王宮には殿下の筋トレを見守る会が存在する
な、何とか間に合った?
切りの良いところまでにしたので、何時もより長めです。
R4.6.18訂正しました。
ルミの父親の記述より
自身の親→妻の父親兼大先輩
つまりステンはセラの実の父親です。
「それから、その薬草っての、アンタが動かなくても手に入ったんだから、骨折り損ってヤツだよ。残念でした」
ついでとばかりに追加された情報に、彼女は「え?」と顔を上げた。
それに気が付いた自称執事が、苦笑しながら詳しく話すために口を開いた。
「実はね、この屋敷の庭に生えていたんですよ。万能薬草エメラブリ」
エメラブリは、ビフレットの言った通り、万能と付くほどに万病に効く薬草である。
その薬効と名前は世の中に知れ渡っていると言って過言ではない。使い道は解毒からそれこそ滋養強壮まで幅広いため、需要はかなり高いのだ。それなのに、エメラブリはあまり市場に出回らず、普及していない。
それが庭に生えていたとなると、そりゃあビフレットのみならずチヤも驚く訳である。
「畑の予定地に生えていたんだ。宝石みたいな葉っぱだろ。キラキラしてた」
その言葉に思わず立ち上がる少女。
「話は終わっていませんわ、ルミ」
そんな彼女の腕を取って引き止めるキャロライン。
「それが昨日の事。あの輝く葉は内部で分泌された薬効成分が葉っぱ自体を守るためって聞いたけど、綺麗だったし薬草の貴婦人って異名に納得する立ち姿だったよ。
それと比例して生育に適した環境の難しさがよく問題になって、あまり栽培は出来ないし流通も少ないし、まさかこんな所に生えているなんて奇跡的なんじゃないかな。風が通るけど強風に曝されず、日当たりも良すぎると萎れてしまう……」
「おーい、ビフレット。その話、長いか?」
植物の事になると、詳しく生育環境の事から栽培方法にまで話が飛びそうなビフレットに、ガライが声をかけた。
時間があれば是非聞いてみたいが、今ではない。
それに気付いた美中年は瞳を瞬かせ、誤魔化すようにニッコリ微笑んだ。
「失礼しました。……ともかく、あまり人が来なかったし、条件がよかったんでしょうね。沢山生えていましたよ。
そして今日、薬膳の知識を持つチヤがそれを使ったスープを作っていて、騒ぎが起こってすぐにルミ嬢の家にお裾分けに行ったんです」
「つまり貴女の母親には、もうすでにエメラブリが渡っているという事ですわ。だから焦る事はありません」
本職の薬師では無いが、食堂のお母さんは薬草にも詳しい。もしかしたら普通に服用するよりも効能が引き出されているかもしれない。
キャロラインが締め括ると、気が抜けたのかソファーに逆戻りしたルミ。
「お母さん、大丈夫なの?」
「エメラブリの効用は我々もよく知るところですから、心配いりません」
「味も保証するぞ」
なんたって、チヤの作る料理である。彼女の数々の料理を食べてきたから判る。間違いない。
「でもなー、ルミ。行動を起こす前に相談してほしかったなー」
ガライが急に不貞腐れた空気を出し始めた。
その雰囲気を察した仲間たち。何だか物知顔をしている。
ルミは急な態度の変化に驚いて、目を見開いた。
「俺は嫌だったかもしれないからいいけど、あの時、ルミの王子様もいただろ」
「何か含みがある言い方してませんか、殿下」
「気のせいだろ」
何かを感じて敢えて主の呼び方を変えたビフレットは、王子様呼びが相当嫌なのだろう。その反応をみてガライは無かった事にした。今はルミへの話が優先。
「母親が心配なのも判る、爺さんに止められて焦るのも判る。だけどな、そのまま即行動に移すのは駄目だ。
計画も準備も無いままの行動は絶対に穴がある。運を期待したらいけない。必ず何処かで失敗する。
……俺たちだって、やってしまった事があるからこその言葉だ」
キャロラインが目を逸らした。
彼女が思い浮かべたそれは、幼馴染み全員の苦い思い出だ。ルミにとっては与り知らない事だろうが、今でもまだ根強く残っている。
「だから、行動1つ、言葉1つ、少しでも考えてみてくれ。それをやった時、言った時の周りの反応を。後、頼ってほしい。家族じゃ出来ない相談もここだと出来るだろ?」
重い空気になってしまった玄関ホールの空気を変えるかのようにガライが問い掛けた。
「まあ、聞いてやらない事もないかな」
とレイニオ。
「同性として当然ですわ」
キャロラインはメガネを光らせ、
「勿論、相談に乗るよ、お嬢さん」
ビフレットは優雅にお辞儀をした。
「と、まぁ、相談相手には事欠かない訳だ。勿論、俺でもいいけど。で、今回、やっちゃったものは仕方ない。でもお仕置きは必要だよな!」
神妙な顔をしていたガライがふとニヤリと口角を上げた。
それを見てビフレットが苦笑を浮かべながら、お仕置きの言葉に顔を引き吊らせたルミに説明を始める。
「ルミ嬢、私たちのルールなんだけれど、『誰かに何か迷惑をかけた』と思ったら、謝るのもそうなんだけど、態度で示そうって決めているんです。その方が反省もするし記憶にも残るでしょう?」
脳筋と言う無かれ。これでやった方も罪悪感を引き摺らなくてもいいし、やられた方もある程度納得出来る方法だとガライは思っている。
「それは、まぁ、私が悪かったし」
ルミがしどろもどろに答える。
それにうん、と頷く発案者。
「ラジーは気にしないって言うと思うから、内容は俺が決めちゃうな」
それに何を言われるのかと身構える。
「発表します!
ルミは1週間、キャロから淑女教育を受ける事!」
「うぇっ!?」
発表された瞬間、ルミは思わず変な声が出た。
「そんなの、使うところないでしょ!?」
と、お仕置きされる側の彼女。
「あら、わたくしですか?」
と、教師役に指名されたキャロライン。眼鏡の位置を直しながらガライを見た。
「使う機会がないって事は無いと思うぞ。ルミの父親は領地軍に入っているんだろ? だったら、何かの会に出る可能性は大いにある」
実はルミの父親は領地軍に入っているため、妻子を妻の父親兼大先輩に預け単身、領都にいる。理由は妻の療養のためだ。
「そうですわね。身に付けていて損はありません」
キャロラインは納得したように頷いた。
「それは、まぁ、そうだけど」
淑女教育という言葉に思わず怯む少女。
「それに、覚えておいたら使える場面は沢山あるはずだ。無駄になる事はない。身に付けておけば、それはきっと自分の武器になるから」
お仕置きを利用して学べ。そうすれば、将来の選択肢が広がるだろう。
そう言いたいのだと気が付いたビフレットは、知らず知らずの内に微笑んでいた。やはり自分の主は人を活かそうとする。
「僕も、今の内に学んでおいた方がいいと思うな」
黙って話を聞いていたレイニオがボソリと言った。
「だって、絶対に、あの人たち押し掛けて来るだろうし」
その言葉に深く頷いた約2名。絶対に起こりうる。
「えー、来るかなぁ」と言っている奴を無視して、ルミに言い聞かせるように語る。
「レイニオの言う通りです。嫌になる程的を得ています。そこのムキムキはこう見えても王族なので、完全に行方不明になるわけにはいかなかった。だから少数の信頼出来そうな人物には話を通して来ましたが……」
「そういう人に限って来たがりそう、と。人選が裏目に出るかもしれないね。王都から訪ねて来るのは大体貴族と考えた方がいい。私たちは特殊な部類だから参考にならないんです。礼儀を欠かしたら、それこそ色々言われるかもしれない。そのためにも受けておくべきですね」
2人の勢いに首を振らざるをえない町娘ルミ。
貴族って面倒。スゴく面倒。
それを心に刻んだ。
「アニキ大好きな人多いからなぁ。今回、置いてきたし」
「そうなったら、私も風当たりが強くなりそうです。本当に」
「ともかく、1週間みっちりやる必要が出てきましたので、宜しくお願いしますわね、ルミ」
「はぁーい……。お手柔らかにお願いします、キャロラインさん……」
逃げられないのなら、やるしかない、ルミは決断力の鈍っている頭でそう思った。
「さて、そろそろルミを送っていくか」
ガライが一旦サイドテーブルに置いていたお茶を飲み干した。
「……ビフレット、一緒に来てくれないか?」
「若様、私だけでも送っていけますが?」
ガライの言葉に指名されたビフレットが疑問を投げ掛ける。
「いつもなら頼むが、今日は駄目だ。森で騒ぎ過ぎているから、用心のためにもお前だけには行かせられない」
「そういう事でしたら、判りました」
森という魔素の溜まりやすい場所で大きく動いたりすると、場の魔素が乱れ、魔物が生じやすくなったりする事がある。
それが森に近いこの町に現れないとも限らない。
戦う能力がない自称執事はあっさりと納得した。
「レイニオはラジーを見てやっててくれ。それと今日は頑張ってくれたから」
少年の頭をガシガシ撫でたら、ペイっと叩き落とされた。ただし顔が赤くなっているのは明白である。
「言われなくても判ってます……!」
「うんうん、お兄ちゃんだもんな」
そんなじゃれ合いをしている赤いのと黒いのの横で、ビフレットはソファーに座るルミに手を差し伸べた。
「では、行きましょうか、お嬢様」
想像していた方が多いと思いますが、庭に生えていたのは希少な薬草でした。
ルミって淑女向いていないよ!とか、むしろレイニオの方が似合うかも……!?とか思った方はブックマークや評価、いいね!をポチッとお願いします。