27.リデルの魔法
ルーアイト王国に来てから二回目の朝。シャーリィとアルマは、食事を終え城のテラスで城下町の様子を眺めていた。〈ブライト〉の商売が始まってからというもの、町は女王もびっくりするほどの喧騒に包まれている。
が、急ごしらえで用意してもらったスペースなため、残念ながら全員で入ることができない。狭い場所で効率よく回すため、少数かつ一日交代で商売に挑むこととなった。実際に店を開けている時間も、いつもより短めに設定してある。
「初日はドロテアさんとヘレナさん、二日目はギルさんとシャーリィ、んで三日目の今日はドロテアさんとフラン……って、このシフトおかしいだろ!」
「何が?」
「だって俺、七日目……最終日しかシフト入ってないんだぜ? 戦力外だって言いたいのかよぉー!」
アルマは、せっかく〈ブライト〉の一員になれたのに、あまり商売の手伝いをさせてもらえないのが気に食わないらしい。初日の夜、ギルが勤務表を見せた時から、ずっとこんな様子だ。
それに、戦力外というのはあながち間違いではない。狭いスペースで、町中から押し寄せるお客さん捌く。その忙しさは、タリーの時とは訳が違う。経験の少ない者に教育しながら、なんて余裕はない。実際、まだ不慣れなシャーリィだって、七日のうち二日しか働かせてもらえないのだから。
「でも……ね、頭領だって色々考えてくれたんだから」
ルーアイトの民たちはとても噂好きだ。どこから流れたのやら、アルマの事情もほぼ大半が既に知っている。到着直後のあの騒動も考慮すると、アルマを城の外に出すのは危険だとギルは判断した。囲まれもみくちゃにされ、メッタメタになって帰ってくるのがオチだろうから、その判断は正しいと言える。
「こういうのってさぁ、体で覚えていかないと、いつまで経ってもできないままじゃん。俺たちこそ働かせるべきだと思うんだけどなぁー!」
「まだ言ってる。私たちはあくまで下っ端なんだから、頭領の指示に従うしかないんだよ」
「ちぇー。どこの世界も、上下関係ってやつはなくならねぇのな……お?」
つまらなさそうに城内の方を向いたアルマが、何かに気づき声を漏らした。シャーリィも振り返ると、テラスの入り口に侍女を伴ったリデルが慎ましやかに立っていた。
「ドリーから、二人はお休みだって聞いたの。お部屋にいなかったから、ここかしらって思って来ちゃったわ」
リデルは侍女を下がらせ、テラスに出てきた。緩く巻いた緑色の髪の毛がふわりと風に舞う。
「あなたたち、とっても仲がいいのね。いつも一緒にいるわ。もしかして、特別な関係なので」
「いえ、違います」
シャーリィは食い気味に答える。
「そんなすぐ否定しなくてもいいだろー! 俺ら仲良いじゃん!」
「ただの友だちです」
「俺はそれ以上だと思ってるけど? それこそ、あ・い・ぼ・う、とか!」
「やだ、変なこと言わないで。リデル様、全ッ然そんなことないですからね?」
「あらあらうふふ」
リデルは楽しそうにコロコロ笑う。つられて、シャーリィとアルマも笑った。三人でいる時間が、他愛もない話をして過ぎていくこの時間が、最近の共通の楽しみだった。大人に『仲良くしてやってくれ』と頼まれたからではなく、複雑な事情は無しに、シャーリィは気の合う友だちとして、リデルのことを好いている。ここには、たった数日でできたとは思えないほど、固い絆で結ばれた友情があるのだ。
しかし、リデルに関して気になるところも出てきていた。
「あぁ……そういえば、これから〈ブライト〉のお店が忙しくなるのに、二人はお手伝いに行かないの?」
リデルはたまに、少し先の未来の話をすることがあった。特に前触れもなく、今思い出しましたわ、なんて言うように話し始める。シャーリィには、それが不思議で仕方なかった。
「忙しく……なるんですか?」
「えぇ。じきに、ドリーとフランツじゃ回らなくなるわ」
「なぁ、なんでそんなことわかるんだ?」
「あら? わからないのですか?」
微妙な沈黙が流れる。シャーリィは、思い切って聞いてみることにした。
「も、もしかしてリデルさま……未来が見えたりする、とか……?」
「そうですけれど……シャーリィは見えないの?」
「え、まぁ……はい」
ルーアイトの人々は、未来が見えるのが当たり前なのか。いや、それならもっと世界的に有名になっているはずだ。おそらく未来視はリデルの魔法。しかも、本人には自覚がない。
言っていいものなのか、黙っていた方がいいものなのか。女王が知っているか否かでも変わってくる。
(……不確定なことが多すぎる。魔法のことは言わないでおこう)
リデルにとっては、未来が見えることが当たり前。今はそれでいい。シャーリィは脳内会議を終え、きょとんとする王女に向き直った。
「リデル様。この後の商売、どのくらい忙しくなりますか?」
「そうね……お客さんの数は今ここから見えてる比じゃないみたい。そろそろ……あなたたちを呼びに、誰かが来るわ」
当たってほしいような、ほしくないような。でもここで資金稼ぎができれば、次の街でいい宿に泊まれたり、野営の食料もある程度は揃う。踏ん張り時だ、とシャーリィは覚悟を決めた。
「へぇ、すげぇなぁ。俺、リデル王女と一緒に向こうの世界に帰って、宝くじの当たり番号とか見てもらおーかな……」
アルマの言ってる意味はよくわからなかったが、ろくでもないことを考えているのはわかった。シャーリィは、耳を貸さなくていいですからね、とリデルに囁く。
「ふふ。未来のお話を信じてもらえて嬉しいわ。みんな、リデルの妄想だって言うから……悲しかったの」
「それはマジで寂しいよな。でさ、できればでいいんだけど、年末ジャボンの一等当選番号とかって……」
「こーら。王女様を困らせな――」
言いかけた時、テラスの扉が静かに開いた。そこから、そっと顔をのぞかせる白髪の美男子。シャーリィの心臓が跳ね上がる。
「と、頭領……!」
「やぁシャーリィ。リデル様も、ごきげんよう」
胸に手を当て軽く頭を下げる略式の挨拶をして、ギルはシャーリィとアルマに目線を戻した。
「お話中にごめんね。お店が回ってないみたいだから、手伝ってほしいんだって。あ、アルマも来てね」
ようやく与えられた仕事だ。アルマの瞳がぱあっと輝く。が、ギルは真面目な表情で、
「アルマ、君はタリーの街で金貨七枚稼げていないんだからね?」
とだけ言って、返事も待たず去っていった。自分が言われた訳ではないが、シャーリィも思わず震え上がってしまった。
「い、行かないとですね……」
「そうね! さぁ、早くドリーの所へ行ってあげて!」
「はい。では……失礼します。行こ、アルマ」
「おう……。じゃーな、リデル王女。また明日にでも話そうぜ」
ひらひらと小さく手を振るリデルをテラスに残し、二人は城の中を早歩きで進んだ。この三日間で、内部の構造はある程度覚えられた。廊下が入り組んでいる居住スペースも、迷わず正しい道を行ける。
リデルの未来視についてなど、色々考えるべきことはあるが、今は商売を手伝うことが最優先だ。シャーリィは、無意識に歩みを早めた。
金貨七枚=7万円、頑張れアルマ。
次回は明日更新予定です……たぶん。




