存在がいる。

それこそがこの国の始まりにして、王家が神官として(たてまつ)り、国教とも呼べる太陽信仰の大元なのである。


「多分ねー。俺がこれを開けられたら『ビンゴ!』って事だと思う」


その割には軽いノリで前王弟は宣った。


昔、ガライに聞いた事がある。

『女神様はどんな方なのか?』と。


その時の答えは『何って……、ねーちゃん?』と首を捻りながら絞り出していた。

今でもよく判らない。


 扉の直下から見上げると、高さはガライの2倍程ありそうで、横に広い作りであった。

つまりウッドペローフロッグでも楽々通れそうな安心設計だ。


真ん中部分には取手が付いていたが、誰が開けられるのか、という程重量もありそうである。


「この扉をずっと引っ張っていたら、全身強化になりそうだな!」


取手に紐でも付けて、綱引きするつもりだろうか。

ガライはやたら嬉しそうに言った。


確かに腕の上腕二頭筋や三頭筋のみならず、背筋である広背筋や太腿にある大腿四頭筋も鍛えられそうであるが、今ここで言う事ではない。


「貴方が強化全開にしても開きそうに無いのくらいは見て判りますが、トレーニング(それ)は屋敷に帰ってから考えて下さい」


キャロラインは冷静に返した。そしてもう一度扉を観察する。

……人の力では絶対に開きそうになさそうだ。


「何か、すっごい仕掛けがしてありそう」


ガライの視線が、中央の取手から横にずれていく。


大昔の遺跡だとしたら、尚更こんな巨大な扉がただの置き物として設置されているのは可笑しいと思ったらしい。


大人数のムキムキが引っ張る?

ないない。


「うーん……、うん。あれかな」


そして何か見つけたのか、そちらの方に近寄って行った。


「何か見つけたのですか? スイッチとか」


小走りで付いてくる幼馴染みの問いに、ガライはニヤリと、いわゆるドヤ顔をして立ち止まる。


「スイッチじゃないんだけどさー。アレ」


そう言って指差したのは、枠の一部が鏡のようになった部分だった。その横には同じような形のお皿のようなものが貼り付いている。


「城にも似たようなのがあるんだ」


そう言いながら、ガライは皿のような部分に手を置いた。


「あ……、秘密なんだっけ」


いや、知らんがな。

キャロラインが思わず南の国の方言で内心ツッコミを入れている間に、手を置いた皿がピカリと光った。


次に何故かガライがポーズを取る。


「何やっているんですか」


変なものを見るような目でそれを見ながら、キャロラインは一応聞いた。


「ん? 決めポーズしろってさ、言われたんだよ」


鏡のような部分からスポットライトのように光が照射される。


「誰に?」


こんな装置の事に、そんなバカな注文をつけられる人など限られているが、聞かずにはいられなかった。


「父上」


やっぱりなー、と愉快犯の笑みを浮かべる先々代の国王を頭から振り払うキャロライン。


息子に何を教えているんだ。

そして、何で息子も素直に従っているんだ。


話をしている間にも光は止み、扉内部で何かが動く音が静かな空間に響く。

そして、パカッと扉が開いた。


「なんでやねん」


思わず南の国の方言がメガネの令嬢の口から出てしまった。


「省エネでいいじゃん」


装置を動かした本人はケロリと返した。


何故そんな反応なのかというと、開いたという扉は大きな扉のごく一部。ガライが余裕で通れる程の部分だけが横にパカッとスライド式に開いたからだった。


この扉の大きさの意味は……とキャロラインは遠い目をした。

ガライ曰く「小さい扉だと大きいものが入らないんじゃないか?」との事だったが。


 扉を越えた先は広い空間になっていた。

長い辺が端から端まで走っても、軽く30秒ほどかかりそうな長方形の部屋で、今までよりも天井が高い。壁には幾つかの通路と階段が見受けられる。


「上行きだな」

「ええ。現在地、崖の下ですからね」


彼らはそちらを見ながら会話をする。

敢えて中央には目を向けない。何だかジーっと見られている気がするが、目を向けない。


「地上まで続いているかな?」

「崩れたりゅう?遺跡ですし。ここ、崖下ですから」


続けている会話だが、キャロラインの返答がおかしい。


「崩れているかもって事か。ルドたちが見つけている可能性あると思う?」

「まあ、可能性がう、うご……落下現場とちかっ、崖の下ですから」

「近くに階段があったら降りてみるって? ラジーは?」

「シンに乗れば、ふわっ!?高い崖の下ですから」


その反応に苦笑しながら、ガライはゆっくりと、こちらを窺っている視線の元へと目線を向けた。

もちろん、この空間の中心部へ、だ。


キャロラインは恐らく、この視線の主に畏縮し、全力で見ないフリをしているのだろう。時折動いて、意識を自分に向けさせようとするアレを視界の端に納めながらも、普通(?)に会話出来ただけでもアッパレ、といったところだろう。


そんな彼女の緊張の様子を、珍しいなーとバッチリ観察していたガライの金色の目は、その向けられた金色の目を真正面から捉えた。

そして、ニヤリと笑う。


「こんにちは。お邪魔してます!」


挨拶の言葉に、彼以外の金色の目の持ち主は「ほほっ」と笑い返した。

表面的には笑ったかも判らないが。


「こんにちは、かの。人の子が来たのは初めてじゃ」


地面の揺れるような音が、その物体から発された。それに伴い、少し伏せていた顔を上げる。


「おお、やっぱり初めてか! 森の奥だもんな」


うんうんと頷くガライには悪いが、キャロラインはチラリとそちらを見る事しか出来なかった。


それは黒に見えるが、角度を変えた時には深い紫に光る。


「お前さん、こんな所に何用か?」


少し開けられた口からは、自分の胴体よりも太い牙が覗く。


「いやー、恥ずかしながら、崖から落ちちゃって。上に上がる手段を模索中ってわけ。おっちゃんこそ、何でこんな所いるんだ?」


顔を上げた拍子に見えた前足には、黒々とした鋭い爪が生えていた。


「寝床にしておるのだよ。さるお方から掃除をするなら使っても良いと言われてな」


物語で見た事がある。黒いドラゴンだ。

部屋の半分くらいを占有し、自分の大きさ程あるだろう金色の目で、こちらをジーっと見ていたのだ。


そんな存在に、何で普通に会話しているのか。そして、『おっちゃん』呼びに何のツッコミも無いのか。

キャロラインは思わずガライの脇腹をつついた。


「ガライ、どういう事ですの?」


その言葉に少し彼女に視線をやり、『まあ聞いていろ』と言わんばかりにウインクした。


「もしかして、ねーちゃん?」


その問いにその存在、物語に出てくるようなドラゴンと呼ばれるような生き物は、目を丸くした。


「あの方を『ねーちゃん』と呼ぶとは」


そして、顔をぐいーっと近付けてくる。


「ほうほう。小さいから見えにくいが、確かに金の目をしておるの。

……そういえば、最近人の子に『ねーちゃん』呼びを許したとか、嬉しそうに言っておられたのう。そなたの事か」


納得がいったのか、顔が元の場所へ戻っていく。


体を起こし翼を広げると、部屋の横幅の半分くらいが埋まった。それを再び畳み、居住まいを正す。


「同胞よ、まずは名乗ろう。ワシはミンシード。生命の太陽たる女神オルスイースの眷族じゃ」


あと、『おじいさん』と言える歳なのじゃよ、と『おっちゃん』呼びを恥ずかしそうに訂正した。


おっちゃん、もといミンシードは、女神の眷族の竜なので信仰の対象になったり、畏怖の対象になっててもおかしくない存在……なはず……なのに……。

ガライにとったら、女神もねーちゃんで竜もおっちゃんなのである。


常識が行方不明です!?とか、キャロライン、しっかりしろ!とか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ