口よりもよっぽど雄弁で態度よりもひたすらに熱い
そう、ヤツは再登場する……!
『結構な大物が来ちゃったね……』
ラブコメのような光景を展開している町娘と前王弟を無視し、上空を見ているレイニオの呟きは、やけにしみじみと聞こえた。
『プテラスバードだよ、司令官』
ルミの服の一部が引っ掛かったままの爪を持つその生物は、体長3ナベル半(7メートル)はありそうな鳥だった。
先になるほど青から水色に変わるグラデーションのかかった羽に赤と白がライン状に入ったその翼を広げると、尾羽の長さもあり、より大きく見え威圧感すら漂う。
そんな宙に浮かぶそれを眺めて、彼らの主は一言。
「! ササミ食べ放題だな!!」
やっぱり食べる気か。
レイニオは呆れ半分、納得半分で赤銅色の頭に視線を送る。
腕にルミ、足にラジーを引っ付けておいて、それはない。
『……アニキ、今は離脱優先。僕は唐揚げの方が……』
ごにょごにょ。
開き直ったのか、レイニオが然り気無く希望を告げる。
『とにかく、ルドと合流して下さい。ソテーもありますわよ』
何だかメニューの言い合いのようになってきた彼ら。夕食抜きなのだ、許してほしい。
しかし、通常プテラスバードはそんなに簡単に退治出来るものではない。
まず空を飛んでいるという事だけでもアドバンテージがある。そしてプテラスバードの歯のついた嘴は牛を軽々と運び、その鉤爪は鉄板ですら穴を空ける。巨大さゆえ、羽ばたきだけでも強風が襲い、体が持っていかれる程だ。
群れで町を襲ったとなれば軍が出動する事態になったりする厄介な相手のはずである。
「どうすっかなー」
ルミを片手に持ち替え、もう片方にグスグス言っているラジーを抱え直す。
その間、大型鳥はレイニオの風の魔法で牽制されている。
このまま走って振り切れない事はないが、子供たちに負担がかかる。特にラジーは今日1日頑張ったから、そろそろ限界だろう。
そう考えていると、ふと視線を感じた。
それを何とはなしに辿って行くと、葉霧の煙る暗がりの中で視線の主とバッチリ視線が合う。
鋭い目はよく見ると、黒だと思っていた色は少し赤いのだと気付く。
そこに走るのは1本の刀傷。
ふわふわの白い毛に被われた眉間には相変わらず皺が寄っている。
その目がクイッと少し後ろを向く。
「乗っていけよ」と。
「キングー!!お前、良いヤツだなっ!! 格好よすぎるだろ……っ」
『は? キング!?』
鳥から思わずそちらに視線を逸らしたレイニオを誰が責められようか。
牽制が無くなったために再開されたプテラスバードの攻撃。
それをひょいひょいと最小限の動きで避けつつ、ガライはそちらに向かう。
広場から少し離れたそこには闇に紛れ……るはずもなく、白い巨大なふわもこが鎮座していた。鼻がひくひくと彼を窺っている。
間違いなく引っ越し道中で出会ったアンゴラスウサギのキングであった。
他にこんなウサギがいても嫌だが。
「この子たちを乗せてやってくれないか。アイツの相手はちょっと手間だ」
キングを目の前にラジーはきょとんとしているし、ルミは顔が引きつっている。
「おっきいうさぎ」
泣いていた余韻の涙をポロリと溢してウサミミフードが言った。
「いやいやいや、魔物じゃないの!?これ」
ルミが思わず噛みつく。
それにメンチを切るウサギ。ちゃんと言葉を理解している。
それにすかさず「ごめんなさい」と少女は謝った。よっぽど怖かったようだ。
「アンゴラスウサギは珍獣であって、魔獣ではないな」
よいしょ、といらない掛け声を口にしながらラジーをウサギの上に乗せる。
「レイニオ、ラジーを支えてやって」
「はーい」
ガライの呼び掛けに、普通に返事をして普通に木の上から出てきた黒髪の少年。
ついでに頭上から出てきた木で阻まれていたため狙いの定まっていない足を魔法で切り付ける。
「あんたもいたの?」
あまりにも自然な登場だったので、若葉色の髪の少女は呆気に取られた。
「いたらダメなの? いろいろフォローしてやったのに」
黒髪の少年は家族の後ろに乗りながら、拗ねた表情を作って見せた。
少女はそれに焦ったが、レイニオの表情が演技だと判っている苦笑するガライに持ち上げられ、何も出来ずに固まった。
先程のムキムキの衝撃が抜けきっていない。そのまま抵抗も出来ず、キングの上に乗せられる。
「この子たちを町まで頼む」
ガライの言葉に「任せろ」と言わんばかりに耳を動かし、「振り切ってやるぜ」と後ろ足で地面を掻いた。
(上にいた子供たちは、突然動いたので少しバランスを崩していた)
「ルミ、後でお説教だからな」
そう呟いて手を振る赤銅色の頭を「え?」と振り向こうとした瞬間、風景は流線化した。
乗っていたウサギが走り出したのだ。
当然、赤銅色の頭はもう見えない。
ルミは、アンゴラスウサギの存在を知らなかった。
と、いう事はそのウサギが幻と謂われる珍獣である事も知らなかったし、残像を残す程のスピードの持ち主なんて思いもしなかったに違いない。
そりゃそうだろう、とレイニオは風の魔法で風圧を軽減しながら思った。
巨大ふわもこに、こんなに速く走るイメージを持つはずがない。
足が速すぎて上下運動が少ないのはいいが、風圧がすごい。折角のふわふわが肌にぴったり貼り付いてしまっている。
よくアニキは乗ってられたな、と感心した。
『という事で、僕たちはそちらに帰ります。ふわもこでラジーが撃沈。アニキのサポートお願いします』
『判りました。そろそろルドとも合流できるでしょう。ガライはどうやら来る時に木を殴り倒して行ったようですからね。目印には事欠きません』
『何それ』
暗い中、かなりの速さで地面どころか木の表面まで使い森を爆走するという、ある意味スリル溢れる体験をした子供たちは、屋敷のすぐ側で降ろしてもらった。
どうやら、彼はここに住んでいるという事を知っていたようだ。
まずレイニオが降り、屋敷に戻ってビフレットを呼んできて、ルミを降ろしてもらった。(レイニオには少し背が足りなかったようだ。成長期だから、と本人の申告である)
その折、キングとは初対面のビフレットが暗闇の中光る巨大ウサギの眼力に思わず悲鳴を上げかけたが、ウサギの上で寝ているラジーがいるため何とか声を上げずに飲み込んだ。
大人の矜持である。
その横にラジーをおんぶしたレイニオがふわりと着地した。
「ありがとう、キング。やっぱり速いや」
その言葉にウサギは当たり前だろう、と鼻をひくひくさせた。
「ええっと、キングさん……? 子供たちを連れてきてくれて有り難う御座います」
ビフレットも恐る恐る声を掛ける。
「お、お礼というか、何か差し上げたいのですが……」
そう言うと、刀傷のある目が美中年を貫く。まるで「そんな物の為にやったんじゃねぇ、あの男が言っていた強者の理に則っただけだ」と言わんばかりだった。
……ウサギなので、その辺りは想像であるが。
それを見ていたレイニオが、そうだ、とばかりに掛けられたままのラジーのカバンに手を入れた。
「ん、あったあった」
そう言って出してきたのは、ラジーのおやつ代わりの乾燥させた果物だった。
「ちょっとだけだけど、この子からのお礼って事で受け取ってくれない?」
そう差し出すと、鼻を近付けた後口を開けたので、その中に乾燥果物を入れる。
しばらくモグモグしていたが、ふっ、と息を吐いて体の向きを変えた。
「うまかったぜ、お袋さんを大切にな」とばかりに少しこちらを向いて、そして消えた。
「……世界は想像よりも広いのですね。動物でもあの心意気……。時期がきたら畑の1面をニンジール畑にしようかな……」
圧倒されっぱなしだったビフレットが思わずそう呟く程、クールかつ見事な去り際だった。
「何であの方は、アンゴラスウサギなのでしょうか……」
「さぁ?」
美中年のよく判らない疑問に黒髪の少年はアッサリと考えを放棄した。
それの答えは誰にも判らないのである。
この前、某動物の王国でアンゴラウサギを触ってきました。ふわっふわで繊細な触り心地。
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