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6.タリーの街

 翌朝。ギルの宣言通り、日が昇り始めて間もなく、一行は野営地を出発した。


 シャーリィは、起床してすぐ二日酔いの師匠に水を飲ませ、昨夜そのままにしていた作業台やその他の荷物を片付け、全員分の朝食を作り食べさせた。まだ眠たいのか、ぼんやりウトウトしているアルマを見て、何かを忘れているような気もしたが、キャラバンの『徒弟』にそんなこと考えている暇はない。あれこれと出発の準備を手伝ったりしている間に、何かを忘れていることすらも忘れてしまったのだった。


 次に向かうは、明るく陽気な民たちが築き上げてきた海の上の商業都市・タリー。もともと海や自然か豊かな土地なため、貿易するより自分たちで物作りした方が早いのでは、ということで生まれたそうだ。


 ドロテアやギルは、〈ブライト〉結成前にそれぞれで訪れたことがあったらしいが、シャーリィは今回が初めてだった。大きな国、栄えている街は何度も見てきたが、行ったことのない場所へ行く時はいつも胸が高鳴る。


 移動中は、馬車の中で商品の準備をしたり、実際に商売をする際の打ち合わせをする。たまに魔物と遭遇してしまうこともあるが、〈ブライト〉は頭領の意向で討伐はしない。それでも好戦的な魔物が襲ってきた時は、致し方なく応戦する。


 もっとも、狩りや戦闘が得意なドロテアは、ストレス発散と言わんばかりに大暴れするのだが。それの後始末をするのは弟子であるシャーリィだから、程度というものを知ってほしいと常日頃から思っていた。


 かくして、そわそわしているシャーリィ、二日酔いで白目をむいているドロテア、久しぶりの御者台で慌てているギル、そしてあらゆる景色に大興奮なアルマを乗せた馬車は、タリーへ続く街道を進んでいった。




 海沿いを歩くこと約三日。時刻は、朝と昼の真ん中くらいの丁度いい時間。小高い丘を下り、一行はタリーの街に到着した。


「さ、着いたよ。馬車から降りてね」

「んじゃ、開けるからね。あんたたち、堂々としてるんだよ」


 ドロテアが閉じられた門に左手をかけると、一瞬だけ強い光を放ち、それからゆっくりと開いた。


「どういう仕組みなんだ?」


 アルマが不思議そうに尋ねる。


「師匠の魔力に反応してるの。大抵の魔物は闇属性だから、それ以外の魔力で開くようになってるんだって」

「へぇ……かっけぇ……」

「行くよ、シャーリィ、アルマ」


 いつの間にかドロテアたちは門をくぐっていた。二人は急いで追いつく。


「待ってたわ! 〈ブライト〉!」


 街に足を踏み入れた途端、黄色い歓声が浴びせられた。シャーリィはびっくりして、思わずアルマを盾に一歩下がる。アルマにはジト目で見られたが、知らんふりをした。


「ドロテアー! 今日はウチで飲んでいけよ!」

「キャーっ! ギル様ーッ! こっち向いてー!」

「宿は決まってんのかー! 安くすんぜ!」


 陽気で珍しいもの好きな人々に、シャーリィに盾にされたまま、アルマはせわしなく目を動かしていた。

 ふと、言葉が二重や三重に聞こえる、と言っていたことを思い出す。いきなりこんな大勢の中に放り込まれたなら、頭の中がごちゃごちゃするのではないだろうか。


「アルマ、大丈夫?」

「人を盾にしといてよく言うぜ。ま、大丈夫ではないけど。キャラバンって、いつもこうなのか?」

「うん、まぁ……。でも、私が見てきた中でいちばん凄いかも」


 皆、店や家の窓から顔を出し、手を振ってくれている。まるで、国賓にでもなった気分だ。それが自分一人に向けられたものではないとしても、到着を祝い、歓迎してもらえるのは嬉しかった。


「…………」


 一方でアルマは、忙しなくあちこちに目線を遣り、しきりに周りを気にしているようだった。民衆の勢いに押されているのだろうか。それとも……何かを探しているようにも見える。


「ねぇ、何を見てるの? 面白いものでもあった?」

「いやさ、いねぇかなって思ったのよ」

「……誰が?」

「……ん? 俺、また一人で喋ってたか?」


 完全に様子がおかしい。あまり具合が良くなさそうだ。


「大丈夫? 少し休む?」

「いーや、問題ないぜ。しっかし、こんなキャーキャー言われてたら、アイドルにでもなったんじゃねーかなって錯覚しちま…………おえっ」

「言わんこっちゃないねちょっと。こんなところで吐くんじゃないよ?」


 前を歩くドロテアが振り返り言った。


「すびばぜ……ぐぇっぷ」


 アルマは口元を押さえて青ざめる。


「おっと、人酔いしちゃったのかな。シャーリィ、人が少ないところに連れて行ってあげて。あと、そろそろ商売を始めるから、ついでに“彼ら”を探してきてくれると助かるかな」

「あの二人……ですね。わかりました、頭領!」

「僕らは、宿に荷物を置いた後、大通りで準備をしているから……よろしくね」

「はい!」


 人の波が途切れた場所を見計らって、シャーリィとアルマは路地に入り込んだ。そのまま裏通りを抜け、休めそうなところを探す。


「なぁ、迷いなく進んでっけど、シャーリィはこの街初めてじゃねーの?」

「初めてだよ。でも、立地や風土から、どこに何があるのか想像できるようにならないと、一人前にはなれないって……師匠に言われてるから」


 シャーリィは考えた。タリーは海辺の観光街。ならば、海を臨む広場なんかがあってもおかしくはない。それに、今は〈ブライト〉を一目見ようとほとんどの人が大通りに出ている。いつもは観光客でいっぱいな場所も、今だけは閑散としているはずだ。


 より、潮の香りが強い方へ。勘を頼りに歩いていくと、長い階段が現れた。


「アルマ、これ登れそう?」

「いけるいける。これでも俺、陸上部で長距離走やってたんだ」

「リク……そうなんだ?」


 人の声が遠のいたからだろう、アルマは軽口を叩けるほどに回復してきた。高台へ続く階段を、シャーリィよりも先にどんどん登っていく。


「早く来いよ! めっちゃ景色キレイだぜ!」

「あなたねぇ……」


 心配して損した、とは思ったが、口には出さなかった。元気なのは何よりも良いことだ。


「おい、シャーリィ。マジやべーって……」

「景色がいいのはわかったから」


 階段を登りきり、アルマの横に並ぶ。


 目の前には、大海原が広がっていた。太陽の光を反射し、宝石のように輝いている。遠くの喧騒を波の音が優しくかき消してしまうため、同じ街とは思えないほど静かだ。


 高いところから見ると、この街が海の上に築かれたのだとよくわかる。まるで大きな橋を増築してできたみたいだ。手すりに体を預けじっとしていると、街全体が少し揺れているように感じる。


「やっぱり西の国は海が綺麗だなぁ」


 風に揺れる透明な水面を眺めていると、不意に懐かしさがこみあげてきた。そんなに多くの国を見てきたわけではないのに、海は西の国が一番だとなぜか知っている。


 記憶も辿れないほど昔に、来たことがあるのかもしれない。一体誰と……?


 シャーリィは深い思考の中に入ろうとしたが、隣のアルマの様子がおかしいことに気づき、そちらを見遣った。


「……異世界サイコー」

「……ん?」


 アルマは、海の方を見てはいなかった。じゃあ何を見ているのか。その視線の先には、ベンチに座った金髪の女性がいた。


「どえらい美女がいるぜ……」

「…………」


 何かを言う気も失せる。ドロテアと会った時もそうだったが、この異世界人(仮)は美しい華がお好きらしい。


(華そのもの、というよりは、付随する二つの柔らかいお山が好きなだけだろうけど)


 シャーリィは、自身の断崖絶壁にため息をついたあと、すぐに気持ちを切り替えベンチに座る“どえらい美女”のもとへ向かった。


「あっ、ちょっ、シャーリィ! そんな、俺まだ心の準備が……」


 わけのわからないことを言うアルマを引きずり、女性の目の前に立つ。目を閉じ海風の中で微睡んでいた女性は、顔を上げ長い睫毛を瞬かせた。よく晴れた日の青空のような瞳が、シャーリィの紅玉の瞳と交じり合う。


「こんにちは、ヘレナさん」

「あら、シャーリィじゃない。ということは、無事に到着したみたいね」


 金髪の美女は、嬉しそうに微笑んだ。


「……その子は?」

「紹介しますね。彼はアルマ。訳あって、一緒にここまで来たんです」

「ギルさんったら、また迷い犬を拾ったのね」


 そんなところです、とシャーリィは頷く。その横で、アルマが首を傾げていた。


「ふふ。あたしはヘレナ。ヘレナ・フロンソーレよ。〈ブライト〉の一員で、主に偵察を任されているの。迷い犬同士、仲良くしましょ」

「〈ブライト〉って、三人だけじゃなかったんだ……。ってか、偵察って……すげーな」


 アルマは目を輝かせている。この際どんなことにも興味を示すから面白い。逆に、何になら無関心なのか知りたいところだ。


「偵察隊にはね、もう一人……あたしの相方がいるんだけど。見なかった?」

「見かけていないですね……。でも、もうすぐ商売が始まりそうなので……私、探してきます」

「えっ、悪いわ。あたしも一緒に行く。君も行きましょう?」


 ヘレナが手を握ると、アルマは頬を赤く染めて照れた。そして、即座に我に返ると、


「もちろん、ご一緒します」


 と言った。


 対美女用に作られた声と表情に、シャーリィは冷ややかな視線を送っておいた。

初めてなので分からないことだらけですが、読んでいただけるのが何より嬉しいです。

次回は8月17日の昼頃に……手動投稿とやらを試してみようかな。

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