美味しい食事は筋肉の素
前回、最初アップしていた部分を含む、チヤのお城の話です。
かなり書き加えているので、ちょっと見た事あるなーっと思っても、読んでもらえたら嬉しいです。
「我が儘を言ってみるもんだ」
彼女は真剣な顔で、1つ大きく頷いた。
お昼過ぎ、作業が一段落したのを見計らい、チヤは予てより希望していたそれを行動に移した。
「最初から聞いていましたからね。渡りに船、というものです」
その横に佇んでいたメガネをかけた令嬢が調査表を手に、彼女の呟きに答える。
「また店を持てるとはねぇ」
その言葉の通り、チヤは今、店を持とうとしている。
本人の希望もあったが、意外にも町の奥様方から「料理を分けてほしい」やら「料理を教えてほしい」という要望があったのだ。
例の『幸せの青い鳥をお裾分け★パーティー』で共に料理をして、チヤの料理の腕が町の奥様方に知れ渡っていたのである。
更にこの間のペリュトンの件だ。
火事場泥棒のように浚われてきた人の中には、故郷の蹂躙を目の当たりにしたり、死と隣り合わせの拘束によって、料理が出来ない、料理をする気が無くなってしまった人がいる。
(もちろん、元々作れない人も含む)
その人たちのためにも料理を提供してくれ、と町長からも頼まれていたのだ。
ただし「屋敷では流石に敷居が高すぎて壁のようになっている」と彼に言われ、店舗になりそうな空き家を紹介されていたのだった。
屋敷の方が厨房施設は充実しているのに、とチヤは思っている。
まあ、戸惑う気持ちも判らないでもないが。
何件かあった物件の中、本人であるチヤ、領主代理のキャロライン、情報網を持つビフレットと自称屋敷警備員のガライで話し合い、情報を集め、ようやく街道沿いの平屋に決めた。
……キャロラインが。
本人曰く「最大効率を求めているのですわ」だそうだが、出店する方は立地を余り気にしていないようで「腹が減ってたら、立地なんて関係ないもんさ」と笑っていた。
今日は、その家屋を改めて確認するのと掃除のために、女性2人とガライが店舗予定地にやってきたのだ。
「ここに店が出来たら、多分ローレンは常連になりそうだな」
建物の前でガライが屋根を見上げながら言った。
それを聞き付けた幼馴染みが「ああ」と思い出すように声を上げる。
「先日来ていたギルド講師の方ですわね。そんなにチヤの料理を気に入っていたのですか?」
結局、ローレンには会わず仕舞いだったキャロラインは不思議そうな顔をしている。
「『おやつは別腹』って言ってたし、店が出来るって言ったら『絶対、また来ます』って宣言してたからなぁ」
「あたしは持たせた食糧を何日で食べたか気になるよ」
ガライがギルド講師の残した言葉を伝え、それを聞いたチヤが気になっている事を口に出す。
「俺の予想だと乾物以外は2日もってないんじゃないかなって思う」
「せめて3日くらいはもってほしいよ……」
「チヤの料理が美味しいからですわ。でも、なるほど。食いしん坊キャラってヤツですのね」
2人の話を聞いて、彼女の中でローレンが小太りの人の良さそうなおじさんになった。
おじさんには違いないのだが、見た目が執事見習いと余り変わらないとは知らないのだから仕方がない。
「とりあえず、外からの固定客も狙えそうですわね。立地はいいし、人が通れば、ですが」
「そこは、まあ、ゆっくりやればいいんじゃないか? 一応、俺たち身を隠しているんだし。あんまり人が来てもなぁ」
「おや、ガライ。隠れてるって自覚があったんだね」
今日、町に来ているため、うっかり忘れているのではないかとチヤは思っていた。
現在、町の人以外も人がいる。ペリュトン襲撃時の被害者たちだ。その人たちの中に、王都の手の者が混じっていないという保証はない。
よってキャロラインから「落ち着くまでは、余り町に行かないでほしい」と言われているのだ。
それが言った本人と一緒に店舗予定地に来ているので、チヤはそんな話、頭から飛んでいっちゃっているのかと思っていた。
「今日は、仕方無くです。力仕事もありますし、高いところには手が届きませんから、私たちには」
「ルドは?」
「飲み比べで負けたらしくて、畑の手伝いに駆り出されておりますわ」
あの男は結構アルコールを嗜むくせに、余り強くない。いつも最後には魔法による水芸を披露している気がする。
まあ、畑の手伝いに駆り出される程度には、町の男衆と仲良くやっているようだ。
「遠目からなら、赤い髪ってだけだからバレないだろ。覗き込まれたら、そりゃあ不味いだろうけど」
ガライが物語の『顔を隠していたら正体バレない説』を唱えた。
いや、ムリだろ、と女性2人は瞬時に思った。
ただでさえ、その赤銅色の髪の毛は目立つ。その上、頭1つ分身長が高く、一目で鍛えているという事が判る筋肉ムキムキ。
人目を引かないというのは土台無理な話だ。
更には、今は鳴りを潜めているが、雰囲気が目を引き付けて止まない。王族で在るがゆえ、いるだけで周りの空気が変わる。
まるで王者を体現しているかのようだ、と言ったのは前王陛下だったか。
「とりあえず、入りましょう。人目は避けられるなら避けた方が」
「だな。……奥様方には通じないけど」
先程からこちらをチラチラ伺っている奥様グループがいるのを視界の隅で確認している。元々、この町の住人であるグループだ。見た顔がいくつかある。
それに軽く手を振ってガライは家の入り口をくぐった。キャロラインもそれに続く。
「ちょっと、チヤさん!」
最後にいたチヤはそのグループの1人に声をかけられた。
「とうとうお店を持たれるの!?」
そして、わらわらと取り囲まれる。チヤにとって宣伝タイムに他ならない。
「そうだよ、ようやくってところさ」
「ああなったら、しばらく時間がかかるでしょう。私たちで出来るところをやっておきましょう」
キャロラインは入り口を振り返りながら、ガライに言った。
空き家になってから余り時間の経っていなかったその家は、入ってすぐのダイニング、そしてカウンターを挟んで狭いがちゃんとしたキッチン。その奥には、他の部屋へ続くドアが見える。
飲食の規模は縮小するという事だったので、多少手を入れるだけですぐに商売が始められるはずだ。
『王都にいた連中が知ったら、大挙して押し寄せるかもしれないなぁ』
ガライは王都の食堂を思い出しながら、苦笑する。
その様が容易に想像出来るくらいには、現実に起こりかねない問題なのであった。
何たって、その店は下町の裏道にあったにも関わらず、周りにはいい匂いが漂い、湯気の温かさに引かれ、何時でも客が途切れなかった人気店だったのだから。
元同僚であった騎兵団の団員たちもその多くが常連で、昼間から入り浸っていた者も出る始末だった。
休日の呼び出しがある場合は、まずそこを探せと言われたくらいだ。
そんな場所が前王弟(その当時は『前』は付いていなかったが)の庇護下に入っていたのは、騎兵団なら誰もが知っている事。
よって、王都から女店主家族がいなくなったのも理解してくれている事だろう。
……料理が食べれなくなっている事については別感情であろうが。
恨まれてなかったらいいなぁ、と芋蔓式に思う。
「『子犬のごちそう亭』、早く復活すればいいですわね」
キャロラインがカウンターに触れながら言った。
『旦那の事だよ』と名前の由来を聞いたのは何時の事だっただろうか。ラジーの事じゃなかった、と当時笑った思い出がある。
「前はみんな入り浸っていたから、あの時みたいにカオスな事にならないと思うけどな」
『ここの家の子になるー』とチヤより年上の常連が言っていたのを思い出す。
ラジーがその頭をポンポン撫でていたのが印象的だった。
「奥様たちの会議場にはなりそうですけれども」
まだ話をしているらしい外を見ながら、彼女は目を細める。
その内、美中年が混じってそうだ、と近い未来を思う。
「そういう場所も必要だろ。ついでにお茶でも飲めるようにしておけば?」
「そこはチヤさんが臨機応変にやるのではないでしょうか」
手に持った紙に要りそうな物を書いていく。ガライは屋根や壁に傷んだ所がないか目視している。
身体強化は目にも対応するので、こういう時便利だ、とキャロラインは幼馴染みを横目で伺う。
その時、どやどやと料理人+奥様方が入ってきた。
「ちょっとお茶を淹れるよ。ガライ、机が奥にあったはずだから持ってきて拭いておいてくれないかい」
「早速お客さんだな」
チヤから布巾を受け取りつつ彼は笑った。
「そうだね、一番乗りだ」
それにふふんと、それでいて嬉しそうに彼女は返した。
「では、わたくしは屋敷から助っ人とお茶請けを取ってきましょうか」
来たばかりなのに、キャロラインは屋敷に逆戻りするようだ。
「頼むよ。レイニオに聞いたら判るから」
使えるものは貴族でも使う。チヤの態度は一貫している。
まあ、掃除は奥様方が話ついでにやってくれそうなので、手間は省ける。手間賃だと思えば、屋敷までの往復なんて安いものだ。
さて、自称執事は手が空いているだろうか、と思いながら蒼い髪の令嬢は『子犬のごちそう亭』2号店予定地を一旦後にした。
そして続かない。
結局みんなで掃除したと思われます。
ローレンはフードファイターか!?とか、おばちゃんパワーを侮る事無かれ、とか思った方は、ブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。




