表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前王弟殿下のかれいなる隠遁生活(スローライフ)【本編完結】  作者: 羽生 しゅん
森を飛ぶ編:階段昇降は下腿三頭筋の強化
61/197

散策と探索は紙一重

幼馴染みズ+1が森へ向かいます。



「お弁当は持ちましたか?」

「もった」

「水筒は持ちましたか?」

「もってる」

「おやつの貯蓄は充分か?」

「じゅうぶん」


 翌日の天気は晴れ。絶好のピクニッ……いや、森探索日和である。


屋敷の前では、キャロラインによるラジーの持ち物チェックが行われていた。

それをお弁当を渡しついでに見送りに来た母親は、呆れた顔をして見ている。


 今日のキャロラインの格好は勿論いつものドレス姿ではなく、乗馬服のような出で立ちである。

飾り気の余り無い上着に、ピッタリとしたズボンそしてロングブーツを合わせている。腰回りには防御のためか、スリットの入った厚手の布を巻いており、小さめのリュックを背負っていた。


「おはよう、キャロ。やってるな」


そこに赤銅色の髪を揺らしながら待ち人がやってくる。


「そういうお前は、忘れ物無いんだろうな?」


その後ろから、もう1人の幼馴染みも出てきた。


「おはようございます、2人とも。心配には及びません。昨夜、8回ほど確認しましたから」

「子供か」


メガネを上げながら返された言葉に、ジャガルドは半眼になる。


「ラジーもおはよう。準備万端だな」

「おはよ。布もナイフももってる」


ガライの言葉にちゃんと用意出来ている、とアピールするウサミミフード。少し得意気だ。


「ガライ、アンタたちの弁当だよ」

そこにチヤが持っていた昼食を渡す。朝の挨拶が無いのは、早朝のトレーニング前にすでに顔を合わせているからだ。


「有り難う。夜には帰ってくるから」

「安全が確保されるんなら、別に野宿したって構わないよ。安全ならね」


我が子の頭をグリグリ撫でながら、チヤは無茶を言った。


魔物の出現率が高い森で、しかも夜。

安全という言葉がアンゴラスウサギ並みの速さで逃げていく事だろう。

今回はご令嬢(キャロライン)に続いてお子様(ラジー)もいるので尚更だ。


「ま、よっぽどの事がない限りは回避するさ。そんな事があったらビフレットが倒れるぞ」


冗談めかして言うと、「それもそうだ」とチヤは笑った。


ここにレイニオがいたら言ったであろう。「それ、何のフラグ?」と。


「おら、そろそろ行くぞ。シンも連れていくんだろ」

「うん。じゃあ、行ってくる」

「いってきます」

「気を付けて行くんだよ」


チヤに手を振り、まずはスプリングルのシンを迎えに、厩舎へ足を向けた。

……ラジーの歩幅で。






 スプリングルのシンを加えた4人と1匹は、昨晩の詩集に出てきたような森を歩く。


魔物蔓延る葉霧の森といえども、まだ浅い部分、しかも朝の清々しさもあって、普段のうすら寒い程の雰囲気はあまり感じられない。


葉の隙間からキラキラと入ってくる日の光が地面に模様を描き、少し湿り気を帯びた空気がひんやりと肌を撫でていく。


 「昨夜話した通り、今回は、あまり認知されていない森の奥に行くのですね?」


 キャロラインは隣を歩くムキムキを仰ぎ見た。金色の目がこちらを見下ろす。


「そう。折角の探索なんだから、何か成果を残したいじゃん」


まるで子供みたいな理由を口にする筋肉ダルマ。

違った、冒険者の自覚とでも言えば聞こえがよかっただろうか。


「だからって、突っ込んでいくのは止めろよ。フォローが出来るか判らん」


荷物を乗せたシンの手綱を引きながら、ジャガルドが注意を促す。


「心配しなくても、ラジー置いていったらチヤにご飯抜きにされるから!」


 昨夜の夕食が終わって、それぞれ解散した後に、わざわざチヤがガライのところに来て釘を刺していったのだ。

「うちの子に怪我させたら、1週間朝食抜きだからね」と。


夕食でないのは、先にあげた通り仲間たちの話し合いの場でもあるからであろう。

昼食は勝手に取っていくスタイルなので、そこまで見ていられない、との事だ。


しかし、早朝トレーニングをするガライにとっては死活問題だ。午前中のエネルギーが足りなくなる。

そこにキャロラインによって持ち込まれる大量の書類。生半可では捌ききれるものではない。彼女はそれを何処から持ってくるのだろうか……。


「飯で釣られてんのは癪だが、突っ込んでいかねぇんならいい」


護衛は薄茶色の頭をガシガシ掻きながら、微妙な顔をしている。

自分だって朝のトレーニング後の食事抜きは耐えるが、自分が言っても聞かないのに、とでも思っているのだろう。


「ラジーだって、痛いのは嫌ですわよね」

「いや」


令嬢は更に目線を上げて、ガライに肩車されているウサミミフードを見た。

ウサギの耳まで入れると1ナベル(2メートル)を超す巨人だ。


「でも、アニキがおなかすいたら、ラジーのごはん、あげる」


赤銅色の頭をポンポンすると、下から金色の目が上がってくる。


「流石にラジーのご飯もらうのはなぁ。ラジーがおなか空いちゃうだろ」


そして脇に手を入れられて、肩から降ろされる。


「心配するな。ちゃんとラジーの事守って、ご飯抜きにされないようにすればいいんだから」

「ん」


子供の尻尾がパタリと振られた気配がした。そして顔が左手の方向に向く。


「キャロ、いけるな?」

「そのために来ましたもの」


その反応を見たガライが隣に声をかける。

返事をした当のキャロラインの手には、いつの間にか長い棒が握られていた。先端には金属で重りのようなものが付いている。


「何か、久し振りに見たな、それ」

ラジーをシンに乗せながらガライが笑う。


「出番は少ない方がいいのですわ」


 キャロラインの武器である折り畳み式の棒である。

令嬢が気軽に持ち運べるものとなれば、いろいろ限られてくる。その中でもリーチの長い棒術を彼女は選んだ。

幼馴染みの男と得物が似ているのは「手合わせしやすいではありませんか」との事で他意はない。


前にガライが「先端の金属をトゲトゲにしたら、攻撃力上がりそうだ」と言うと、「どうやって持ち運べと?」と真顔で返された思い出がある。


「くる、よ」


ラジーの声と共に飛び出してきたのは、2ナベル(4メートル)程の大きな蛇。

頭上の枝から大口を開けて、ボタボタと落ちてきた。


「ウッドパイソンですっ」


落下地点から数歩下がりタイミングよくフルスイングしながら、キャロラインがその魔物の名を口にする。

こちらを熱で捕捉したのだろう。


「6匹か」


ジャガルドも同じように槍の柄を使い、その巨体を殴り飛ばす。


「知ってるか、キャロ」


手刀で襲ってくる蛇を払い落としながら、ガライがふと奮闘する令嬢に尋ねた。


「蛇って食べられるんだぞ」

「嫌です」


地面に落ちても、すぐに巻き付こうと這ってくる巨蛇を棒で牽制しながら、それでも彼女は言葉を被せるように即答した。

それをラジーの土の槍が地面から突き刺す。


「? おいしいよ?」

森の民の子供は不思議そうに首を傾げた。


「だよなー」


うっ、と言葉に詰まる令嬢と、何やら嬉しそうな前王弟。

ラジーにとって蛇の肉は、鳥肉、猪肉に続くお肉カテゴリーであるらしかった。


「おい、食うのはいいが、先に相手しろよ」


ジャガルドが食事についてより戦闘をしろと促す。

彼は別に食べる事には反対はしていない。しかし、このままでは取らぬタヌキの皮算用だ。


「ルド、侯爵令嬢としての価値観の危機です。黙っていなさい」


キャロラインの頭の中では、晩餐のテーブルの上にデンッと置かれた皿の中、色とりどりの野菜と共にウッドパイソン(何故か頭付き)がドーンと盛り付けられている。

いやいやいや、ないない。


「価値観の危機って、それ程なのかよ……」


言われた彼は、蛇行しながら接近するパイソンに槍の穂を叩き付けながら呟く。


そりゃあ彼だって現役の騎兵団員であるので、行軍時に蛇と言わず、いろいろゲテモノと呼ばれるものを食べた事があるのだ。

会話には参加していないが。


「鳥肉と似たようなもんだって。クマ食べれたんだからいける!」


もう1人の幼馴染みは、相変わらず舞うように蛇を蹴散らしている。


三つ目熊は料理人(チヤ)が丁寧に調理したからでしょう!?

叫びたくなるのをグッと我慢して、鎌首をもたげたウッドパイソンの頭を棒で振り抜く。

そこまで会話をしながらの戦闘は、キャロラインにはまだ無理だった。


「それは置いておくとして。ガライ、コイツが出てきたって事は、アイツも出てくる可能性があるぞ」


幼馴染み2人の様子を見ながら『反応が正反対だな』と思ったジャガルドは、余裕のある方の幼馴染みへと声をかけた。


「ゲコゲコペロリン?」


中空から水の針を作り出し、地面に落としていたラジーが謎の名前を口にした。


ゲコゲコペロリン……?


数秒後、その意味を理解した筋肉ムキムキが子供をスプリングルから下ろし、小脇に抱えた。


「そうそう、ラジー、正解。ゲコペロはこの蛇が大好きなんだ」


抱えられたままのウサミミフードが喜びで両手を挙げた時、先程ウッドパイソンが来た方向から、ずぅん、と地響きが、葉霧の木の葉を揺らした。


「あー、来ているな……」


最後の蛇をキャロラインから横取りで串刺しながら、ジャガルドが落胆の声を出した。

予想大当たりである。


「今日は討伐目的じゃないから、放置で」


ガライが未練も何も無いように言うと、彼も頷いた。


「妥当だな。蛇は?」

「アイツの朝ごはんで」

「了解」


ハンドサインで背中の空いたスプリングルを呼ぶと、その手綱を引いてキャロラインに近付く。


「何が来ているのですか?」


段々近付いているような地響きに、令嬢は棒を持ったまま小首を傾げた。

事情が判らない。


「とりあえずシンに乗ってくれ。ここを急いで離れる」

「判りましたわ」


こういう時、無駄な問答をする事はない。

キャロラインは素直に頷いてスプリングルに跨がり、その後ろにジャガルドが乗る。


「ガライ、付いてこいよ」

「判ってる」


すでにウサミミフードが頭の後ろから覗いているガライが答える。


「はっ」と愛騎の腹を蹴り、その場から走り出した。


「あ、そちらは屋敷の方角では……」


という方向音痴(キャロライン)の声を残して。




ラジー曰く「ゲコゲコペロリン」については、また次回。


蛇に睨まれた蛙……じゃないの?とか、フラグ立ちまくってる、だと……!とか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ