5.飴と鞭と神
そして、ようやく日が暮れた。
暗くなる前に戻ってきたドロテアとギルは、狩ってきた獣や取ってきた木の実を手早く調理し、三日ぶりのまともな食事ができあがった。
アルマはちょうど食べ盛りで、出てきた料理をもりもり食べた。最初は獣の肉をそのまま焼いて食べることに難色を示していたが、一度口をつければ抵抗はなくなったようだ。
「まっ、美味くないわけがないよね。私が前に所属してたキャラバンの、頭領の奥さん直伝の調理法だもん」
料理係のドロテアは、今日も自信満々に胸を張った。彼女の料理は、旅をしない一般人ならまず食べないような獣を、隅々まで美味しくいただける。味付けは少し濃いめで、お酒によく合うんだとか。
夕食時の楽しげな雰囲気が漂う中、シャーリィは一人焚き火のそばから離れた。余った肉の加工をしなければならない……というのは言い訳で、なんとなくあの輪の中に入って行き辛さがあったからだ。いい加減この人見知りを治さなくては、と思ってはいるが、なかなか上手くいかない。
(お父さん、お母さん、私は今日もダメダメでした)
記憶の中にある父と母の顔は、ぼんやりと曖昧だ。八歳のときに修行のためにと旅に出され、それ以降の十年間はドロテアとギルと世界中を回っていた。そのため、シャーリィにとって二人は旅の仲間であり、親代わりでもあった。魔法もろくに使えず、狩りも戦闘も商売もパッとしない自分を、ここまで育ててくれた恩もある。
「いつまでもダメダメの下っ端じゃいられないよね」
「そうだよー。あんたは、一刻も早く強くなってもらわないと」
「ですよね。私もそう思って……えっ?」
後ろを振り返ると、藍色の髪を括ったドロテアが立っていた。シャーリィは、慌てて姿勢を正す。
「あれ、食事をしていたんじゃ……?」
「してたよ。けど、腹いっぱいになったら、アルマがウトウトし始めてさ。今、ギルが寝かせてる」
食べたら眠くなるなんて、まるで赤ん坊のようだ。口には出さなかったが、ドロテアは言いたいことはわかるぞ、と言わんばかりにシャーリィの肩に手を乗せた。
「し、師匠もお疲れ様なんじゃないですか? 片付けはやっておくので、水浴びしてお休みになっていてください」
「まーね。疲れてはいるけど」
ドロテアは、後ろからそっとシャーリィを抱きしめた。
「師匠として、弟子の心の均衡を保つのも仕事なんでね。あんた、すぐ一人で抱えるから」
「……ほんとに敵わないです、師匠には」
「あったりまえでしょ。私を誰だと思ってんの」
夜の冷たい風の中、師の体温に包まれる。この瞬間だけ、いつもシャーリィが抱えている漠然とした不安や焦りが消えた。かつて母の腕に抱かれていた時を思い出すからだ。しかし、ドロテアにお母さんみたい、と本音を言ったら「そんな歳じゃない」と怒られたことがあったので、思っても言わないようにしている。
黙って、ドロテアからの“飴”を享受する。
「それにしても、自称とはいえ転移者ねぇ……。世界はこんなにも広いのに、まさか少数キャラバンの私たちのところにやって来るとは」
「もっと大きなところに拾ってもらえれば、彼の正体もわかったんでしょうか……」
「どーだろうね。まぁでも、私たちのところに来たってことは……これもまた、逃れられない運命ってやつなのかな」
そう呟いて、ドロテアは自嘲気味に笑った。
「師匠、それってどういう……」
シャーリィは、逃れられない運命とは何なのか訊ねようとしたが、後ろでドロテアが首を横に振る気配がしたのでやめておいた。きっとまだ、自分が知るべきではない。その時では無いのだと言い聞かせる。
「んー、なんかシャーリィあったかくて、眠くなってきたぁ」
「えへへ、師匠もあったかいです。寒くない」
「まじぃ? 可愛いこと言うじゃん」
さらに強く抱きしめられた。ドロテアが使っている香水の香りに紛れて、麦酒のにおいもした。いつの間に飲んでたんだ、とシャーリィが呆れたのと、
「ぷすー…………ぐぅ……」
耳元で寝息が聞こえてくるのが同時だった。
「え、ちょっと師匠?」
「すぷぃー……」
「えぇ……待って重たい……」
軽装備だが胸部には鎧を身につけているため、全身でのしかかるとかなり重い。非力なシャーリィは、支えきれずに膝から崩れ落ちていく。
「し、ししょ……おきて……」
頬をぺちぺち叩いても起きる気配がない。一体、何杯飲んだのだろう。いつも以上に機嫌がいい時点で、酔っているのだと気づけたらよかったのだ。
「もうむり……立てない……」
「――こんなところにいた!」
神の声が聞こえた。腰まで伸びた白髪をなびかせた美しい神が、シャーリィにもたれかかっているドロテアを軽々と回収していく。
「かみさま……?」
「僕だけど……?」
大丈夫かい、とギルが顔を覗き込んできた。寝る準備をしていたのだろうか、髪を下ろしたギルは、美の暴力ともいえる破壊力だ。シャーリィは反射的に目を逸らしてしまった。
「まったく……シャーリィにこれからのことを伝えてくるって言ってたのに。何か聞いた?」
「いえ、何も……」
ギルが長いため息をつく。
「さっき、ちょっとだけ話したんだ。これからの……タリーの街で商売が終わったあとのこと」
「次の行先が決まったんですか?」
「うん。次は……ルーアイト王国に行く」
シャーリィは、頭の中に世界地図を思い浮かべた。ルーアイト王国といえば、極東の地にある世界有数の大国だ。この大陸からなら、船を使っても五日以上はかかる。
「また長旅になりそうですねぇ」
「だね。しかも、船では魔法の練習とかもさせてあげられないから……退屈になっちゃうかもしれない」
「気にしないでください。ちなみに、どうしてルーアイトに?」
「彼のことさ」
彼。アルマのことだ。シャーリィは、なんとなく察しがついた。
「目的は女王様、ですか?」
ルーアイト王家の者は、特殊な力を持って生まれることが多い。中でも、現女王は“魂の判別”という力をもっており、世界中の罪人の断罪なども執り行っているらしい。
「もしもアルマが、本当に異世界から来たのなら……僕らは彼を守らなくてはならない。でも、いかんせんウチは人手不足だから、タリーで放すよりルーアイトで保護してもらおうって、ドロテアさんが」
「師匠が……? もっとアルマのこと警戒しているものだと思っていましたが」
「まぁ、警戒はしている方だと思うよ。麦酒も、いつもの半分しか飲まなかったし」
それでも十分すぎる。酒が得意ではないシャーリィにとっては致死量だ。
「シャーリィの方は、アルマのことをどう思う? まだ人見知りしてるかな」
「仲良くは……なれたと思います。魔導書の文字を教える約束をしました」
「それはいいね!」
ギルは手を打ち合わせ微笑む。
「馬車での移動中は難しいかもしれないけど、船に乗ったらたくさん教えてあげて。彼、しばらくは僕らの仲間だからね」
安心した。少なくとも、文字が読めない状態でアルマを放り出さずに済みそうだ。
「それと……彼の正体がハッキリするまでは、光の力や伝説のことはあまり話さないでおこうね。重圧かけちゃうのも悪いし……」
あの好奇心旺盛なアルマの性格なら、自分に光の力があるんだと知れば、飲めや歌えやの大騒ぎをしそうな予感もするのだが。
「そうですね」
とりあえずは、頭領に従っておくことにした。
「さて。とりあえず明日も早い。シャーリィも、もうテントに戻ろうか」
「あ、はい。では、ここ片付けたら休ませていただきます。師匠のこと、よろしくお願いしますね」
「うん、任せて」
ギルがドロテアを肩に担ぐ。二人がテントに向かったのを見届けて、シャーリィは片付けに取り掛かった。
まずは、作業台に出しっぱなしだった調味料をケースにしまい、肉は専用の容器に入れる。
一見すると自鳴琴のようなそれは、ギルが創り出したれっきとした魔道具だ。側面の取っ手を回すと、炎属性と風属性が活性化し、中の空気がカラカラに干からびる。そこに肉を入れておけば、一晩で長持ちかつ美味な保存食ができあがるのだ。
(よく考えつくよなぁ……)
ギルは、世界でも指折りの制作魔法の使い手。どの品も質が良くすこぶる高い値がつくし、各地にファンも多いためどこへ行っても飛ぶように売れる。現在の〈ブライト〉は、彼の魔道具の売上で成り立っていると言っても過言ではない。
制作魔法は、キャラバン運営の基礎中の基礎。これができてようやく、一人前と認められる。シャーリィも、『下働き』から『徒弟』になる際にドロテアから試練を受け、この魔法を習得した。
「できないことはない、けれど……」
久しぶりにやってみたくなった。水桶に手を浸し、調味料を洗い流す。そして、手近な枝を拾い、魔力を込めた。
「この大きさなら……短剣くらいならいけるかな」
深く集中する。短剣といえば、ドロテアが獣の解体に使うものが思い浮かんだ。木製だから切れ味が良いものは作れないが、似た形状のものならいけるだろう。
イメージが鮮明になってきたところで、そっと目を閉じ詠唱した。
「――製作」
手のひらから小さな光が溢れる。ギルほど早くはないが、ゆっくりと枝が形を変えていく。しかし、それと同時に違和感を覚えた。もとの大きさよりも、枝が小さくなっていく。
「…………あれ?」
できあがったものは、想像していたものとだいぶ違った。シャーリィの小さな手にも収まるほどの小型の短剣。木でできているのも相まって、とても戦闘には使えそうにない。強いていうなら飾りもの、置物程度か。
「……仲間になった記念ってことで、アルマにあげよっと」
体よく押し付けると決め、シャーリィは短剣を馬車の荷台に置いた。
ふと空を見上げると、風に揺れる木々の間から星が覗いていた。辺りは静かだ。ドロテアもギルも、とっくに休んでいるだろう。
「私も寝よう。朝起きられなくなっちゃう。水浴びは……それも朝にしよう」
シャーリィは、誰にも見られていないのをいいことに大きなあくびをした。特に眠くはなかったが、寝られるとわかれば自然と睡魔が襲いかかってくる。
野営地を守る結界が正常に機能していることを確認し、半分夢の中に迷い込みながらテントへ向かう。
だから、シャーリィは気づかなかった。
馬車の荷台で、失敗作の短剣が淡い光を放っていことに――
ドロテアが飲んだのは、だいたいジョッキ6杯くらい。これでいつもの半分ということは…………
次回は8月16日中に更新予定です。




