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前王弟殿下のかれいなる隠遁生活(スローライフ)【本編完結】  作者: 羽生 しゅん
前王弟は引っ越し中:長距離走は腸腰筋が重要
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他から見るとクマを追いかける一団

この人たち、クマクマ言い過ぎである。

そして、また走っている。



 「ええっと、助けてくれて有り難うございます」


 ようやく落ち着いたのか、少女が謝礼を口にしたのは森から出てすぐの事だった。

深々と頭を下げる彼女に、青年は頭を掻く。


「あー、礼ならガライに言ってくれ。熊を追いかけて行った奴な」

「くまぁ!?」


青年の言葉に黒髪の少年は声を上げた。


「アニキ、投げ飛ばした」


その少年に手を牽かれている子供が、熊の顛末を2言で言い表した。我が事のように胸を張っている。


「流石、アニキ!」


それに目を輝かせる少年。


「ここを通りかかった時にガライの奴が急にラジーを渡してきて、スピード上げて道を逸れていくから何事かと思ったぞ」


青年の話によると、この場所を通りかかった時に悲鳴が聞こえたそうな。


よく聞こえたな、と思う少女。それと同時に幸運だったと思う。


三つ目熊 (サザングリズリー)に見つかった瞬間は本当に生きた心地がしなかった。

それ程、あの熊はこの周辺では危険視されている。それと同時に遭遇する確率はごく稀であるとされている。発生する件数がこの森では数えるほどしかないからだ。



 「どうしたのです?こんな所で止まって」


 先程から荷馬車が近付いて来ている音がしていたが、その荷馬車がすぐ側で止まり、御者台から女の人が声をかけてきた。


深い海を思わせるような瑠璃色の髪を肩口で切り揃え、眼鏡をかけたその人は見た目、きつい印象を与える。


「ちょっといつもの『人助け』、だ」


青年が答えると、女性は「ああ、何時ものですか」と納得したように頷く。それで通じるとはいつも何をやっているのだろうか。


そこに「おーい、持ってきたぞー」と熊に押し潰され……、いや担いだ例の男が戻ってきた。

熊が歩いているように見えなくもない。


その横には二足歩行のトカゲ。

馬と並び、移動用に使われるスプリングルという生物だ。熊に付き従うように歩いてくる。


そして男は、荷馬車の近くまで来ると、ズドンと音を立ててそれを降ろす。


「熊……ですか」


眼鏡の位置を触りながら、蒼髪の女性は呆れたような声を出した。


「ガライ、一応確認ですが、怪我は?」

「全くないな」


その問いに肩をグルグル回しながら返す、赤銅色の髪の男。


「あのぅ」

ここでようやく少女が声をかけた。


「私、あっちの町に住むパティと言います。貴方方は冒険者様ですか?」


冒険者とはこの大陸において、魔物全般を取り扱い調査や討伐を行う機関、冒険者ギルドに所属する者を指す。


「んー、この中で資格持ってる奴、手を挙げて」


と、男が声をかけると、黒髪の少年が手を挙げたのみだった。


義母(かあ)さんの材料取りに行くのに必要で」

「ん」


ウサミミフードの子供が大きく肯定する。

それを見て、赤銅色の髪の男が少女パティに向き直る。


「と、いう事で俺達は大体冒険者じゃないな。俺はガライ=カールレー。ご覧の通り、走っていた」


よろしく、と挨拶された。

あんなに強いのに、とパティは顔をまじまじと見ながら思う。


「説明が足りていません、ガライ」


御者台から降りてきた女性が口を挟む。


「詳細として、引っ越しのために2つ先の町まで行くのに、3つ前の町から走っていた、です。ちなみにわたくしはキャロライン=ポルタと申します」


どうぞよしなに、という彼女の言葉に少女は固まった。


3つ前というと、半日以上掛かる距離のはずだ。それを走って……!?


「オレも走っているぞ。ジャガルド=ロガシーだ」


少女の様子をまたニヤニヤ見ながら声をかけたのは、ライトブラウンの髪の男だった。


「どっちが早いか証人なってくれなんて言って、こっちまで巻き込まないでほしいですね。僕はレイニオです。こっちはラジー」


肩をすくめて言う黒髪の少年にウサミミフードの子供が手を挙げる。そういえばラジーはジャガルドに肩車されていた。あれは証人として同行していたのだろうか?


それと、『カールレー』という家名に何だか聞き覚えがあるような、と少女は内心首を傾げた。


もちろん、知り合いではない。

少女でも聞き覚えがある名前という事は、有名な家なのだろうと考える。家名があるという事は、彼らは高貴な身分であるというのは判るのだが、そんな人たちの名前を知っているとは少女自身思っていない。


改めて彼らを見ると、服装といい雰囲気といい、どことなく気品があるようにも感じる。

……ただ、町3つ分は走ってきちゃう人達ではあるが。


そこに、


「おおーい、皆止まっちゃって、どうしたんだい?」


後方の走ってきた新たな荷馬車から、また声がかかった。

言葉の感じから彼らの仲間であろう事が察せられる年配の女性だ。茶色い髪を一つにくくり、その額にはキズがついているのが判る。


目を丸くしているところを見るに、こんな場所で止まっている事態に驚いているようだ。

走っていた面子を考えると、その反応が正しいようにも思える。


「チヤ、いいところに」


ガライが手を振る。チヤと呼ばれた女性は荷馬車を寄せて、それに気が付く。


「おや、熊かい。しかも三つ目熊 (サザングリズリー)!」

「熊ってさ、コータンパックでテーシーツなんだろ!?」

「高タンパク、低脂質ですね」


ガライの言葉にキャロラインがすかさず訂正を入れる。


「食べる気かよ!? 人間食ってないか?」


ジャガルドが追いかけるようにツッコミを入れる。ただし、熊を食べる事は拒否していない。


「町から聞こえた限りじゃあ、今日の朝出現したみたいですよ。討伐隊が組まれようとしています」


レイニオが何ともなさそうに言っているが、寄ってもいない町からの情報を明かす。


「レイニオ、地獄耳」


ラジーがじっと隣の黒髪の少年を見る。


「ラジーは知ってるだろ、風の魔法!」


そういうのは得意だから、と彼は言った。

その言葉が少女には気になったのだが、


「はいはい、レイニオはすごいねー」


というチヤの棒読みのセリフに霧散した。

ついでとばかりに彼の頭をワシワシと乱暴に撫でる。


「ちょ、義母さん! 止めて下さい!!」

「ともかく、こいつを持って町まで行こうか」


「チヤさん……、待って、くださーい」


さて移動、といったところで、荷馬車の後ろから、かなり呼吸が苦しそうな声が。


そちらを見ると、荷馬車に手をつき、息も絶え絶えのやけにキラキラしい男性がいた。

ウェーブのかかった金髪を弛くまとめ、少しタレ目の青い目が印象的なやけに整った顔の人である。

おとぎ話に出てくる王子様の10年後、といった美男子である。


ん?王子様?

パティはまた引っ掛かりを覚えた。


「ビフレット、どうしたんだ!?敵襲か!?」


また熊を担ぎ直したガライが、声をかける。

その心配の仕方はおかしい。


しかも熊を持ったままだから、


「ぎゃー!く、くまー!!」


阿鼻叫喚である。


「若様たちが走っているから走れって、馬車から蹴り出したの、すっかり忘れていたよ……」


何気に酷いチヤの呟きに一同、生温い目を彼に向けた。


「とにかく、埒が明きません。ビフレットは私の馬車に。総員、町まで競争です!」


とうとう、眼鏡を光らせたキャロラインが、ビシッと町の方向を指す。


「そっち、森の方だぞ?」


ジャガルドの呟きは全員に無視された。

今更過ぎて誰もツッこまないようだ。


 レイニオと熊を背負ったガライはすでに走り出している。やれやれと茶髪の青年もスプリングルを伴って走り出した。


「パティ、でしたわね。貴方もこちらの馬車にお乗りなさい。町までお連れいたしますわ」


すでに乗り込んだビフレットに手を差し出され、どぎまぎしながらその手を取る。

そしてその荷馬車に引っ張り上げてもらった。






 荷馬車の中には、家財道具や身の回りのものが沢山置かれているのが見てとれた。

先程、ちらりと言っていた引っ越し途中というのは本当らしい。


「全く、酷い目にあったよ」


金髪の美中年は、荷物の水袋からコップに水を移し、ゴクゴクと飲んだ。

その行為だけでも色香が滲み出ている。


「若様たちとは体の作りが違うというのに」

「ようやく包囲網を抜けられたのです。多少の解放感は仕方ないでしょう」


御者台の女性がやれやれといった声色で返す。


「あれ、誰の仕業かな?」

「王都からの連絡待ちになりそうですね」


不穏な会話をしている彼ら。

それを胡乱気な表情で見ている少女。


それに気がついたのは、金髪の男性の方だった。


「ああ、ごめんね、かわいいレディ。自己紹介もまだだったね。私はビフレット=ローストン。ただの執事だよ」


そう言って、ウインク一つ。

御者台の方からは、「だから勘違いされるんですよ」との声が漏れ聞こえた。


「私はパティです。王都から来られたんですか?」


名乗られたからには、少女も名乗り返す。

「名前までかわいいね」と微笑む自称ただの執事。


「そうだよ。みんな、若様についてきたんだ。余りにも心配で」

「彼は無駄に筋力と金力と権力がありますからね」


やんごとない身分のお方なんだよ、とビフレットは笑う。その笑顔すら眩しい。


「そのやんごとない身分の方が、何故か逆走してこちらに来ておりますが」


蒼い髪の女性が言った瞬間、荷馬車が一瞬後ろに引かれる。そしてドスンと重い音を立てて何かが馬車の中に入り込んできた。


「いやー、すまん。すっかり忘れていた」


ガライだった。

肩口からひょっこりとラジーも顔を出す。


さっきの衝撃か、ウサミミフードが取れ、中から可愛らしい犬耳が。

……何故ウサミミフード被っているのだろうか?


「若様!……熊はどうしたのです?」


そそくさとウサミミフードを被り直す子供を見守りながら、ビフレットが声をかける。


「熊は、ルドに渡してきた」

「さすがに受け渡しするには大きすぎると思いますが……」

「前で苦情を言っているみたいですよ、ガライ。まぁ、レイニオとシンがいるので大丈夫でしょう」


キャロラインが驚いた馬たちを御しなから報告をする。


「それで、何を忘れていたのですか?」

「そうそう」


ガライは話に付いていけていないパティに跪いた。


「熊臭いかもしれないけど、ごめんな」

そして、ガバッと抱き締めた。


「わ、若様!?」

ビフレットが動揺した声を漏らす。

パティは硬直している。


「泣け」


そんな一同の衝撃を余所にガライは言った。


「怖かったんだろう、本当は。アイツ相手によく頑張ったな。もう大丈夫だ」

そう背中をポンポンと叩いた。


実感が沸いていなかったのだろう。それ程全てがあっという間の出来事だった。


よく見ると、少女の顔色は悪い。自覚もなかったのだろう。

ようやくそれを自覚した少女は、分厚い胸板に顔を押し付けた。


「……こわかった。もうしんじゃうんだって、おもった」


みるみる服が湿るのがガライには判ったのだろう。そのまま、彼女を見ないように目線を外す。

それを見て自称ただの執事の美中年が苦笑する。


こういう所は本当によく気が付く。

そうやって救われたのは彼女だけではない。


「ちゃんと帰れるんだ。後で笑顔になれればそれでいいから」


しばらく荷馬車の中は小さな嗚咽だけが聞こえたが、車輪の音に掻き消されたのだった。



ラジーには犬耳もあればしっぽもあります。(ただし服で隠れている)



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