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19.特別

「…………はっ」


 目を開けると、木目の天井が視界いっぱいに広がっていた。微かに波の音が聞こえる。ここは、シャーリィに割り当てられた船室。天国への階段を駆け登っていたのは夢だったようだ。


 ゆっくり視線を動かしてみると、ベッド横の椅子でアルマが魔道書とにらめっこをしていた。解読のためのメモと照らし合わせながら読んでいるため、時々声が漏れている。


「アルマ」


 シャーリィは起き上がり、ウーンと唸り声を上げる青年に声をかけた。


「……シャーリィ。よかった、目ェ覚めたんだな」

「うん、迷惑かけちゃって……ごめんね」

「俺は運んだだけだから。あ、これ、さっき紅茶いれてもらったんだ。熱くないやつ。飲む?」


 アルマは、遠慮がちに薄緑色の液体が入ったカップを差し出してきた。ありがとう、と言って受け取ると、カモミールのいい香りが鼻腔をくすぐった。気分が少しずつ落ち着いてくる。


「……ずっと、ここにいたの?」

「ん? まぁ……ね。寝てる女子の部屋に長居すんのもなぁって思ったけど、心配だったし、ついでに魔導書読み始めたら止まんなくて」

「すごい読み進めたね……もう十頁くらい? 早いなぁ……」

「十二! 結構いけたぜ。で、聞きたいことがあるんだけど」


 魔導書のことだろうか。真剣な表情のアルマに、シャーリィもなんとなく顔を引き締めた。


「なぁ、シャーリィって……ギルさんのこと好きなの?」


 空気が凍る。シャーリィの表情が固まる。それなのに、アルマは何も気づかない。ゆえに、話を続ける。


「でもさ、シャーリィは子供の頃から十年間くらい〈ブライト〉にいるんだろ? そんな長い時間恋して……」

「そ、そんなんじゃ……! ない、けど……」


 しどろもどろになるシャーリィ。


 実際、自身がギルに抱く感情が何なのかわからない。恋なのか、尊敬なのか、はたまた家族愛なのか。かっこいいな、とは思う。素敵な人だ、とも思っている。一挙手一投足に目が行くこともあるし、ふとした仕草にドキドキすることもある。しかし、それを恋と呼ぶのは何かが違う。


「わからない」


 その一言に尽きる。幼い頃から旅をしてきたシャーリィは、愛だとか恋だとか、そういったことにとても疎いのだ。


「私、ドロテアさんも好きだし、ヘレナさんもフランさんも好き。アルマのことも好きだよ。でも……ドキドキはしないけど」

「うーん、つまりアレだな。俺の世界の言葉で言うなら……」


 アルマはニヤリとして言った。


「ギルさん寄りの〈ブライト〉箱推しってやつ?」

「……ん?」


 頭の中が疑問符で満たされる。アルマの言うことは、もしかすると魔導書の呪文よりも難しいかもしれない。


「どういう意味……?」

「んー、みんな好きだけど、ある人だけは特別! みたいな?」

「特別、かぁ」


 考えたこともなかった。みんな特別で大好きな仲間だ。


「やっぱりわからないな。ごめんね」

「ふっふっふ。そう言うと思って、今回はスペシャルゲストをご用意しております!」

「えぇ……」


 どうぞー! とアルマが元気に声を上げると、もったいぶるように扉が少し開き、それから勢いよく開け放たれた。


「なんか、私の可愛い弟子が気絶したって聞いたけど!」


 そこには、シャーリィが敬愛する師匠・ドロテアが、鍋の蓋を持って立っていた。操縦は、料理当番のヘレナと代わったのだろうか。


「お、シャーリィ。元気そうじゃん」

「は、はい。ご心配をおかけしました」

「ほんとだよ。ま、私としては、これを理由に操縦代わってもらえたからいいけどね」


 ドロテアはベッドの縁に緩く腰掛け、解けかけているシャーリィのおさげ髪に触れた。目線で、直す? と聞いている。シャーリィは静かに頷いた。


「気絶の理由……アルマから聞いたよ。結論から言うと」


 桃色の髪を櫛で梳きながら、ドロテアは口角を上げた。


「ギルごときで感情動かされてるようじゃ、あんたもまだまだだね!」

「へ?」

「んん?」


 シャーリィとアルマの反応に、藍色の美女は豪快に笑う。こちらからしてみれば何がおかしいんだ、と言いたいところだが、とりあえず黙って話を聞いておく。


「あのねシャーリィ。世界には、あんなのよりもーっとイイ男が何千、何万っているわけよ。どんどん目を肥やして、金持ちで顔が良くて性格もいい男をとっ捕まえないと! あんなので心臓鳴らしてたらもったいないって!」

「俺、そんなことを聞きたくてドロテアさん呼んだわけじゃないんだけどな」

「お黙り、異世界人」


 ピシャリと言い放たれて、アルマは肩を竦めた。


「まぁ……でも、ね。ギルにときめくのは、誰もが通る道だと思うから。私はなかったけど」

「はぁ……」


 ドロテアがギルをそういう目で見ていないのは、鈍いシャーリィでもわかることだ。彼女の中で、ギルはあくまで契約者であり所属するキャラバンの頭領。ただそれだけ。


「ギルさんでもときめかないって……じゃあドロテアさんは、どんなのがタイプなんですか?」

「……私より強い人」

「そんな人……います?」


 アルマは、困ったようにドロテアを見た。


「いるよ。一人だけ、この私が勝てない人がいた。でももう昔の話。今そいつは、どこで何してるのかわからない」

「元彼? 前の……恋人とか?」

「はははっ。そんなもんだね。私の……それこそ、特別な人だ」


 寂しげに笑うドロテア。その表情はいつもと違い、憂いを帯びていた。たまに、ドロテアはそんな顔をする。どこか遠くを見るような、何かに想いを馳せるような、少し悲しそうな顔。それは、かつての恋人を想うがためのものだったのだ、とシャーリィは納得した。


「ドロテアさんの元彼……一体どんだけ強いんだろうな」

「ん? ふふ、それはもう強いよ。どんくらいかと言うとね――」


 ドロテアが大きくてを広げると、同時に船体も上下左右に大きく揺れた。体勢を崩してしまったアルマが、椅子から転げ落ちる。シャーリィは、師に守られ事なきを得た。


「……なにしたんすか、ドロテアさん」

「元恋人さんがどれだけ強いのか、よくわかりました……」

「いや違うって。私じゃない。さすがにここまではできない」


 ドロテアは半笑いで立ち上がり、船室の扉を開け放つ。


「浅瀬か何かにぶつかったのかな。私は操縦室に行くから……夕飯まであんたらは休んでな。その場待機。いいね?」


 そう言うと、足早に出ていってしまった。……が、直ぐに戻ってきて、


「シャーリィ。あんたはもっと世界を、人間を見るべきだよ。次行くルーアイトはでかい国だ。価値観を変えるような出会いもあるはずだから」


 と言った。そして、ひらひらと手を振ってまた去っていく。自由な人だ。


「価値観を変える……出会い」


 きっと異世界人のアルマを見つけた時点で、十分に価値観は変わったのだが。それ以上に衝撃的な出会いが、この先待ち受けているのだろうか。狭い少人数キャラバンの中で育ったからなのか、正直考えられない。


「でもさ、なんかそう言われたら……更に楽しみになってきたよな! 次の国!」

「……そうだね」


 期待と不安を乗せて、魔法船はぐんぐん進む。目指すは東の大国ルーアイト。“魂の判別”という特殊な力を持った女王の元で、〈ブライト〉はある一つの大きな試練に立ち向かうこととなるのだった――

閲覧ありがとうございます!

次回は9月2日に更新します!たぶん!

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