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35.気に入ったから

 ルッツは無邪気な子供のように笑うと、不意にシャーリィから離れ、指輪だらけの手を打った。ぱちんと乾いた音が図書館内にこだまする。目の前のオブジェクトが、一瞬だけ光った。


 すると、ぼんやりしていた頭が、途端に晴れやかになった。何が起こったのかわからず、シャーリィは目をぱちくりさせる。


「ルッツさ……えぇと、ルートヴィヒ騎士団長、一体何を……?」

「あ〜、呼び方はルッツのままでいいよ。その方が慣れてるから」


 ルッツはなぜか嬉しそうだ。


「気づかなかった? おれ、魔法使ったの。思考をおれの思うままに操る魔法……『魅惑(アトラクト)』をねぇ」


 全く気づかなかった。知らないうちに思考を切り替えられていた。そもそも、シャーリィが〈ブライト〉を離れようなんて思うはずがないのだ。


「ひどいです」

「ちょっと試しちゃった〜ごめんごめん」


 とても楽しそうで腹が立つ。シャーリィは頬を膨らませた。


「でも、魔法の効きはよかったけど、解かれるのも早かったよねぇ。おれの『魅惑(アトラクト)』を打ち破るくらいに、心に強く想っている人がいるのかな」

「えっ」


 そう言われて真っ先に思いついたのは、真っ白な長い髪を持つ柔和な笑みの男。


「なっ、なんでギルさんが出てくるんですか!」

「おれは知らないよ〜」


 いつもこうだ。好きな人、気になる人の話題が出ると、必ずギルの顔が浮かぶ。そんなんじゃないはずなのに。家族同然の彼に、そんな感情を抱いてはいけないのに。


「ギルって……きみの所の頭領だよねぇ。なになに、好きなの?」


 そして皆、同じことを聞いてくる。


「すすす好きじゃないです!」

「じゃあ嫌いなの?」

「嫌いな……わけないじゃないですか!」

「なんだよ〜めんどくさいなぁ」


 言われなくてもわかっている。何せ、シャーリィが一番めんどくさいと思っているのだから。


 ギルへの気持ちが加速する度、やっぱり好きだと自覚する度、膨れ上がる恋心に『気のせい』と蓋をしている。その行為が、たいへんめんどくさい。好きなら好き、どうでもいいならどうでもいい、そう正直に言える関係になりたかった。


「って、この話はいいじゃないですか!」

「え〜。おれは好きだよ、恋バナ」

「私は得意じゃありませんっ」

「ちぇ、つまんないな〜」


 一刻も早くこの話題を終わらせたい。ルッツの最後の言葉は聞かなかったことにして、シャーリィは何事もなかったかのように話を戻した。


「それで? なぜ、私に魔法をかけたのですか? 試した、と仰ってましたが……」

「あーうん、あれねぇ。別に、深い意味なんてないよ。他属性と相性悪いって言われる聖属性が、どんなもんか見たかっただけ」


 あまりに適当な理由に、拍子抜けしてしまった。そんなことで、いちいち魔法をかけないでほしい。今回は運良く自力で打ち破ることができたが、もしも魅惑されたままだったら……と考えると、恐ろしくてたまらない。


 図らずも頭領のおかげです。シャーリィは、店番をしているであろうギルに感謝の念を送る。


「でも、興味深いね、聖属性って。きみが力を得たら、もっと知れるのかなぁ……!」


 一度離れたルッツが、再び近づいてきた。シャーリィは後ずさるが、後ろは本棚。背中に、古書のひんやりとした感触が伝わる。


「きみのことは気に入ったから、騎士団に入らなくても魔法のことは教えてあげるよ。滞在期間はあと二日? なら十分だねぇ!」

「いやいや、なんか申し訳ないですよ! だってルッツさんは騎士団長でしょう? お忙しいのでは……」

「おれが〜? 忙しそうに見える〜?」


 見えないけれども。……とは言えず、シャーリィは微妙な返事しかできなかった。


「困ってるの? 可愛いねぇ。まぁ、決して暇ではないけど、きみのために時間を作るよ。おれ、気に入った子には甘いんだ〜」

「は、はぁ……」


 ルッツは、困り果てるシャーリィの手を取り、近くの机まで連れて行った。そして、流れるような優雅な動作で椅子を引き、そこにシャーリィを座らせた。


「シャルちゃん見ててねぇ」


 ルッツはにやりと口角を上げ、人差し指を立てた。紫色の魔力が、彼の体を覆う。そして、いくつかの本棚を指すと、魔力をかき混ぜるように指をくるくる回した。


「『操作(オペレート)』」


 呪文を唱える。すると、示された本棚から、何冊かの本が飛び出してきた。本はふよふよと空中を浮遊し、こちらに向かってくる。


「凄い……!」


 ここまで精度の高い魔法を見るのは初めてだ。思わずシャーリィが感嘆の声を上げると、ルッツは少し嬉しそうに笑った。


「凄いでしょ〜。おれは魔法の天才だからねぇ。でも、きみだって素質はあると思うから、練習すればできるようになるよ」

「そう、でしょうか」

「うん。だいじょーぶだよ、おれが教えてあげるし。〈ブライト〉に戻ればドロシーだっている。ドロシーも、もうきみの力を制限したりしないさ」


 ルッツは、一体どこまで事情を知っているのか。女王やアーノルドも訳知りのようなことを言っていたし、何も聞かされていない、覚えていないのは自分だけなのかもしれない。


 当事者なんだけどな、とシャーリィは少し悲しくなった。


「さぁてシャルちゃん、落ち込んでる暇はないよ。きみには、滞在期間中に聖属性の魔法五つを、ぜーんぶ覚えてもらうからねぇ」

「えぇ……」


 いくら何でも急すぎる。昨日、やっと自身の属性が判明したというのに。そもそも、この男に気を許した訳ではないし、実はまだ騎士団長のふりをした不審者なのではないかと思っている。


 本当に、この人から手ほどきを受けて良いものなのか、シャーリィは大いに迷っていた。


 あくまでも自分の師匠はドロテアだ。彼女以外の人に教えを乞うのは失礼にあたるのでは、と未だに考えている。それに、目の前のこの男がまだ怪しく見えていた。


(でも……早く力をつけたいのは事実だし、もしルッツさんが悪い人でも、助けを呼べば誰かしらは来てくれる……よね)


 幸い、図書館は騎士団の訓練所が近い。ルーアイトの騎士は熱心で、常に何人かは訓練所で剣を振るっている。それこそ、今はアルマがいるはずだ。


 いざとなったら、アルマに稽古をつけている騎士に助けてもらおう。そう心に決めて、シャーリィは顔を上げた。


「やぁ、決まったようだねぇ」


 ルッツは、魔法で呼び寄せた本を退屈そうに積み直しながら言った。


「おれのこと、まだちょっと警戒してんの?」

「はい」

「うーん、素直なところも可愛いねぇ」

「…………」


 いちいち口説いてくるのをやめてほしい。ジト目で無言の抗議をすると、ルッツはおどけた顔で肩を竦めた。


「それじゃあ、始めようか? きみとおれとの、秘密の特訓を……」

「その言い方ちょっと嫌ですが……よろしくお願いします」

「強くなって、ドロシーをびっくりさせようねぇ〜」


 こうして、不審者ルッツこと魔術騎士団長ルートヴィヒとの、魔法練習が始まった。

筋トレは順調ですが執筆は不調です。

なので次回は10/1になるかと思ひます。

隔日じゃなくて2日おきになってんなぁ。

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