疲れた頭と運命の魔法と唐揚げと
ちょっとガライが不在なので、シリアスさんが顔を出しています。
ラジーの魔法とガライの魔法について。
余りのスリルに先程から座り込んでしまっていた青い顔のルミに手を貸しながら、彼らはようやく屋敷へと歩いていく。
ビフレットはおおよその出来事をキャロラインから聞いてはいるが、森の中でどうしていたのかは詳しく知らない。
よって、急にレイニオがこんな事を言い出しても止める権利などなかった。
「あのさ、ルミ。今度からラジーを戦力扱いしたら、どうなるか判らないからね」
少女に呼び掛けているにも関わらず、視線は前を向いたまま。
「何でよ?」
少し調子が戻ってきたのか、ルミはそんなレイニオの様子を気にせず尋ねた。
「朝、アニキが言ってたアレ、ラジーにも当てはまるから」
『魔法が使えるから、何だって言うんだ』と言ったガライにルミは怒ったように反応していたが、魔法なんて存在、ろくでもないとレイニオは思っている。
「どういう事?」
今回は怒らずに話を聞くようだ。
ラジーを抱え直しながらレイニオは続ける。
「今日一緒にいて判ったと思うけど、ラジーは複数属性使える」
「その子の魔法はね、火、水、土なんだよ」
何の話をするのか、ようやく判ったビフレットは極力穏やかな声でルミに教える。
通常、人が扱える魔法の属性は1つという事は広く知れ渡っている。
それが覆るのは、それだけで異常と思われてしまう。
「複数属性を持つのは国単位でも珍しいんだ。さらに3つ持ちなんて世界に数人いるかいないかなんだよ」
「だから利用するために囲い込もうとするヤツがいるんだ。子供を親から引き離してでも」
レイニオの淡々とした言葉が夜の闇に消えていく。
「え?」
「そんな時にアニキに身柄を保護されたんだ。ラジーはチヤの子供で食堂の店員だろうって。そこに魔法は関係なかった」
思いもよらなかったその理由に呆然とするルミをチラリと見やる。
後から聞いたレイニオでも理不尽を感じた程だ。
やる気もないのに無理矢理親から引き剥がされ拉致監禁されるなど、あってはならない。子供を兵器扱いするなど、もっとあってはならない。
自分もそうして助けられた。だからこそ。
「魔法が使えるからって幸せになれるとは限らないし、魔法が使えないからって不幸になるわけでもないって事」
今、詳しく言うつもりはない。普通の少女であるルミには。
それを察した自称執事は敢えて微笑んだ。
「私もそう思いますよ。便利ではありますが、全てではありません。さぁさ、ルミも一旦お入りなさい。お茶を淹れましょう」
そう言って、ようやく帰り着いた屋敷の扉を開けた。
目に飛び込んできたのは、玄関ホール中央にドドンと置かれたクッションの良さそうなソファーと、それに姿勢よく上品に腰掛けた令嬢だった。
傍らに置かれたサイドテーブルの上にはティーセットとこの家の料理人が置いていったであろう軽食が完備されている。
あ、この人、ずっとここにいたんだ……。
レイニオが物言いたげにフォロー人員を見ると、応接室が片付けきれていないらしいです、と視線で言われた。
幼馴染み2人も使っていながら、昼間何をやっていたのだろうか。
「おかえりなさい、レイニオ。ルミも無事でよかったですわ」
令嬢、キャロラインは子供たちの姿を確認すると立ち上がった。
そして、ラジーをソファーに寝かせるように指示をする。
目が覚めた時、誰もいないのは怖いだろうから。
カバンを取り、そっと寝かせるとウサミミフードを外す。犬の耳がいつもの通り垂れていた。
「それで、アニキたちはどうなったの?」
帰還する旨を告げた辺りで通信魔法は止めていたので、レイニオは最新の状況を知らない。
「それが」
キャロラインが森の方を見て、遠い目をした後、口を開いた。
「唐揚げ祭りが開催されるようです」
どぉん、と比喩なく地面が揺れた。
それにいろいろ察したその場にいた面々。
「唐揚げ一択なんだ?」
「多数決で決まりましたが、チヤ次第だと思います」
「私、重いものはちょっと……」
思わず思考を反らした。
その反応にルミもあの鳥が唐揚げになっちゃうんだー、と思った。想像の中では4ナベル(8メートル)級の大きなほかほかの唐揚げがお皿に鎮座している。
今日1日で驚きすぎて何だか疲れたようだ。
「そうそう、1つ言い忘れていたんだけど」
レイニオが表情を変えないままルミに向き直る。
「アニキは魔法使えないけど、魔力はかなり多いから」
その言葉にキャロラインが「ああ」と理解を示した。
「また『魔法使えた者勝ち』の話が出ましたか」
朝、庭で言い放った言葉の続きだろうか。王族なのに、と言ったその先の台詞は遮られたが。
「魔法を使えないと知った大体の人がそう言うのです。
まあ、あの人の場合は使えないのではなく、外に出ないというのが正しいのですが。
自分の中で完結する事象なら負けませんし。その結果、アレですが。殴り倒した木はどうするのでしょうね」
「何か作ればいいんじゃないかな?
強化に耐えうる肉体をつくるために鍛え始めたって聞いたよ、私は」
ガライの強さの秘訣をさらっと言う2人。
特に隠している事でも無いからだ。何故か余り知られていないが。
「まあ、若様が普通の魔法を使えていたら、それこそここにはいなかったでしょうね。理由はいろいろ、でしょうが」
ビフレットが意味深に言葉を切る。
それを重々承知している幼馴染みは深く頷いた。
「そうですわね。あの人に停滞は似合いません。それこそ『王都大脱出!害虫爆発しろ!!独り身だよバーカ作戦』をやってでも外に出てよかったのかもしれません」
何か、やたら長い上に、真顔で口に出したキャロラインを思わず見てしまうくらいの作戦名だった。
害虫って、きっと悪い人がいたのね、と作戦名を聞いて思った少女。もう何もツッコまない。
そして頭の中では赤茶色の髪の筋肉ダルマが爽やかに笑って、唐揚げをすごい勢いで食べていた。そういえば、お腹が空いた。
そう思った時にタイミングよく差し出されるお皿。その先を見ると眼鏡をかけた令嬢。
「疲れた顔をしていますわ。ここにお座りになって」
「あの様子だとアニキたちはすぐ帰ってくるから、気にせず座ってれば?」
キャロラインの気遣いとレイニオの素っ気ない一言に、彼女は素直にラジーの横へ腰掛けた。
疲れていたのか、座った途端、ホッとした。そしてお皿の上にあった堅焼きのクッキーを囓る。
そこにまたもや差し出される香りのいいお茶のカップ。
「ハーブティーです。落ち着きますよ」
この屋敷の自称執事がにっこりと微笑んでいた。いつの間に淹れて来たのだろうか。
クッキーの乗ったお皿はサイドテーブルに置かれ、カップを持たされる。意外と喉も渇いていたのか適温のお茶はあっという間になくなった。
すぐに継ぎ足される。
先程の事が嘘のような平穏。
それが破られたのは、カップの中身が半分ほどになった頃だった。
作戦名はキャロラインが決めた訳ではありません。そして、お察しの通り、例の「腹筋と腕立てをやっていただけ」の作戦の事です。
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