クマの爪の一撃が時を越えて襲い来る、ような
ターリックの町の雑貨屋へ突撃します。
『バンズの雑貨屋』は職人通りの端っこに建っている。
日用品、食器、家具、乾物、魔道具。雑貨屋の名に恥じない品揃え。しかし店内は扱う商品とは違い綺麗に整頓され、雑多な印象は受けない。
そんな店内に1ヶ所だけ他の棚とは違った雰囲気の場所がある。
商品棚をフリースペースとして開放している一角である。
そこには、各職人の工房で作られたものの工房内が狭くて置けないだとか技術のアピールのために商品が持ち込まれ利用されている。それ故、店主であるバンズは各工房と連携し、この職人通りのコンシェルジュのような役割を担っているのだ。
彼自身も後ろに撫で付けた髪と商人らしく人に不快を与えない笑顔、ぴしりと皺のないシャツを着こなす様は正しくコンシェルジュのようであった。
そんな彼の店には町の人だけではなく町の外からきた客も足を運ぶ。冒険者しかり行商人しかり。
しかし、本日はそのどれにも当たらない客が来たようである。
「バンズのおっちゃん!」
入り口の扉に付けてあるベルがカラコロと鳴るのと同時に子供の声がした。
聞き覚えのある声に扉の方を見ると、扉を押さえた老年の男性とこちらに近付く少年の姿。
3つ向こうの町に住むレスさんとそこの雑貨屋の息子ランツくんだ。
「こんにちはー!」
「邪魔するぞ」
それぞれの挨拶を聞きなから「いらっしゃい」と返し、今日は不定期にある買い出しの日だったのか、と瞬時に思った。それと同時に彼の両親が一緒で無いようだという事も。
彼の両親とは親戚にあたる。
同じ店を構える者として、情報共有や商品の融通などお互いに行っている。それが無いようだというと、遊びに来たのだろうか。いや、おつかいという事もありうる。
親戚の子を見ながらの考えは、しかし次の瞬間、断ち切られた。
「失礼致しますわ」
開けたままの扉から涼やかな声。
そして入ってきたのは蒼い髪にメガネをかけた貴族令嬢だった。
彼女が貴族と名乗ったわけではない。しかし、周りの雰囲気が明らかに違う。令嬢にあるまじき肩までの長さしかない髪もメガネの奥の夕陽色の瞳も彼女に怜悧な印象を与えている。
「うわぁ、キャロがやる気だ」
「町で空振った分、気合い入ってんだろ。さっきまでヘロヘロだったとは思えんな」
「気合いって何に入ってんだよ? 値段交渉か?」
彼女の後ろからこそこそとした小声が聞こえたが気にする余裕はなかった。
「な、何かご入り用でしょうか……?」
恐る恐る定型文を口にする。
「ここに執務室に合うような机はあるかしら」
副音声で『無かったら泣かす』と聞こえそうな声が、小首を傾げながら放たれた。
もう『執務室に置く=執務をする必要がある』という事を隠してもいない彼女は、実際のところ幼馴染みたちの言う通りであり、さらに馬車酔いまでしたという事で、何か針が振り切れているらしい。無駄にテンションが高い。
「こんなに工房があるのですから、あるに決まってますわよね?」
つまり、普通の言葉に直すと「こんなに店があるんだから、執務机くらい売ってるわよね?売っててよー」としばらく馬車旅はしたくない一心の言葉なのだが、聞いている店主はその令嬢の雰囲気に飲み込まれてしまっていて、一言で言ってしまえば話にならなかった。
それに溜め息をついて、彼女の肩に手を置く存在。
「キャロ、感情が隠せてないぞー。ほら、ひっひっふー」
「それは陣痛の時の呼吸法でしょう。何故知っているのですか……。……そうですわね。テンションが上がっていましたわ」
その手の持ち主である赤銅色の髪を持つ偉丈夫が言葉をかけると、彼女は少し目を閉じて、呼吸を数度。もう一度、バンズを見た。
けれども次の言葉は彼女の口からではなく、親戚の子供からだった。
「おっちゃん、パティねーちゃんいないの? 後、このねーちゃん机探しているんだけど、良いの無い?」
何だか、ようやく普通の言葉が聞けた気がした。
「はぁ、申し訳ありませんでした。いろいろ威圧的になっていましたわ」
目の前のご令嬢も素直に謝罪の言葉を言う。
「いえいえいえ、こちらも申し訳ありません。緊張してしまいました。机ですね! 大きいものですと倉庫もしくは工房にご足労願う事になりますが」
「別に構いませんわ」
バンズは客への態度を謝罪し、商品の案内を行う。それに令嬢は鷹揚に頷いた。
不敬に問われない事に安堵しつつ、視線を下に下げ親戚の子の質問に答える。
「ランツくん、久しぶりだね。今日はこの人たちと来たのか。パティは今、おつかいに行っているよ」
「だってさ、にーちゃん」
そう言ってランツくんは後ろを見上げる。
「会えないのは残念だけど、元気にしてるなら、よかった。それに無事にベリリの実も食べられたみたいだし」
そう言って偉丈夫が視線を投げ掛けたのは、商品棚に置いてあったベリリのジャムが入った小瓶。
娘が数日前、森でカゴ一杯に採ってきたもので作ったものだった。
流石に多すぎたので、こうして一部商品になっている。
でも、それを知っているってどういう事だろう。
客の顔は大体覚えているが、こんな特徴的な人物を見た覚えが無い。つまり初来店のはずなのに娘の事を知っていて、かつ、ベリリの実の事も知っている。
「じゃ、とりあえず、俺たちは行くわ。キャロ、机は任せるからな」
そんなバンズの考えを無視するかのように、用事がなくなった男たちは店を出ようと令嬢に声をかけた。
「判りました。しっかり選ばせてもらいますわ!」
テンションは落ち着いたようだが、やる気は満ちている。そんな声を出す令嬢がそれに了承の意を示す。
「ランツもこのねーちゃん見ておいてくれな。たまに暴走するから」
「わかった!」
何が判ったのか。
その偉丈夫にサムズアップを送る子供を呆然と店主は見ていた。
この人たちは貴族ではないのだろうか。
そして再びカラコロとドアベルを鳴らしながら扉を出ていくマッチョメン3人。それだけで店が少し広くなった気がした。
「それでは、案内頼めますか?」
同行者を見送った令嬢の言葉に「ご案内します」と返し、まずは倉庫の商品だろうかと考えて、倉庫のある中庭に案内しようと足を踏み出そうとした時だった。
たった今閉まった扉から聞き慣れた声が驚いたような大きさで届いた。
「あー!でん」
「おぅと、ここでそれは不味いかなーっ!」
「伝書鳩が飛んでるな……」
「うっわ、下手!」
「うるせぇ」
明らかに娘の声だった。
娘よ、もしかして『殿下』って言おうとしていなかったか?『デンデンコウリュウトゲトゲトゲナシトカゲ』とかじゃないよな??
「パティ……、来ちゃった!」
「ちょ、ぉーと待って下さい。あれですか?うちに買い物ですか?」
言い澱む少し照れの混じった声に、普段大きな声など出さないはずの娘が動揺を隠せない声で追随する。
「うん。俺たちは冒険者ギルドに行くけど、中にお姉さんいるから。……ええっと、良きに計らえ?」
「お前が言うと洒落にならねぇ」
扉が騒がしく開いた。
「パティ!」
ドアベルがまだ鳴り止まない中、バンズは乱暴に扉を開けた娘に思わず名前を呼んだが、当の本人はそれどころではない顔をしていた。
後ろで暢気に手を振っている男とのギャップが激しい。
「お父さん!爪の人!!」
固有名詞しかない言葉に、はて?爪の人?とバンズは一瞬何の事か判らなかった。
爪、ツメ、というと、数日前、先程のジャムの元になったベリリの実を娘が森に取りに行った。その際、襲われたという三つ目熊のものの事だろうか。
そしてそれを助けてもらった人からタダ同然で(ベリリの実は珍しいがそこまで高いものじゃない)譲り受けたという。
「私の命の恩人!!」
興奮している娘の声。
つまりは『森の殺し屋』と言われている三つ目熊を信じられない事に投げ飛ばしたという人たちの事であろうか。
何だか思考能力の落ちている店主がゆっくり令嬢を見ると、にっこり微笑んだ。
そして、ゆっくりと開かれる桜色の唇。
「良きに計らえ、ですわ」
「うわぁ……、ぐだぐだっていうんだよね、こういうのって」
黙って成り行きを見守っていた唯一部外者ランツくんの一言が、自分たちの状況を如実に表していた。
実は店に行く前に前回言っていた通り、キャロラインが果実水を飲んでいます。キャロラインはジャガルドと、ガライはランツくん、ステンとその間に話し合いをしていました。
その時の内容は、小出しにして今後出てきます。
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