26.生まれる場所
「そういえば、女王陛下と王配殿下は一体何をされているんです?」
お茶会も終盤、ふと話題が途切れたところで、シャーリィは気になっていたことを尋ねた。
「あ、それ俺も知りたい! イノリノマ? ってところに行くって言ってたよな」
アルマも、手に取ったクッキーを口に放り込んで言った。
「そうですね。お母様は、知っての通り神様から天啓を授かることができます。しかし、年々その力は衰えつつあるのです。なので、特別な部屋にこもって神様のお話を聞く必要があるみたいで。お母様が若い頃なら、アルマが何者か一瞬でわかることなのですが……」
リデルが目を伏せる。
「この力は、代々女王に受け継がれます。お母様も、リデルの年齢の頃にはもう天啓を授かることができたらしいです。でも、リデルはまだ全然。もしリデルが一生あの力に目覚めなければ、ルーアイトは世界での役目を果たせなくなってしまいます」
思ったより深刻な悩みに、シャーリィとアルマは聞いておきながら思わず黙ってしまった。物心ついた頃から旅人だったり、そもそもこの世界のことを知らなかったりな二人は、なんて言葉をかけるべきかわからない。
しかしリデルは、空気が重くなってしまったことをすぐに察し、
「あぁいけない! 後ろ向きな思考はやめなさいって、お母様にもドリーにも言われているのに……私ったら……」
と焦りだした。
「し、仕方ないですよ! そういう時もあります! 人間ですもの!」
「そうだぜリデル王女! たまには発散しないと潰れちまうぜ!」
シャーリィたちも慌ててフォローする。
「世界での役割とか、王女の責務とか、私たちはお力になれないかもしれませんが、ここにいる間だけでも、ありのままのリデル様でいてください」
「お二人とも……なんてお優しい……! リデル、感動いたしました! さぁ、もっとお菓子を召し上がって? 紅茶もまだたくさんありますの!」
時刻は夕飯前。城でもてなされる料理の数々が腹に入り切らないことは、もうなんとなくわかっていた。しかし、親交を深められた3人は、顔を見合わせて笑うのであった。
*
「……もぅ……何も食えねぇ」
リデルと別れ部屋に戻るや否や、アルマは腹を押さえて床に倒れ込んだ。出てきそう、絶対出てきそう、と頻りに呟いている。
それもそうだ。リデルに勧められるまま、お茶会に出てきたお菓子をパクパクと、それはそれは物凄い勢いでつまんでいたのだから。
しかしルーアイトの侍女たちは優秀で、この三人は夕飯を食べないかもしれないと情報を共有していた。テラスを出てから食事は要らない旨を話したにも関わらず、侍女たちは『何の問題もありませんよ』と微笑んでくれたのだ。あんな時間からお茶会を始めた時点で、どうなってもいいように準備はされていたのだろう。
それでも、初日から自分勝手をしてしまった申し訳なさに、シャーリィは深いため息をついた。
「ごめん……俺のせいで……」
「明日はちゃんと、ご飯をたべようね。ほら、食べてすぐ横になると体に良くないって、頭領が言ってた。窓のところの椅子に座ろう。歩ける?」
「歩けるー……」
部屋には、呼び込みから帰って楽器の整備をしているヘレナとフラン、そして窓辺でボーっと煙管を吹かしているドロテアがいた。ギルは、まだ工房で商品を製作しているらしい。頭領がいないと明日の商品のための会議ができないので、各々好きなようにして時間を潰している。
「あ〜、最高の時間だった。それにしても……王女の話は興味深かったな」
椅子に座って落ち着いたらしいアルマが、不意に口を開いた。
「天啓を授かる能力……王家の人間って恵まれてんのかと思ってたけど、大変なこともあるんだなぁ」
「お、リディから聞いたの? シャーリィより人見知りなあの子が、初対面の人に事情を話すなんて珍しい」
王女の幼なじみのドロテアが、目をぱちぱちさせる。煙管の火を消して、シャーリィが座る椅子に近づいた。
「ね、あの大人しい子とどうやって仲良くなったの?」
大人しい? あのリデルが? シャーリィは耳を疑った。
「いや、まぁ……共通の趣味ですかね」
しかし、自分も似たようなものだと思い直し、敢えて言及はしなかった。それに、ドロテアへの愛が通じて……なんて本人には言えない。シャーリィは笑って誤魔化した。
「ふぅん。ま、でも友だちになってくれてありがとね。あの子……引きこもりがちだからさ」
「あ……はい」
「聞いたとは思うけど、あの子はとんでもない重責を負っている。性格的に、王女なんて向いてないんだよ。ルーアイトのは特に」
ドロテアはシャーリィの横に腰掛け、程よく筋肉がついた脚を組んだ。地面につけた方の左足が、カタカタ上下に揺れている。
「でも、まぁ仕方ないよね。生まれる場所は選べないから」
アルマは眉を顰めて「どゆこと?」と聞いてきたが、シャーリィはドロテアの言いたいことが理解できた。昔、ドロテア自身が教えてくれたからだ。
仕事や役割に対し『やらなければならない』と自らを奮い立たせ、どんどん邁進していける人間と、『やらなければならない』の責任が増す度にその重みに耐えられなくなる人間がいるのだという。シャーリィやアルマは前者に近く、リデルは後者に近い。
「やる気はあるのに成果が出ない。何でも難しく、重く考えすぎな人っているよね。リディはその典型。できないできないって焦り出したら最後、だいたい空回る」
ドロテアは目を伏せて毛先を弄っている。彼女がその仕草をするのは、することがなくてよほど退屈か、あるいは心配事がある時だ。
「だから、歳が近いあんたたちが支えてあげてよ。ここにいる間だけでもいい。できれば今後も……手紙とか書いてやって。喜ぶと思うから」
「女王は、公にそういうことを頼みづらいからねぇ」
「お?」
声がした方を見ると、いつの間にか扉が開いており、そこには作業着の上から申し訳程度にローブを羽織ったギルが立っていた。
「あれ、ギル? いたんだ?」
「今戻りました。ごめんね、立ち聞きするつもりじゃなかったんだけど……」
「別に、聞かれて困る話でもないから。さっさと扉閉めてちょーだい」
ギルは言われた通り扉を閉めて、皆がいる窓辺にやってきた。
「リデル様、さっきすれ違ったけど……かなり青い顔をしていたよ。相当お疲れなんじゃないかな」
「まぁね。でも、そこに生まれたからには、課せられた使命を果たすしかないんだ」
私だって……と言いかけて、ドロテアは首を振った。
思えば、ドロテアから両親の話は聞いたことがない。そもそも、彼女の出生自体、シャーリィは何も知らなかった。
なぜ、ドロテアは“最強”と呼ばれるようになったのか。
――生まれる場所は選べないから。
しかしそこは、踏み込んではいけない領域な気がした。誰にだって、触れられたくない部分はある。
(師匠が話したくなった時は……私がちゃんと話を聞こう)
藍色の髪をなびかせる師匠に目を向ける。ドロテアはすぐ視線に気づき顔を上げると、再び煙管に火をつけニヤリと笑った。形のいい唇が『いい子だ』というように動く。
「まっ、そういうことだから。あんたたち、リディと友だちになったんでしょ? これからもよろしく頼むわ」
「もちろんです。ね、アルマ」
「おう! ダチが困ってんなら、助けてやんのが当たり前だ!」
その言葉を聞き、ドロテアは肩を竦め紫煙を吹かした。その、悲しみとも嬉しさとも違う何とも言えない表情に違和感を覚えたが、これも踏み込んではいけないとシャーリィは目を逸らす。
この選択が、のちに大きな後悔を招くのだと、現時点のシャーリィは気づく由もなかったのだった。
ドロテアの隠し事はまだまだまあります。早く話して楽になろうね。
次回は明日更新予定です。