7.ヘレナの魔法
臨海公園を出てすぐの通りにやってきた。そこは、スイーツや雑貨の店が立ち並ぶ若者向けの通りで、行き交う人もほとんどが小綺麗な若い女性だった。
「あいつの行きそうなところなら、だいたいわかるのよ」
ヘレナはそう豪語する。確かに、その“もう一人”の性格を考えれば、この辺にいると狙いをつけておいて間違いはないだろう。
「あとは探すのみよ。赤毛で背が高くて顔がいいだけのクズをね!」
「ひでー言い様! それに、赤毛の高身長イケメンなら、さっきその路地にいたじゃん」
「……………は?」
アルマが指し示したのは、四つ前の路地。
「なんで見かけた時に言わないのよー!」
「だって、赤毛なんて教えてもらってないじゃないですか!」
正当な意見だ。こればかりはアルマが正しい。シャーリィは、アルマに掴みかかるヘレナを諌め、引き剥がした。
「と、とりあえずそこに行くわよっ」
三人は来た道を戻り、目撃証言があった路地までやってきた。しかし、そこには目的の人物はいない。代わりに、それはそれは艶やかな女性が一人、ぼうっと惚けた顔で横座りをしていた。
「すみません。ここで、赤毛の男を見かけなかったかしら?」
「あぁ〜、彼ならぁ、ケーキ屋のジャネットと会う約束をしてた〜って言って、どっか行っちゃったぁ」
「そう。で、お嬢さんはそこで何をしていたの?」
ヘレナは鋭い目で女性を見つめる。
「あら。あなたが想像しているようなことは、まだしてないわぁ」
「へ〜〜〜〜そうなのね〜〜〜〜〜!」
よくよく女性を観察すると、唇を彩るルージュの端の方がかすれていた。衣服の胸元も、合わせが少しおかしい。ここであったことを何となく察して、シャーリィは思わずそっと目を逸らした。
「ケーキ屋のジャネット、ね。ありがとう、お嬢さん」
ヘレナは通りの方へ目を向けた。
「……あンのクソ野郎、一生遊べない体にしてやるわ……!」
金髪碧眼の美女は、憎しみに燃え盛っていた。
聞き込みの結果、問題のケーキ屋は割と早く見つかった。店名は『フリューゲル』。羽のように軽いスポンジと、口の中でとろけるチョコレートを合わせたケーキが有名なのだと言う。
「あたし、このクリームチョコパイが食べた〜い!」
「俺は……読めない! けど、あっちにあった生チョコ? みたいなやつがいい!」
二人とも、真の目的をお忘れではいないだろうか。というか、先ほどまで燃え上がっていたヘレナは何だったのだろう。シャーリィは、ドロテアとギルの分だと渡されたケーキの箱を抱え、短くため息をついた。二人がこの様子なら、自分がやるしかない。
「あの、ジャネットさんって方をご存知ですか? ちょっと人探しをしていて……」
「ジャネット? あの子なら、カッコイイ男の人と臨海公園でデートするんだとかで、もう上がりましたよ」
「り、臨海公園」
ヘレナと会った場所まで逆戻りだ。
「あの場所……結構距離あったよな」
アルマが遠い目をする。
今から走って臨海公園まで行き、もう一人と合流したとしても、商売開始に間に合うかは微妙なところだった。いつもは、だいたい昼頃から商売を始める。準備の時間も含めると、そろそろキャラバンへ戻っておきたい。
「やっぱり私とアルマであの人を探して、戻るように伝えておきます。ヘレナさんは、ご自身のお仕事もありますし、ドロテアさんたちのところで準備を……」
「お昼までまだ少しあるわ。私、あのクソと一緒じゃないと仕事にならないし。みんなで戻りましょ」
ヘレナが片目をつむる。
「三人……四人になるのね。ギリいけるわ。……シャーリィ、あたしの魔法、何だったか覚えてる?」
「あっ……」
ヘレナ・フロンソーレ。世界でも数少ない『移動魔法』の使い手だ。希少な能力であるため、とある国の王への献上物として捕らえられたが、酒に酔ったドロテアにその護送馬車を襲撃され、それが〈ブライト〉に仲間入りをしたきっかけだったと記憶している。ちなみにドロテアは、護送馬車を魔獣と間違えた、あとは覚えてないと話していた。本当に間違えたのかは、ドロテアしか知らない。
「あたしの魔法で、臨海公園まで行くの。で、女ったらし野郎をひっ捕まえて、またあたしの魔法でキャラバンまで戻る! これしかないと思うのだけれど、どうかしら?」
「とてもいいです。でも、それだとヘレナさんがしんどくないですか?」
「しんどいわよ。その分、今日はあのスケコマシに倍働いてもらうからいいの」
キャラバンの女はやはり強い。見習わなくては、とシャーリィは思った。
「さ、うかうかしてられないわ。臨海公園へ行きましょう」
ヘレナは、シャーリィとアルマの手を取った。
「あたしの移動魔法は、二人以上じゃないと発動できないの。みんなで手を繋ぐことで、あたしの魔力を循環させて、指定の座標位置に飛ぶ感じね」
「え、ちょっと待って」
アルマが片手を上げた。眉を顰めて、困惑しているようだった。
「俺、魔力なんてないと思うんだけど」
「何よそれ? そんな人間いるの?」
そういえば、ヘレナにはアルマが異世界出身疑惑であることを話していない。あまりにも馴染んでいるので、すっかり忘れていた。
「訳は、後で頭領から説明があると思いますが……いるみたいなんですよ、魔力のない人間が」
「ふぅん……」
ヘレナは、改めて頭のてっぺんからつま先までじっくりとアルマを見た。美女に凝視されて緊張しているのか、アルマの動きはどこかぎこちない。助けを求めるようにシャーリィの方を見てくる。
「……シャーリィがいれば、移動魔法は成立するけれど。せっかく君も来てくれたんだもの、仲間はずれは良くないわよね」
そう言うと、ヘレナは腰に提げた道具入れかをまさぐり、何かを取り出した。アルマに差し出されたのは、普通の防具屋でも売っているような、何の変哲もないグローブだ。
「ギルさん特製『テレポグローブ』! こういう時のために、渡されていたのよ」
シャーリィは、馬車の中で見た商品リストを思い出した。テレポグローブ。それは、どんな魔法攻撃も通してしまう魔物から採取した特殊な繊維を編み込んだ、装着型の魔道具だ。効果としては、魔力が少なかったり枯渇してしまった者にも、ある程度の魔力を与えることができる。
「アルマの場合、体の中に魔力の回路を作るだけになるわ。これで、君が魔法を使えるようになるわけじゃないから……そこんとこよろしくね」
「あ、ちょっと残念」
グローブを受け取ったアルマは、さっそくそれを身につけた。たまに、初めて魔道具を持つと拒否反応を起こす人がいる。そのため、彼に異常が起きても平気なように観察していたが、特に問題もなく装備できたようだ。
「さぁ……準備はいいかしら?」
円形になるよう三人は手を繋いだ。シャーリィは、万が一にもアルマの手を離さないように、しっかりと握りしめる。
「それじゃあ行くわよ――『移動』」
ヘレナが呪文を唱えると、眩しい光が辺りを包み込んだ。刹那、体が粒子状になったかと思えば、さらに細かく霧散し、引き伸ばされ、また元に通りになった。何度も何度も分解されては再生を繰り返す。
シャーリィも、今回が移動魔法を初めて体験したわけではないが、この存在自体が歪むような感覚は未だ慣れない。
……やがて光は収束し、体の実体感が戻ってきた。数回目を瞬いて、くらくらする頭と視界をはっきりさせる。
「すっげ! マジで秒じゃん! まさか、生きてるうちに瞬間移動しちまうとはなー!」
たぶん異世界人・アルマは大興奮だ。魔法がない世界から来たのなら、妥当な反応なのかもしれない。
「戻ってこられたわね」
ヘレナは、目の前に広がる大海原には見向きもせず、獲物を狩る鷹のような眼力で、自身の相方を探し始めた。
シャーリィが、この人やっぱりちょっと怖いな、と思ったのは内緒の話である。
区切ったら短くなりました。
次回は8月18日の昼か夕方に更新します。




