走っていたら、こうなるって判る訳がない
ようやく本編です。(引っ越し先に着く意味で)
なかなか目的地に着いてくれないのは、彼らの性質です。
それは最初の予定より大幅に遅れてやってきた。
「人間、何でも出来るものさ。魔法なんかなくったって。筋肉があれば大抵解決する!」
プレートという町は町というには味気なく、村というには華やかなそんな町だ。
一通りの商店は揃っているものの、冒険者ギルドと呼ばれる魔物の専門家たちの拠点は数個先の町にしかない。
大きな特徴として、乙女の涙と称される湖と更に奥に広がる木の葉が霧のように森の全景を隠すという葉霧の森が町を覆うように存在するという事か。
自然豊かと言ってしまえばそれまでだが、何もない田舎というイメージが付き纏う。
その町へと続く街道と呼ぶには烏滸がましい道の端には、特産のリューシ(芋の一種)の畑が点在し、今の時期には薄い黄色の花が咲き誇っている。
それを芋のためにせっせと家族総出で摘んでいく農家。
そんな彼らに道から声をかける一行があった。
「作業中、すまん。この先はプレートの町で合っているか!?」
そちらを見ると見慣れない手を振る茶色い髪の男と一台の荷馬車が停まっていた。
少し距離があるため、どうしても声が大きくなる。
「そうだ!迷ったりせんだろう。一本道なんだから!」
一家の大黒柱がそれに答えるように叫ぶ。
それにちらりと顔を御者席に向けた男はすぐに「ありがとう!」と返し、また道を進み始めた。
それを見送りながら、農家の妻が話しかけてくる。
「ありゃあ商人さんじゃないわねぇ。引っ越しかね?」
先程の青年を思い返しながら、手拭いで汗を拭く。
「あんな若いもんがか? 訳ありでもない限りねぇだろ」
その集団がかなりの訳ありで目立つ集団だという事を彼らはまだ知らなかった。
「ほら、やっぱり一本道だったじゃねぇか。何でこんな所で迷えるんだよ?」
鼻で笑いながら茶髪の男は御者席の女性に声を掛けた。肩には得物であろう穂先がカバーで覆われた槍を持ち、辺りを警戒しているため、さながら用心棒にも見える。
「太陽の位置が見えなかったからでしょうね」
そんな彼にしれっと自分の所業を棚に上げて平然とそう返すのは、眼鏡をかけた知的な女性だった。彼女の瑠璃色の髪がさらに青く、ついでに眼鏡も輝いている。
「お前、いつでも太陽で方角が解ると思うなよ……」
そう彼らは迷ってようやくここに辿り着いたのだ。
敗因は彼女に先頭を任せた事だろう。
街道と生活道路を間違う事2度。
獣道に入った事1度。
未遂は4度。
実は馬の方が賢いのではないか、と思ったのは男だけでは無いはずだ。実際はただの方向音痴なだけだが。
そしてその影響として、昨日の昼頃に着く予定だったものが野宿1回挟むことになった、といえばどれ程のものか判ってくれるだろうか。
それでも彼らがギスギスしていないのは単に彼らの主人が「キャロが楽しそうだし、俺も楽しいから別にいいや。時間も気にしなくていいし」と宣ったためだった。
彼女、キャロラインの状態を楽しそうと称するのはどうかと思ったが。
ちなみに何故御者を交代しなかったかというと、彼女は荷台にいるとつい書類や本を読みだし、見事に乗り物酔いになるからだ。
その回数3回。
仲間たちからストップがかかった。
「それで、あの人は何処にいますか?」
その言い合いは耳にタコラだと言いたげに彼女は話を変えた。
「あー、その辺にいるんじゃねぇ? レイニオ付いていっているし、呼べば来るだろ」
その時、道の反対側の斜面からバッと進路上に飛び出てくる大きな物体が。
馬車より少し小さいくらいのそれにライトブラウン色の髪の男、ジャガルドは思わず肩に掛けていた得物を手に持つ。
しかし、その正体を見止めた瞬間、2人は「は!?」と口を揃えて溢していた。
それは巨大なふわふわもこもこのウサギであった。
ただし、その人相(人ではないが)がただ者ではない。
片目に走る刀傷に、あり得ない程鋭い目付き。眉間に皺を寄せている様はどうみてもカタギではない。
それが目の前に土煙を上げて止まったのだ。
「何だこれ」
そう言ってしまっても仕方がないだろう。
「アンゴラスウサギ……でしょうか」
普通に返しているが、キャロラインも内心大パニックである。
アンゴラスウサギは珍獣と呼ばれる程、姿を見るのが稀な生物だ。まず生体数が少ない。
現在確認されているのも数十羽といわれている。そして特筆すべきはその逃げ足の速さだ。
見かけた次の瞬間には消えているほどの瞬発力があり、見かけても幻か何かだと最初は思われていたらしい。
それくらい臆病な生物なはずなのに、何だろうか、目の前の生物は。
こちらにガンまで飛ばしてきている。
「お、いたいた」
その上からのんびりした声が届いた。
それは先程話をしていた人物の声。顔を上げると手を振る赤銅色の頭がふんわりした真っ白な毛の間から見えた。
「ガライ、何してんだ、お前」
茶髪の男が思わずツッコミを入れた。それに朗らかに笑うガライと呼ばれた男。
「それがさ、俺、走っていただろ?」
語り口がおかしいのはいつもの事だ。
数日に渡る馬車旅に飽きた彼は「体が鈍る。走る」と言い出し、畑と反対側に広がる丘陵地を走っていたのだから。
「その時、コイツがさ、凄い勢いで俺達を追い抜かして行った訳だ。思わず追いかけたね!」
いや、普通、追いかけないだろ、と聞いていた方は思った。
「いやぁ、久々に全力出して、レイニオにも手伝ってもらったぞ。何とか追い付いて」
追い付いたのか。それも心の中に留めておく。
「そうしたら、コイツが俺に向かって突進してきたから、抱き止めて」
抱き止めたのか、とその抱き止められた凶悪顔を見ると「ヤんのか、あぁん!?」という視線をもらった。
「で」
「地面に転がして、ガンを飛ばしあったと思ったら、耳をひっ掴み馬乗り状態のまま、ここまで乗ってきたってトコ」
ガライの話を引き取ったのは、ウサギの後ろからやってきたスプリングルという移動用の二足歩行のトカゲに乗った黒髪の少年、レイニオだった。
「いやー、凄かった。アニキでも地面に足の溝が出来ていたもんなぁ。転がした時、地面揺れたし」
「そうだろ。コイツ、スッゲー強いんだぞ」
そのスッゲー強いヤツを転がしておいて何を言っているのか。
ジャガルドとキャロラインは遠い目をしている。何だかいろいろありすぎて、コメントに困る。
あと、ウサギは何故にそんなに自慢気なのか。
「乗せて行ってくれるらしい雰囲気出してたから、町まで乗せていってもらうなー」
そう言って頭をぽふぽふと叩くと、ウサギはあっという間に消えてなくなった。
「ちょ、アニキー!」
スプリングルに乗った少年は、ウサギが走っていったであろう町の方向に慌てて向き直り、その後を追いかけていった。
「……何だか予想外なんだが」
「予想できていたのなら、占い師にでも転職を薦めます。きっと大人気でしょうね」
もう何だか予想外すぎて、逆に冷静になった2人。
彼等の幼馴染みは今日も絶好調なのであった。
「とりあえず、もうすぐ着くようだから急ぐぞ」
ジャガルドはそう言うと荷台に乗り込み、キャロラインは馬に進むよう手綱を振るう。
目指すプレートの町まで後十数分。
当たり前だが、迷わなければ。
普通の引っ越しとは一体……。
クマの次はウサギかー、と思った貴方。
まだクマのターンは終わっていないのです……!
結局町に着いてないじゃん!とか、ウサギに乗ったアニキ、なにそれ萌えると思った方は、評価やいいね!をポチッとお願いします。