かごいっぱいのベリリの実の価値は
クマを担いで、町までやってきた一行。
ジャガルドは守衛にビビられ済みです。(クマで彼が見えなかった疑惑)
これでようやく前振り部分が終わります。
町の入り口に荷馬車が着いた時、ジャガルドとレイニオ、スプリングルのシンは入り口で熊を傍らに待ちぼうけをしていた。
「いやー、すまん、ルド」
荷馬車を降りて早々、赤銅色の髪の青年は先に来ていた青年に片手を上げた。
「すまん、じゃねぇ! デカイ熊を放り投げるヤツが何処にいる!」
ジャガルドが怒鳴る。当たり前である。
「キャロラインさん、今、ギルド待ちしています」
じゃれつき出したデカイの2人を尻目に、黒髪の少年が御者台に向けて現状報告。
ビフレットの手を借りて荷台から降りたパティが見たのは、倒れた熊の横で手を組み合って力比べしている、茶色いのと赤いの。それをオロオロと見ている二足歩行のトカゲ。熊をツンツンしているウサミミとそれを見守る黒いの、という何だか判らない状況だった。
「ほら、あんた達、お止め。町の人に迷惑だよ!」
後ろから付いてきていた、もう1台の荷馬車からチヤが怒鳴る。
それに皆して「はーい」と返事。
すぐに町の入り口へと向き直った。
そこにはこの町の冒険者ギルドの長であろう立派な体躯の老人、鑑定士であろう中年の男性、自警団の方々が姿を見せたところで、クマに気が付くと、ぎょっと目を見開いている。
「すみません、討伐証明部位というものが判らなかったので、そのまま持ってきたのですが」
キャロラインが代表して彼らに話しかけた。
その声に一瞬ビクッとした彼らであったが、すぐに持ち直す。
「コイツを倒したのは貴方達ですか?」
自警団の代表だろう年嵩の男が尋ねてきた。
「ええ。正確にはそこの3人です」
「とりあえず、解体していいかい? 肉がほしいんだ」
チヤが話に割って入る。それに体格のいい2人が「流石、チヤ。わかってるー」とはしゃぐ。
やはりクマを食べる気満々である。
「討伐証明部位は爪になる。クマの手はいるだろうから、そこだけ取ってもらえばいい」
苦笑気味にそう言ったのは、冒険者ギルドの老人だった。
早速その場で処理し始めるチヤ。彼女は料理人であるがため、先程から血抜きが気になっていたのであろう。
「それにしても、三つ目熊をこの人数で倒すとは、余程腕の立つ方々なのでしょう」
確かに見た目強そうな男2人がいるため、嘘だとは思われないようだ。鑑定士が解体されるクマの様を見ながら感嘆を漏らす。
本来なら、複数グループで倒すような魔物。それを無傷でしかも少人数で倒すなどと、余程腕に自信がないと出来ない。
「おや、君、知らないのかね?」
老人がその男性に意外そうに言う。
「そちらの御仁は、『鉄砲水』殿じゃよ」
そこの御仁……ガライの横にいたジャガルドが「俺?」と自分を指差した。
ざわりと自警団の中からざわめきが起こる。
「『鉄砲水』とは、あの王都騎士団の若くして隊長に命じられたというあの方ですか!?」
数年前、騎士団の遠征の最中に突如大規模な魔物の出現が確認された。
余りにも距離が近すぎたため、接敵はあっという間。
備える間もなく乱戦が予想されたが、それに対し誰もがなす術がなかった。
そんな中、1人の騎士が魔物達に立ち塞がる。
騎士になったばかりの年若い男だったが、巧みな槍捌きと強力な水魔法で、魔物を押し返したという。
その様は正しく、鉄砲水にあったかの様だったと他の騎士達は証言している。
「そんなやつ、しらないなー」
視線を逸らしつつ、茶髪の男が答える。
「やーい、水鉄砲ー」
「だから貴方はいつもやりすぎなのです」
親友達が各々コメントを言う。
彼がその呼び名を嫌っている事を知っているのだ。
「ま、もしそうだとしても、こんな所にいるのはおかしいと思いませんか?」
パティを連れたビフレットが話に加わる。話が変な方向に流れていたため、軌道修正をするためだ。
「その方は王都にいるはずですよね。隊長さんですからねぇ」
穏やかに微笑んでいるが、有無を言わさない言葉。
あまりこんな場所で身分を明らかにされたくはない。芋蔓式に彼らの身分もばれてしまうからだ。
ビフレットの言葉にキャロラインが追随する。
「もし、その騎士様だとしても、部下も率いずこの場にいるとしたら、それは極秘任務ですわね」
チラッとガライを見て、溜め息をつく。
見慣れている自分からしても、どう見ても謎な集団だと思う。
大男2人に優男1人。女2人に子供2人。絶対に騎士団の部下には見られないだろう。
「……そうじゃな、私の勘違いかもしれんなぁ」
何かを察したギルドの長は、頭を掻きつつ白旗を上げた。
彼が『鉄砲水』なのは間違いない。王都で何度か見た事がある。
しかし、そうなると隣にいるのは……。
こんな所にいていい人物ではない。
その時、チヤの「出来たよ」の言葉が飛んだ。
その言葉に緊張が緩和された気がして、パティは何故かほっとした。
「早すぎないか!?」
と口々に感想を漏らす、町の面々。しかし、仲間達は当たり前の事としてそちらにわらわらと集まる。
「チヤー、クマって、やっぱり煮込み?」
「そうさねぇ。臭みが出ないようにしないと食べづらいからさ」
そんな話をしているガライとチヤの横で、ラジーがクマの残骸に向けて火魔法を放っている。流石に町の入り口にそんなもの放置しておくわけにはいかない。
ラジーの炎はそれをいとも容易く少量の灰に変えていく。スピードはさる事ながら、温度も高い事が判る。
そんなラジーの頭をレイニオがよしよしと撫でている。
「ほら、パティ嬢。お家までお帰り。それともエスコートが必要かい?」
そろそろ仲間達が動くと感じたのか、ビフレットは優しくパティに声をかけた。
そこで、ようやく自警団の人も気が付いたのか、彼女に驚く。
……回りが濃すぎるせいだと思う。
「あんたは雑貨屋のバンズさんとこの子じゃないか」
「奥さんが顔面蒼白にして心配していたぞ。「うちの子が森に行っているんです!」ってな」
「この人たちに助けてもらったんです」
パティは端的に事情を説明した。
「そうかい。三つ目熊に遭って無事でいられたって、すごい事だぞ」
「そうだ。運がよかったんだな」
三つ目熊の恐ろしさを知る大人達が口々に言う。
そんな事は判っている。
実際遭ってしまった恐怖も、助かる事が出来た奇跡も。
それを判ったかのように……!
「パティ、ちょっといいか?」
そんな中、ガライがこちらにやってきた。
「さっきのベリリの実1個……いや、2個売ってもらえないか?」
そう言って指差したのは、結局、あの時しか放さなかった採集用の籠だ。
「そんなに採れるなんて、運がよかったんだな!」
彼女が朝に感じたものと同じ事を彼は口にした。
それだけで何だかすっと気分が軽くなる。
「いいですよ、どうぞ」
返事をすると、ガライは無造作に籠からベリリの実を取り出した。
「ありがとよ。ラジー、これ、ご褒美な。レイニオも本当は好きなんだろぉ?」
「何で知ってるんですか、アニキ!?」
素直にお礼を言ったウサミミフードの子供と叫ぶ黒髪の少年。
「チヤに教えてもらった。食べている時、少し口角が上がっているって。あ、ラジーはこっちに乗ってくれな。レイニオも」
そう答えながらも、ラジーの体を持ち上げて、スプリングルの背中にぽんっと乗せた。
さっそく食べ始めたラジーの後ろにレイニオが乗ったのを確認して、ガライは再びパティに向き直る。
そして、
「これは、代金だ」
ぎゅっと手に何か固いものを握らせられる。
それを確認する前にガライが声を上げる。
「撤収だ!!」
そうして脱兎の勢いで走り出した。
続く仲間達。
町の人々は、急に動き出した彼らをポカーンと見送る事しか出来ない。
「今度会ったら、何かまけてくれ!」
手を振って去っていく背中。
いつの間にか荷馬車に乗り込んでいた美中年もヒラヒラと手を振っている。
少女は呆然と握らされた手を開く。
そこには、三つ目熊の爪。
討伐証明部位である。
思わずから笑いが込み上げてくる。
お代が多すぎますよ、お客さん。
雑貨屋の娘であると、先程の会話から聞き取ったのだろう。
もうこれはサービスするしかない。
そう決意した彼女に声がかけられる。
「まあ、あの方達だと不要な物だからのぅ」
何かを悟ったようなギルド長である。
「あの、不要って?」
パティは厳つい老人に聞き返した。
「ん?」とギルド長は少女に顔を向ける。そして、何と言っていいものか、と顎を擦る。
「そうじゃな、そのままは口に出来んがヒントじゃ。カールレーという家名は我が国の王族のみに使用される。そして現国王には歳の近い叔父さんがおるのじゃ」
『俺はガライ=カールレー。ご覧の通り、走っていた』
そうだ、思い出した。聞き覚えがあるはずだ。
この国のロイヤルファミリーの名前ではないか!
あまりにもサラッと言われたため、違和感が余りなかった。
「前王の弟様……」
もう大分小さくなった荷馬車を眺めながら、パティはそっと呟いた。
さてさて、熊の残り部位も捌けたし、そろそろ追いかけようか。
おや、パティ嬢、どうされました?
うん、拙者?
拙者はただの報告係でござる。
誰に報告するのかは言えないが、若様の日々の活動を記録しているでござる。
今回はまさか目的地まで走っていくとは露とも思わず、しかもクマを放り投げるとは、いやはや見てて飽きない御仁ですなぁ。
意識まで飛びそうになったでござる。
はっはっはっ。
あぁ、お礼を言っておいてほしい?
承ったでござる。
それでは、これにて御免。