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8.女の敵

「さて。〈ブライト〉の恥晒しはどこにいるのかしら?」

「そ、そこまで言わなくても……」


 なんだか、だんだん可哀想になってきた。クズやらクソ野郎やら、挙句の果てには恥晒し。同じキャラバンに所属している仲間なのだから、もっと仲良くしたらいいのに、とシャーリィは思っていた。


「あれじゃね? あの赤毛」


 ほら、あっちだよ、とアルマが指をさす。その方向を見てみると……そこには、茶髪の女性の腰を抱き寄せ熱い口付けを交わしている赤毛の男がいた。


 確かに、彼は〈ブライト〉の一員ではあるが。


「――女の敵……!」


 シャーリィは、初めて仲間に敵意を向けた。少しでも可哀想、と思った自分を殴りたい。前言撤回、こいつはちっとも可哀想じゃない!


「フrrrrrrrランツゥゥゥァァァァ!!!!」


 ヘレナが飛び出した。その速さたるや、まるで弾丸のよう。先程まで消費の多い魔法を使っていたとは思えない。


「やぁ、ヘレナじゃないか!」


 弾丸を片手で受け止めた赤毛は、今まで愛し合っていた女性に別れを告げ、こちらに向き直った。


「迎えに来てくれたんだね! あぁ、その蒼玉の瞳で熱烈に見つめないでおくれ……照れてしまうよ」

「勘違いしてんじゃないわ! 昼間っから何やってたのよ」

「おや、君が想像しているようなことまではやってないよ。ただ街の女性たちと、愛を育んでいただけさ」


 シャーリィは引いた。その横ではアルマも引いていた。


 赤毛の男……フランことフランツ・イグニス。彼は〈ブライト〉においてはまだ新参者だ。魔力の相性が良いヘレナとともに、偵察隊を任されている。それにしても、大の女好きであることは知っていたが、ここまでとは。思い返せば、彼とはなるべく直接的に会わないよう工夫されていた気がする。


「お久しぶりです、フランさん」


 礼儀として一応、挨拶をしておく。


「あぁ、久しぶりだね、シャーリィ! ボクが入った時以来かな? 名前、覚えてくれていて嬉しいよ!」

「まぁ……あはは」


 ウィンクをするフランから目を逸らした。悪い人でないことはわかっているが、苦手意識が抜けない。ごめんなさい、と心の中で謝る。


「……? その子は誰だい?」


 フランは、琥珀色の瞳をアルマの方へ向けた。まさか、今気づいたのだろうか。


「アルマ、自己紹介してあげて?」

「え、あぁ、うん」


 アルマは戸惑ったが、すぐに姿勢を正し一礼した。


「俺、有馬 翠っていいます。十七歳です。同行するのは次の国までだけど、よろしくお願いします、フランツさん」

「…………フラン、でいいよ。歳の近い者同士、仲良くしようじゃないか!」


 二人は固い握手を交わした。


 あら、とヘレナが口元を押さえる。シャーリィも、フランの意外な反応に目を丸くする。女好きというくらいだから、てっきり男には冷たいのかと思っていた。


「ところで、君たちはどうしてここに来たんだい? 迎えに来てくれた訳じゃないんだろう?」

「連れ戻しに来たのよ。商売が始まるんですって」

「おぉ! それでは、戻るついでに呼び込みをしようか! ヘレナ、準備はいいかい?」

「あったりまえよ!」


 呼び込み。それは、キャラバンが街で商売をするにあたって一番重要と言っても過言ではない。〈ブライト〉では主にヘレナとフランがその役割を担っているが、『徒弟』になる前のシャーリィもたまに手伝わせてもらっていた。

 やり方はキャラバンそれぞれだが、ヘレナとフランは自身の魔力や得意を生かし、楽器を使った呼び込みをする。


「さぁいくよ! 『出現(アドベント)』!」


 フランが指を鳴らすと、何もない空中に二つの影が現れた。それらは徐々に形を成し、フランの手に触れると、一つはたくさんの管がついた楽器に、一つは弦が張られたネックの長い楽器に姿を変えた。


「あ、見たことある……」

風笛(バグパイプ)班鳩(バンジョー)さ。ボクらの仕事道具だよ」

「へぇ……どうやって音を出すんだ?」


 その言葉を待っていた、と言わんばかりにフランは弦楽器を構えた。ヘレナも、ため息をつきながら同様に管楽器を構える。


「避けてた方がいいわよ。人の波に飲まれたくなきゃね」


 ヘレナの忠告に頷き、シャーリィはアルマの手を引いて少し離れた場所へ移動した。


「何が起こるんだ?」

「呼び込み。でも、あの人たちのは……ヤバいから」

「ヤバい……?」


 どういうことだ? とアルマが言いかけたその時、勢いよく弦が掻き鳴らされた。続いて、力強い笛の音も響き渡る。それに呼応するように、周囲の魔力が一気に集まってきた。高濃度の魔力が満ち、肌がピリピリと傷んだ。


「これは……!」


 魔力のないアルマでも、この刺すような痛みは感じるらしい。


「い、いたい……いたいぞ……」

「耳を塞ぐと楽になるよ。あと、これ貸してあげる。」


 可哀想なので、こっそり自分の耳あてを差し出した。


 この痛みの正体は、言わずもがなあの二人の魔法だ。ヘレナは魔力を様々な形で放出することを得意とし、フランは魔力を吸収し再構築することを得意とする。二人が同時に楽器を奏でることで、人を惹きつける魅力的な魔力を音に乗せて放つのだ。


 すると、どうなるか。

 演奏が始まってしばらくした頃、街中から歓声を上げる人々が濁流のごとく押し寄せてきた。


「うおおおおおお!?」


 アルマは急いで耳あてを装着する。


「何だよ! 洗脳か!?」

「それは禁句。ヘレナさんに聞かれたら消されるよ」

「知るか! ……ぅおぇっ、また吐き気がっ」


 これ以上はアルマの胃がひっくり返してしまう。こんな大勢の前で吐かれたら、〈ブライト〉は商売どころではなくなる。

 確か、ギルが宿を取ってくれているはずだ。この調子だとアルマは商売ができそうにないし、今日のところは宿で休んでいてもらおう。


「師匠のところに戻ろう、アルマ」

「人が少なけりゃこの際どこでもいい……」


 人の大群に飲まれる……というより、誇り高きキャラバンの新人が民衆のいる場で醜態を晒す前に、シャーリィとアルマは臨海公園を脱出した。

1話にまとめるのはナンセンスかと思って区切ったけど、やはり短くなりました。

次回は8月19日の夕方にでも!

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