3.転移者?
そんなこんなで、水の音が強い方へ歩く途中に、この全裸の青年を発見したのだった。
『こ、ここはなんだ!? 起き上がれねぇ……! お前は誰だ!? 髪色ピンクってヤバくね!? てか俺……なんで素っ裸なんだよ!』
青年は忙しなく辺りを見回し、何かを訴えかけてくる。しかし、それはシャーリィが知るどの言葉でもなく、理解ができなかった。
どこかの民族の子なのかも、とシャーリィは考えた。であれば、言語に明るいギルなら青年の言葉がわかるかもしれない。下手に刺激して襲われるより、ギルが来るまで待っていた方がいいだろう。杖を足元に置き、攻撃の意思はないことをアピールする。
『あの……せめて、その、ここを隠す布とかくれません……? 葉っぱとかでもいいんで……』
青年は尚も何かを訴え続けるが、シャーリィは答えてあげることができない。
『なんだここ……外国か……? 俺、外国語わかんねーよ……』
(ごめんね、君。頭領が来るまでの辛抱だから……)
喚いていた青年もいつの間にか話さなくなり、辺りはシンと静まり返った。気まずい空気に耐えていると、やがて人の足音が聞こえてきた。振り返ると、そこには駆け足でこちらへ向かってくるギルの姿があった。
「あぁシャーリィ! 平気? 悲鳴が聞こえたけど……怪我してない?」
「はい、無傷です。それより……」
シャーリィは青年に目を向ける。ギルも、その視線を追う。そして、裸の青年が横たわっているのを視認すると、短く「うわ」と声を漏らした。
「この方……私じゃ言葉が通じなくて。頭領ならわかるんじゃないかと思って、待ってました」
「なるほどね。了解、話してみる……と、その前に」
ギルは、自らのローブを横たわる青年に被せた。
「大事なところ丸出しじゃ、可哀想だからね。どうかな? 僕の言葉、わかる?」
『え……なんだ……? あ、ありがとう……め、メルシー? 謝謝? せ、センキュー?』
「……え」
青年の言葉に、ギルが驚いたように目を見開いた。
「これは……参ったね」
「も、もしかして頭領にもわからない言葉なんですか……?」
「いや、わかるよ。僕はね。けど……たぶん彼がわからないから」
ギルの指先に光が宿った。周囲に魔力が充満する。沢山のルーンが刻まれたその光は、彼が得意とする実戦魔法の一つ、言語魔法だ。術者が理解できる言葉を、対象にも同程度の言語能力として授ける効果がある。シャーリィも、それでいくつかの国の言葉を教わった。
「さて……そろそろだね」
言語魔法は、魔力を帯びた指で触れるのが発動条件だ。ギルは青年に近づき、片手で前髪を上げると、
「えいっ」
『いでっ!?』
なかなか強い力でデコピンした。
「これで大丈夫なはず。……君、僕の言ってることがわかるかな?」
『わ………』
青年は、草むらの中で目を輝かせる。
「わかる! すげぇ! わかるよ!」
「それは良かった!」
魔法はしっかり効いたらしい。青年が興奮し大喜びする様子を見ていると、つられてシャーリィも嬉しくなった。何を言っているのかわかるだけで、彼への警戒心が解けていく。
「助かったよ、ありがとう。あんたら……一体何者なんだ?」
「僕らはキャラバン<ブライト>。世界を希望の光で満たすため、品物を作っては売り歩く商隊さ」
「ブライト……へぇ、なんかかっこいいな!」
褒められてギルは少し得意げに目を細めた。
「ところで、なんだけど。君は素っ裸で何をしていたんだい? 趣味?」
「しゅ……!?」
「シャーリィ、世界には色々な好みを持つひとがいるんだよ。裸で草むらに寝転ぶ……そんな趣味があってもおかしくないさ」
「いや、違います違います」
青年が、もぞもぞと起き上がろうとする。どうやら上手く体が動かせないようだ。咄嗟にギルが手を伸ばし、上体を起こさせる。
「まったく……人を変態のように言うなよな。だいたい、あんたらだっておかしいだろ、その格好。白髪にピンク髪って……こんな田舎でコスプレ大会でもやってるの?」
「こす……?」
言葉は通じるようになったが、所々意味が汲み取れない。シャーリィは、助けを求めるようにギルを見上げた。
「コスプレね。わかりやすく言うなら、服や化粧を真似て違う人になりきることかな。世界にはそういう文化もあるんだよ」
「へぇ……。なら私たち、コスプレではないですね。これが普通ですから」
「その通り。僕らのこの格好は、コスプレじゃない」
青年は、泣きそうな表情でこちらを向く。
「じゃあここは何だってんだよ。寝てたらいつの間にかマッパで草原に放り出されて……家に帰りたいよ……」
「どこから来たのかわかれば、僕たちが家まで送るよ」
「それはありがたいけど……なぁ、ここの地名を教えてくれ」
「え? うーんと、ランシーブの街とタリーの街の中間くらいかな」
どちらも商業や観光が盛んな大きな都市だ。特に、現在向かっているタリーという街は、西の王都も近く人の往来も激しい。この森はその二つを結ぶ街道から少し外れた場所にあるが、食料となる木の実や獣が多く、旅人たちには絶好の寄り道スポットとなっている。知らない人はいないはずなのだが。
「聞いたことないな……舞浜まで帰るのにいくらかかるんだろ……」
「マイハマ……か。シャーリィ、知ってる?」
「うーん、わからないです」
シャーリィは考えた。噛み合わない会話、互いに知らない地名。青年がシャーリィたちの容姿を不思議に思うと同時に、彼の黒髪と黒目もこの辺りでは珍しい部類に入る。
彼はどこから来たのか。もしも“どこからも”来ていないのだとしたら。考えられることが一つだけあった。師ドロテアから聞いた、とある伝説の話だ。
「救世主……」
シャーリィはポツリと呟いた。
「頭領、私、師匠から教わりました」
――この世界が闇の力に堕ちるとき、別の世界から救世主が現れて、眩い光の力で私たちを助けてくれる
「この人が、この世界の人ではないとしたら……全部の説明がつくと思うんです」
光の力の有無は一旦置いておくとして、救世主が別の世界からやってこられるのであれば、青年がそちら側の人間でもおかしくはない。
ギルも、まじまじと青年を見つめながら「そうか……」と呟いた。
「それってつまり、異世界転移ってやつ? 向こうの俺はどうなってるんだ……?」
「然るべき人に見てもらえば、きっとわかるさ。うん、きっと大丈夫」
「と、頭領……?」
ギルが青年の前にしゃがむ。好奇心に満ちた少年のような表情をしている。シャーリィは、この後どうなるのか何となく予想がついた。
「僕、君が別の世界からの転移者なのか、はたまた記憶喪失の全裸趣味なのか……気になっちゃった」
「はぁ……それは俺も気になるけど」
「でしょ? それに、どうせ行くアテもないよね。ならさ……」
ギルはにっこりと微笑むと、その顔を青年に近づけた。
「僕らと一緒に来ない?」
「…………は?」
当たり前の反応だ。しかし、ギルの判断は正しい。こんな草むらに、何も装備していない裸の人間を置き去りになんてできない。このまま夜を迎えたなら、彼は間違いなく無惨な姿で次の朝日を浴びることになるだろう。森には食べられる獣も多いが、肉食で凶暴なやつらもいる。そして何より、夜は魔物が活発化する。とりあえず青年を野営地へ連れていくのは、概ね賛成だ。
シャーリィは、ギルの言葉を補足する目的で続いた。
「いいじゃないですか。ここにいるより安全です。一緒に行きましょう?」
「無理に、とは言わないけどさ。森を抜けるまで……どうかな」
「で、でも……」
青年が警戒するのも無理はない。彼が何者であろうと、シャーリィたちは見ず知らずの他人。はいわかりました、で気軽について行くには、出会ってからの時間が短すぎる。
空を見上げると、太陽は西の地平線にかかろうとしていた。もう間もなく、陽が落ち暗くなるだろう。あまり時間がない。
(仕方ないなぁ……)
シャーリィとギルは目配せをした。
「コホン。頭領、頭領? 積み荷の中に、不飛鳥の干し肉がありましたよね?」
「そうだねぇ。でも、そろそろ悪くなってしまいそうだから……今日中に食べないとね」
「師匠なら、硬い干し肉も上手く料理してくれますよ。この前の香草焼き……美味しかったですねぇ〜」
ちらりと青年を見る。彼は口を半開きにして、ぼーっと虚空を見つめていた。今、彼の頭の中は肉料理でいっぱいなことだろう。……いわゆる、食べ物で釣る作戦だ。
「……肉」
効果はあったらしい。青年はグーグーと腹を鳴らしている。
「この先には、僕らの野営地があるんだ。別に君を取って食いはしないから、一緒に来てくれないかな」
「…………最寄りの街まで、連れて行ってくれ、ますか」
「もちろんだ! キャラバン<ブライト>は、君を歓迎しよう!」
ギルと青年は、手を取り合う。
「立てそうかい?」
「おう! 立てる立て――」
そして、青年の下半身を隠していたローブがはらりと落ちた。
次回は8月14日のどこかで更新します。たぶん朝かな。




