壁に耳あり、正直あり、なの?
主従による崖下探索。
何だかこの2人だとビジネス的な話しかしないイメージ。実際、ギャグ少なめ。
PV27000、ユニーク7700超えました。
ありがとうございます。
レイニオが自分の分のついでに、チヤにおやつを頼んでくれそうです。
「メガネ、メガネ……。ガライ、この辺りにメガネ落ちてませんか?」
実は落下時、メガネを落としてしまっていたキャロラインが、その夕焼け色の目を地面に向けている。
眉間に皺を寄せているその姿に、よく戦えたものだと彼女の視線を辿ると、今、正に踏み出そうとしている地面に……。
「はい、お約束お約束」
ひょいと脇に手を入れ令嬢を持ち上げる。
ふわりと持ち上がったその下に探し物があった。
「そういう時は動かず、周りに任せろって言っているのに。ハッシュもやるんだもんなぁ……」
手のものを横に下ろし、メガネを確保する。
「ん? どうした?」
ポンと地面に置かれた令嬢は、はぁ、と溜め息をついた。
「……いえ、何でもありませんわ」
「ところで、キャロ。話したい事があるんだろ」
崖の下、背の高さを超える岩が至るところに転がっている荒れ地を、ガライが歩き出しながら幼馴染みに声をかけた。
「あら、何の話かしら?」
その後を歩きにくそうに付いていきながら、キャロラインはしれっと尋ね返す。
それを鼻で笑いながら彼は続けた。
「呆けるなよ。聞かれたくない話があったから、こんな場所まで付いて来たんだろ」
つまりガライは、屋敷の中では誰かに聞かれる心配があり、衆目のない場所を彼女が望んでいたのだろう、と言っているのだ。
それは仲間たちの事ではない。
「運動不足も本当の事ですわよ」
苦笑をしながらもキャロラインは否定しない。その事実にガライが金色の目を細めた。
「話してくれ。今ならラジーもいない」
小さい子供に聞かせられない話なのなら、今は格好の相談時間だろう。
それを補佐官も思ったのか、磨いたばかりのメガネを押し上げ、口を開く。
「やはり、保護した人の中に間者がいるようですわ」
保護した人……、それは少し前にあったペリュトンという魔物の襲撃の際、それを隠れ蓑にして活動していた人攫いから救い出された人たちの事だ。現在、プレートの町で生活の場を提供している。
「目的は?」
ガライが尋ねると、キャロラインは首を振った。
「そこまでは判っていません。恐らく、貴方の消息を探っている可能性が一番高いと思います」
「はー、ほっといてくれよなぁ……」
王都から騒ぎに乗じて家出(?)をしてきた男は、自身の赤銅色の頭を掻いた。
国内を大体横断してきた事からも、嫌な予感はしていた。誰の差し金かは大体想像が付いている。
「もうそろそろ動きそうだと言われましたので、あえて隙を作ったのです。対処するとの事ですわ」
この前王弟とセットだと思われているのか、他にアテがなかっただけなのか。どちらにしてもキャロラインの任地、シルーバ侯爵領まで前王弟殿下の捜索の手を伸ばしてきているというのは事実。
早い段階で動かないと包囲を固められても困る。
「無理するなって言いたいところだけど」
「まあ、腕が鈍るのも嫌だと言っていましたので、無理はしていないのでしょう」
誰の事かは口にしないまま2人は話を進める。
「これに関連して、これからの事を話しておきますわ」
キャロラインが棒で側にある岩をつついて頷き、また歩き出す。
「これから?」
空には鳥のものであろう黒い影が、すいっと横切っていく。魔物かな?と思いながらも、ガライはその影をしばし目で追いかけた。
「はい。以前『さすらいの大根切り』……冒険者のバジーク様たちに、冒険者ギルドと関係団体へ連絡を入れてもらったでしょう?」
「うん。もしかして連絡来た?」
足下の小石を蹴っ飛ばし、幼馴染みへと目を向ける。
石は崖の手前まで飛び、岩に当たった。その岩が少し動いた気がするのは見間違いという事にしておく。
「冒険者ギルドからと憲兵隊の師団からでしたわ。貴方の机の引き出しに入れています」
ガライの執務室にある机には鍵がかけられるようになっている。開け方を知らないと腕のいい盗人でもまごつく鍵なので、そうそう他人に見られるような場所ではない。
「ギルドからはペリュトン討伐の報酬が一部出るという事と、角があれば持ち込んでほしいとありました」
流石に「宵越しの金は持たない」と豪語しているバジークでも、ガライたちの協力があったという事実に報酬全取りはしなかったようだ。
後、討伐部位の持ち込みは、なかなか高級な薬素材が入って来ない上、都市部のギルドに持ち込まれる事が多いため、手に入る時に確保しておきたいのだと赤裸々に手紙にしたためられていた。
キャロラインはそこに潔さを見た。
「じゃあ、またターリックの町に行ったら寄らないとな」
ガライが何の打算もなく、そう言う。そういう困っている所に普通に手を貸せるのがガライなのである。
「それから、師団の方なのですが」
予定を頭の中に書き込みながら、キャロラインが話を続ける。
足下にまた石があったが、これには強化をかけた足を振り下ろす。
バキリと音を立てて石と思われたものが割れる。そしてそれを蹴り飛ばす。
「事情聴取と現場検証に来るそうです。恐らく、建前でしょうけど」
その放物線に顔を向け、途中まで見届けると戻した。
「いつ来る、等は書かれていない、とりあえず前触れは出したという実績だけですね。明らかに抜き打ちに来ます」
これは、間違いなくこちらを探ろうという意図を感じさせる。何処かの派閥の息がかかっているのだろう。
「だから、しばらく領都に出掛けてもらいます」
「領都って事はシルーバ伯か」
ここプレートの町(現在地は森の中なので、町のカテゴリーに入れていいか判らないが)を含むシルーバ領には当然領主がいる。
その高齢の領主の代理として王都からキャロラインが派遣されて来た、という体を取って、彼らはこの地へと引っ越ししてきたのだ。
もちろん、領主も今回の計画(例の『王都大脱出!害虫爆発しろ!!独り身だよバーカ作戦』)は情報共有してある。
「そうです。まだ就任の挨拶をしていないので代理で行ってきて下さい」
本来はキャロラインが行かなければならない案件だが、実際の立場は当然ガライの方が上だ。代理というのは建前でしかない。
「判った。あの時以来か……」
その日は憎い程の晴天だった。
溢れそうになる感情を空を仰いで堪えたのを思い出す。
優しげな面差しは、あの人とよく似ていた。
「顔合わせにくいなぁ」
苦笑しながら、その日と似た天気の空を同じように、だが全く違う心持ちで仰いだ。
ついでにまた足を石に振り下ろし、砕いて蹴り飛ばす。
「タイミングは師団の出発が確認されてすぐになりますから、用意はしておいて下さい。内密に」
「はーい。おでかけセットあるから、すぐ行けるけど」
「おでかけセットって……。貴方はいつもそうですわね」
「騎兵団は緊急出撃もあるから。整理整頓大事!」
キャロラインが岩を叩こうとした棒を掴んで止め、そのまま岩の横を通りすぎる。
「ところで、ガライ? さっきから何をしていますの?」
棒の先を取り返しつつ、キャロラインはようやく、幼馴染みの行動について尋ねた。
「……何も?」
「嘘おっしゃい」
「いやあ、動かない的は多くても的でしかないな!」
嘯く筋肉ムキムキにメガネの令嬢が速攻ツッコミを入れると、明後日の方向を向いて、そう宣った。
つまり、
「結構、魔物がいるのですか……?」
キャロラインは周りを見回すが、気配とか判るはずなかった。
彼が先程から蹴ったり踏みつけたりしていたのは、その魔物たちを退けていたからだったのだろう。
動かないのは待ち伏せ型の魔物というだけで、自分の領域に入ればたちまちこちらを襲ってくるに違いない。
そういえば、さっき岩に止まった鳥が次の瞬間、いなくなっていなかったか?
「いる」
こういう事に嘘を付いても仕方がないので、ガライはあっさり肯定した。
「でも小物だから。カエルみたいなのは、いない」
勘の良さを最大限に活かして彼は断言した。
気休めではなく事実を言っているだけ、とその雰囲気で判ったキャロラインは「そうですか」と納得を見せた。
無理な時は無理という男だ、ガライは。
そして彼女は話を戻した。
「領都にはルドを連れていけません。相手も『鉄砲水』がこの地に赴任していると情報を得ているはずですので、いないとなると不振がられますわ」
それを聞いて「そうだよなー」と頷き、少し考える。
頭の中で、東方の国にあるといわれている「分身の術!」という技名を真剣に叫んでいるジャガルドがいる。
護衛よ、修行していないので唱えても分身は出来ないと思うぞ。とその想像にツッコミを入れる。
ついでにある事をふと思い出す。
「だったら、ステンに声をかけたらいいんじゃないか。確か義理の息子が領都にいるんだろ。行く理由としてはおかしくない」
ガライの提案に彼女は素早く思考を廻らせる。
少し前まで領都で領地軍に所属していたらしい老人は、護衛としても不足はない。
「そうだと聞いておりますわ。……それだと、こちらの行動のカモフラージュにもなりますわね。
監視されているのは屋敷だけのようなので、自称執事に言伝てか手紙を届けさせて打診してみましょう」
そして、その案にGOサインを出した。
彼女の中ではジャガルドがうんうん頷いている。ステンはガライの護衛も軌道修正も出来るであろう人材だという認識なのだろう。
コツリと棒で石を弾いて、その行く末を見守っていたキャロラインは前を行くガライの背中にぶつかった。
ムキムキは背中もやはりムキムキのカチカチで、ぶつかった頬を思わず押さえる彼女。結構痛かった。
そして、そのままキョロキョロしているガライに視線を向けた。
「どうしたのですか、ガライ?」
その問いにうーんと首を捻りながら、キャロラインに向き直る。
「何か気配がする。魔物のぶわーって感じじゃなくて、ピシッとする感じ」
「ガライ……、人間離れしてきていませんか? ラー様が泣きますよ」
キャロラインは真面目くさって忠告した。しかし、国王の事を『ラー様』と呼んでいる時点で台無しである。
「何でだよ。……どう説明したらいいか判らないけど、清らかーな感じ」
ガライはうんうん考えて言葉を探す。
「神殿や聖域みたいなものかしら」
そんな彼の様子に、これはガチですわね、と彼女も首を傾げつつ例えを出す。
「あー、何かそれに近い。とりあえず、行ってみていいか?」
上に置いてきた2人との合流が最優先だとは判っているが、気になるらしい。
そんなソワソワしている幼馴染みを眺めて、キャロラインは「仕方無いですわね」とばかりに肩を竦めた。
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