子ウサギは奮闘中
ラジー寄りの視点による、事件の経緯です。
ガライたちは出てきません。
R4.6.17 少し内容を変更しました。ラジー、それはない……。
食堂に準備されていたクラブサンドを1つ多めに3つ。
持ち運びしやすい小さい水筒。
引っ越しの間におやつ代わりに食べていた乾燥した果物。
木の切り出し用のナイフ(ラジー用)。
清潔な大きな布。そして採取用の袋。
それらを肩掛けカバンに詰めてラジーはラミについて、葉霧の森に足を踏み入れた。
霧のように煙る葉は入り口こそ日の光を通していたが、奥に行く程空を覆い、森を陰鬱な雰囲気へと変えていく。
多少冒険気分だったのは否めない。
花畑を見つけては花を摘んでみたり、小川を見つけては葉っぱを流してみたり、最初の頃はふらふらと遊び歩いていた。
勿論、目的の薬草も忘れていない。ルミ曰く「緑色のキラキラした葉っぱなのよ!」というヒントだけだったが。
ラジ-は思わず首を傾げた。
葉霧の森の怖さは、日差しが無くなると一気に闇が押し寄せてくるところだ。
日が差している間はほんのり明るく見える場所でも、見えない太陽が雲に隠れると見えていた部分も黒に塗り潰される。
見慣れた場所だとしても、その瞬間、全く見知らぬ場所へと変貌する。
それに魔物の発生率も低くない。
大人でも1人で森に分け入る事は危険で敬遠されるべき事だった。
気が付けば、不気味な程薄暗く、下草も生えない場所まで入り込んでいた。
ルミは最初から普段人の寄らない所にこそ、薬草があるのではないかと考えたようだ。あながち間違いでもないが、子供の浅知恵というべき短慮である。
大人でも行かない場所、それは更なる危険と隣り合わせという事。
それを軽く考えすぎていたのだろう。
異変に気付いたのは、やはりラジーだった。
今までも大型動物や魔物に遭いそうだと耳や鼻で感じると、進路を然り気無く誘導して変えさせていた。
でも、それは相手が気付いていないから出来た事。
今、明らかにこちらを見つけていて、暗い森の奥から狙っているヤツがいる。まだ姿は見えないけれど、徐々に囲まれていっているのが空気で感じる。
お尻のしっぽが知らない間に股の内側へと入っていた。耳もペタリと寝ている感じがする。
それに気が付いて、ラジーはお姉さんの腕を引く。
「こわいの、来るよ。おねえちゃん、にげよう」
動かなければ、襲われる。そう考えての事だった。
ところがルミには緊急性が伝わらないらしく、「もう少し、もう少しだから」と更に奥へと歩いていく。
少し遠くで狼のような遠吠えが聞こえた。
このままじゃダメだ。
連続した遠吠えが近付いてくる。それと獣の匂いも。
自分達の足では逃げ切れない事を悟った。
ラジーが手にグッと力を入れる。
思わずルミも止まった。
ようやく隣の子供と周りの異変に気付いてキョロキョロと周りを見回す。
「ラジーが、がんばらなきゃ。……みんな、力をかして」
ラジーはここに留まる覚悟を決めた。
まずは、広い場所の確保。
地面がずるりずるりと動いて、子供たちの周りから木が退き始めた。
ルミはその現象にポカンと口を開けたままだ。走り回れる程の広さが確保出来たところで広場は拡がるのを止めた。
次に、魔物でも届かない高い場所。
この間の魔物(三つ目熊)はアニキ2人分くらいの大きさだった。だから、それより高いアニキ3……、やっぱり4人分くらい高い場所。
子供たちの周りの1ナベル(2メートル)くらいの地面が舞台のように迫上がっていく。そして周りの木々よりも少し高いくらいの場所で止まった。
その時、木が退かされた広場に襲撃者たちがゆっくりと姿を現した。
少し緑がかった黒い毛並み、口から覗く鋭い歯、暗紫色の目が傾き始めた陽光にギラリと光る。
それを悠然と、見せつけるかのように、歩いてくる。
「緑の狩人 (グリーンウォルフ)だなんて……!」
ルミが震える声で、その魔物の名前を口にした。
グリーンウォルフはその名の通り狼型の魔物だ。森に溶け込みやすい色の体毛を生かし獲物に密かに近付き、複数で囲い込んで狩りをする。
今見えているだけでも8体はいるが、まだ森の中に潜んでいる可能性もある。
ラジーはそれを余り見ないようにしながら、空に火の魔法を打ち上げる。
多分、誰かが気付いてくれる。そう願いながら。
子供たちの乗っている柱の下まで来た魔物たちはふんふんと柱の様子を窺っている。
その行動に柱に上がってくるんじゃないかとルミが怯えた。
「大きな声、だめ」
ラジーが今にも叫びだしそうなルミに先に声をかける。そして、自分のカバンから大きな布をよいしょっと取り出す。
「これ、かぶってたら、見えないよ」
「あんたはどうするのよ」
ルミがそう言うと、ラジーはいつの間にか取れていたウサミミフードを被り直した。
「これ、ある」
本当は怖いけど、とラジーがぎゅっと手の平を握りしめる。
「ラジーだって、マルゴ-ル族だもん。いっぱい聞こえる耳とかっこいいしっぽにちかって、負けない!」
それは自分の耳と尻尾に誓う言葉だった。
マルゴ-ル族は犬の耳と尻尾を持つ森の部族。集落を作り、自然と共存しながら森と共に生きる生活をしている。
そんな彼らは耳と尻尾を自然からもたらされたものとして誇りに思っているのだ。
よって本来何かを誓う時や何かを決意した時には『千里を聞く耳と威厳ありし尾に誓って』という言葉が常套句として使用される。
……されるのだが、ラジーの解釈により情けない言葉に変換されてしまった常套句。
間違ってはいない。
グリーンウォルフたちが柱に対し、引っ掻いたり体当たりを始めた。
所詮、土で出来たもの。壊せると踏んだのだろう。振動が伝わってくる。
ラジーはみんなに頼んだ。
みんなは魔素のかたまり。どこでもふわふわと浮いている。
それに頼むと、ラジーの体から魔力を取っていく代わりにいろんな事を助けてくれる。
まずは魔物たちを柱から遠ざけるために、氷を落とす。
ズドンズドンと数回に分けて落ちた氷塊はウォルフの足場にされないように少し遠めの位置だ。
「なに、あれ」
音が気になったのか、布の間から顔を出したルミが複雑な顔をしている。
「アニキ。よくしてる、かっこいいポーズ」
氷塊はガライを2分の1スケールで忠実に再現されていた。筋肉を見せつけるかのように両腕を上げたフロントダブルバイセップス姿で。
よく見ると、氷塊はそれぞれポーズが違っていた。芸が細かい。
「アニキいたら、がんばれる」
ルミはそれを聞いて、「ま、好きにしたらいいんじゃない」と投げやりに答えた。
実害ないし。
氷塊に驚いた魔物が一時的に引いた柱。
ラジーはそれに手を押し付けると、魔力を柱の中に入れていく。じわりじわりと一杯になるように。
朝はジャガルドがこれで木の内部の水と一緒に魔力を引っ張った。しかしラジーは引っ張らずにその魔力で柱の表面に氷を貼り付ける。
魔物たちは突然落ちてきた氷塊に驚き、急激に冷えた柱に警戒して、また周りをぐるぐると回り始めた。
魔力が無くなるまでにアニキは来てくれる。
ラジーは絶対の信頼を持って、そう思った。
マルゴール族のラジー。マンゴーラッ……。
仲間たちの中で1番チートくさいのって、この子じゃないかと思う。
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