今日から、ただいま我が家!
ようやくお家に到着です。
「お前は強い! だからこそ弱きを助ける心の強さを持ってほしいんだ!」
プレートの町の入り口で何故か青春劇場が繰り広げられていた。
「何だこれ」
本日2度目である。
赤銅色の髪を持つ筋肉ダルマな我らが主と巨大なふわふわもこもこでも顔は凶悪なウサギが、門の脇で向き合って立っている。
見方によっては薫陶を受ける騎士、にも見えなくはない。
「あ、ジャガルドさん、キャロラインさん、無事着いたようですね」
こちらに気付いた黒髪の少年がスプリングルを伴ってこちらへやってきた。然り気無くひどい言葉を吐きながら。
「レイニオ、あれは何をやっているのです?」
それを気にせず問いかけるキャロライン。それにちらりと背後に視線を流す。
「あれは流石に町には入れないサイズのウサギとの別れを惜しんでいるところ」
「まあ、そんな気はしていましたが」
「日々精進するんだぞ、キング」
「不敬じゃないの?」
「まあ、名付けても咎められんだろ。立場的に」
「そもそもウサギに名前を付けてる事にツッこまないの?」
「何か今更な気がするな。昔、迷い犬に『カイザー』って付けてたぞ」
「ものすごく可愛らしい長毛種でした」
幼馴染み2人が過去を振り返り、黒髪の少年が「かっこいい名前だけど、名前負けしそうだ」と頷いている間に別れが済んだようだ。
ウサギが幻のように瞬き1つの間に消え、それに手を振って見送ったガライがぱたんと手を下ろした。
「カイザーはな、今でも立派に厩舎の番犬してるぞ」
「もしかして、あの犬の事……? 可愛いというより凛々しいような……」
厩舎にも出入りしていたレイニオが心当たりに思わず唸っている間にも会話は続く。
「屋敷は確か湖の方だったはずだな」
「そうです。彼等が先に行っているので、すぐ判るでしょう」
「確か書状もアイツが持っていたよな」
都市でないが為に衛兵などいない門をくぐり、町へと入る。
ちなみにその彼等は先行していたのではなく、気がついたら前を行っているはずの荷馬車が見えなくなっていたので、仕方なくそのまま先に町に入っただけの事である。
何度か町人に場所を聞きつつやってきたのは、乙女の涙に程近い、町でも一番奥にあたる場所だった。
元は白かったであろう壁は経年劣化により少し黒ずみ、青い屋根は色褪せ優しい風合いになっていたがなかなかに立派な、されど小さめの建物が、光輝く乙女の涙とそれを囲むように存在する霧のように煙る森を見守るように佇んでいた。
それもそのはず。
この建物は元々この地の領主が娘のためにと建てた別荘だったからだ。
過去形なのは、その娘は既に儚くなり何年も経っているから。
それを幼馴染み3人は知っていた。
「いいところだよな……」
湖からの風を受けながら、ガライがポツリと言った。
「ああ」
「そうですわね」
同意だけ返し、彼等はその光景を目に焼き付けた。
今日からここに住むけれど、この瞬間のこの光景はこの一瞬だけなのだから。
「今日から宜しく頼む」
数秒だっただろうか、立ち止まっていたその場でガライが頭を下げた。
それは前の住人に対してか、この家に対してか。
そして顔を上げた彼は横にいたスプリングルに合図を送る。
「シン、あそこまで競争!」
「ちょっ」
急に走り出したスプリングルに、乗っていたレイニオが慌てた声を出すが、彼等の主は笑うだけだった。
「行きましょうか、ルド」
「そうだな」
その方が生きていたのなら、この光景を見てあの鈴を転がすような声で笑っただろうか、と彼等は思っていた。
金属で出来た精緻な細工の入った門の前で立っていた男はパッと微笑んだ。
「よかった。ちゃんと来た」
「おー、ビフレット、ごめんな。ちょっと道に迷ってた」
何の悪気もなく事実だけを伝える主に、ビフレットと呼ばれた彼は「そうだろうと思っていました」と深く頷いた。
淡いウェーブかかった金髪を弛く1つにまとめ、垂れ気味の青色の目をした美中年である。
普段キャロラインの迷子癖に一番フォローを入れているのが彼なので、姿が見えなくなって即座にその可能性に行き当たったのだろう。
「そろそろ来る頃だと思って、待っていたんですよ」
そう言いつつ、道を開けるビフレット。
「管理者への挨拶は?」
馬を進ませながら、御者台からキャロラインが尋ねる。
「こちらに来てすぐに。若様達を心配していたから、後で来るそうなので顔を見せて下さいね」
先に着いた者で挨拶は済ませているようだ。それにガライが頷く。
「わかった。どんな人だった?」
「若様と気が合いそうでしたね。昔は領主邸で衛兵をしてらしたとか」
「へぇー」
そんな話をしつつ進めばあっという間に屋敷の前。
「では顔合わせより先に荷物の搬入ですわね」
キャロラインが馬を停めながら今後の予定を口にする。
「貴方達の荷物は?」
「とりあえず玄関ホールに。その方に手伝ってもらったんです。流石に1人じゃ持てませんよ」
「オレは持てる」
「俺だって持てる」
「貴方達の事は聞いていません。当然でしょう、ムキムキどもめ」
何故そこで張り合うか。ビフレットは苦笑いを浮かべた。
「アニキ、シンと馬を休ませて来るから、後で義母さんの所に行きますね」
レイニオがスプリングルから降り、馬の固定具を外しながら主たちに告げる。
「そういえば昼前か」
レイニオの「義母さん」発言に忘れていたお腹が鳴った。誰の、とは言わないが。
「チヤさんなら、昨日から火の周りを掃除していましたよ。今は何か煮込んでいましたね」
「クマか!」
王子様系美中年の扉を開けながらの発言に、ガライが嬉しそうに言う。
この道中の途中で遭遇した三つ目熊は解体された後、魔法で凍らせて運んできていた。
彼のリクエストで今頃鍋で煮込まれている事だろう。
屋敷の玄関の扉を開ける。
吹き抜けのホールは白い大理石に湖を思わせる青い絨毯が敷かれていた。そして正面に白い手すりを持つ2階に続く階段。
天井には魔法を使って灯されるのであろうシャンデリアが白昼の星のように時折きらりと光っている。
「お邪魔します!」
そうガライが言うと、
「それもどうなんだ」
「今日からここに住むのでしょう?」
幼馴染み二人からツッコミが入る。それにンーと考えた彼はそれじゃあ、と言い直す。
「ただいま、かな」
「では、私が。……お帰りなさいませ」
ビフレットがピシリと礼をする。
「何か、気恥ずかしいな。余り面と向かって言われた事ないからさ」
それにガライが頭を掻きながらはにかむ。
「その内慣れるでしょう」
キャロラインがその様子に微笑んだ。
「アニキ」
そんな会話をする一同に幼い声がかかる。
そちらを見ると一階の通路に続くであろう扉からウサミミが覗いていた。ふんわりとした茶色い髪がフードからこぼれ落ちる。
仲間達の最年少のラジーだ。
こちらが気が付いたのが判ったのか、とたとたと小走りで近付いてガライの足にしがみついた。
「おかえり」
「ただいま、ラジー。ちゃんとチヤの手伝いしていたか?」
「してた」
脇に手を入れ軽々持ち上げると、ガライは子供を腕に乗せる。
「探検はした?」
「レイニオ、来てからって」
「そうか。なら先にチヤのところに行こうか。腹が減っては探索も出来ないってな」
「誰の言葉だ、おい」
「お・れ。ラジー、案内ヨロシクなー」
ジャガルドの追求もあっさりかわし、ラジーが出てきた通路へ歩いていく。
「ビフレットはどうします?」
キャロラインが自称執事に聞く。
「私は小物だけでも荷下ろししておくよ。顔を見に来ただけだし」
彼は肩を竦めて言う。
「わかりました。来客があれば知らせて下さい」
「了解だよ、お姫様」
「誰が姫か」
そうとだけ言い残し、キャロラインもガライ達の後を追った。
引っ越しした時の挨拶って、どっち何でしょうね、ホント。
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