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77.世界樹へ

 この世界の大地全てを記した地図は、世界樹を中心に描かれることが多い。ゆえに、この砂漠の大陸コスモレナは『世界の中心』と呼ばれている。


 砂漠といっても、かつてはルーアイトに負けず劣らずの緑豊かな国であったらしい。しかし、その美しき緑を妬んだ人魚族が、全方位を取り囲む海から侵攻してきた。人魚族との全面戦争である。まともな兵力を持たないコスモレナは、あっという間に人魚族の手に落ちかけた。


 その時コスモレナを救ったのが、ルーアイトから派遣されてきた当時は騎士団長だった現王配のラディスラウスだ。彼は、魔法攻撃に耐性を持つ人魚族に、剣による物理での攻撃で押し、みごと勝利を収めたのだと言う。


 英雄となったラディスラウスは、二度と人魚族との争いが起きないようにと願いを込めて、コスモレナ王と共に一本の木を植えた。それは、みるみるうちに高く、大きく育ったが、同時に緑の大地の栄養までも奪っていった。


 木が育てば緑が枯れる。しかし、英雄と国王が植樹した木を斬ることもできない民たちはそれを放置。結果、コスモレナは今や見る影もないほどの砂漠の大地と化してしまった。


 遮るもののない大地には、容赦なく強い陽光が降り注ぎ、その地に生きる人間をも枯らしていった――


「とのことですが、見かねたラディスラウス様が再びやって来て、世界樹を登り、『世界樹の化身』と呼ばれる者と交渉したそうです。この木を永遠に世話する、だから熱された大地を冷やし、民を救ってくれ……と」

「ほぇー。つまり、ラディスラウス様と世界樹はマブになったから、これ以上の砂漠化が止まったってことか」

「……そういう感じかな」


 シャーリィは苦笑した。最近はアルマの言葉も理解できるように勉強しているが、それがかなり難しい。本来の言葉が省略されていたり、擬音が強く抽象的だったりと、覚えるのに苦労する。


「アルマ、今の『マブ』って表現は、ワードチョイス古くないかい?」

「えー、俺の周りはフツーに使ってたぜ」

「本当? それ、僕がそっちの世界で生きてた頃くらいの言葉だと思うけど……」


 一方で、自身の過去を思い出してからというもの、アルマはずいぶんとギルに懐いていた。転移と転生の違いはあれど、同じ世界で生まれ育ったことがあるからだろうか。話も合うようで、毎日楽しそうにしているのはとても微笑ましい。


 それに、シャーリィにとって、二人が仲良くしていてほしいもうひとつの理由があった。


 他でもない、二人の師弟契約のことだ。


 ドロテアの死後、切れてしまったドロテアとギルの“不殺”の契約。その強力な主従関係があったから、今までギルは闇の力から守られていたと言える。


 しかし今は何もない。


 一度闇の力にのまれた者は再び染まりやすいと言われている。それに、闇の力を持つ者たちは、必ず光属性を持つアルマを狙ってくるだろう。二人を守るためにも、両者間での師弟契約は急がれているのだが……。


 その話をしようとするとギルは途端にはぐらかし、その機会を失ってしまう。なんとかしなければとは思うが、八つも年上のギルに強く出られるほどの度胸はシャーリィにはない。


 ギルとアルマを守るためなんだ、となかなか言い出せずにいた。


「そーいえばさぁ、ヘレナさんとフランは大丈夫なん? なんか、色んなところに置いてきちゃったけど」


 アルマは、頭の後ろで手を組んで、砂の地面で器用に後ろ歩きをしながら問うた。


 そう、今この場に〈ブライト〉の仲間であるヘレナとフランはいない。


 ヘレナは、ルクア村からシャーリィたちを『移動』で連れてきた際に、魔力が空っぽになり動けなくなってしまった。なので、コスモレナの城下町で宿を借り、そこで休んでもらっている。


「コスモレナくらいならいけるわ! って大見栄を張ったのに、こんな有様で情けないわ……。ごめんなさいね、みんな」


 申し訳なさそうに、ヘレナは肩を落としていた。


 フランに関しては、コスモレナまで来てさえいない。ヘレナの『移動』は、クラリスの特訓により移動可能な範囲と人数が増えたが、術者である自身を含めて四人が限度。アルマの提案で“ジャンケン”をして、一人負けしたフランはルクア村に残ることとなった。


 ……〈ブライト〉の出発直前、村の女性たちに囲まれてデレデレしていたから、ヘレナからそれはそれは重たい一撃を喰らっていたが。


「ふ、二人とも、意外とドロテアさんと同じくらい戦闘狂だからね……。何かあっても問題はないと思うけど」


 心配なものは心配だよね、とギルは目を伏せた。


「あの二人は心配ねーよ、ギルさん。問題があるなら、どちらかと言うとこっちだぜ……」

「それなんだよね……」


 主戦力であるドロテアを失ったキャラバン〈ブライト〉は、かなり不安定な状態にある。


 幸いにも、まだ大規模な戦闘に至るようなことはないが、今のメンバーの中でまともに戦えるのはヘレナとフランくらい。基本は別部隊で活動していた二人の連携は抜群で、ドロテアに頼らない戦闘方法もしっかり理解している。


 残りといえば、大事に育てられすぎて最近まで戦闘をほとんどしたことがなかったお嬢様・シャーリィに、魔物のいない世界からやって来た平和ボケの権化・アルマ、それに十年間“不殺”の契約により戦闘を禁じられていたギルだ。正直、何の戦力にもなりやしない。


「ジャンケンなんかで決めないで、ちゃんと話し合いすればよかったな。俺ら弱い方だし……」


 だからこそ、世界樹へ登らなくてはないと、シャーリィは思っていた。


 ルクア村の村長であり、かつての勇者の一人であるクラリスからの、最後の試練。これを乗り越えられたなら、きっと何かが変わるはず。


 世界樹にある宝物が何かはわからないが、きっと今の〈ブライト〉に必要なものなのだろう。宝物を手に入れて強くなれたなら、その時は……


(グランフロスタへ行って、ドロテアさんを蘇生させる手がかりを見つける!)


 シャーリィは、未だにジャレドが言った「蘇生させてやる」という言葉を信じていた。ルクア村でも、蘇生の魔法はあると聞いた。それは禁術であるらしいが、ドロテアが生き返るなら何だっていいとさえ思う。


 もう、なりふり構っていられない。必ず試練を達成し、グランフロスタへ行くことを認めてもらわなくては。


 シャーリィは、密かに決意を固めた。


「シャーリィ」

「はい? どうされました、ギルさん?」

「……ちょっと、怖い顔してるなって思ったからさ」

「そうでしたか……。すみません」


 師弟契約のことに、蘇生魔法のこと。考え事が重なると、怖い顔をしてしまうらしい。気をつけなければ、とシャーリィは気を引き締めた。


(それにしても……世界樹の宝物って何なのかな。蘇生魔法に関するものだったら良いのだけれど……)


 思考の沼にはまっていくシャーリィを、ギルは心配そうな瞳で見つめていた。シャーリィ本人が、それに全く気づかないまま――


 三者三様の思いが渦巻く中、いよいよ世界樹が目の前まで迫ってきていた。

なんだか雲行きが怪しい……?

次回は5/16に更新予定です。

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