2.頭領
ほんの少し前。シャーリィが属するごく少人数のキャラバン<ブライト>は、深い森の中にようやく野営地を見つけた。小さな川の上流から少し離れたところの、開けた場所。本当はもう少し大きな川の近くに野営地を設けたいが、以前に滞在した街を出てから約六日。まともに腰を落ち着けるのも三日ぶりなため、わがままは言えない。
キャラバンとは、自由に世界中を旅しながら魔物や獣を狩り、その戦闘で得たものを商品に加工し売り歩く職業だ。戦いも制作も、特別な資格を必要とするため、数十人以上の大所帯キャラバンでは作業を分担していることもある。
しかし、ブライトは全部で五人。何をするにも常に人手不足だ。
なので、狩人や職人といった個別の資格を取るのではなく、キャラバン運営のための知識・経験を全般的に得られる階級制度を採用している。いわゆるキャラバンランクといわれる階級は、それぞれ『下働き』『徒弟』『皆伝』『賢者』『熟練者』までの五段階。シャーリィは、その中の下から二番目、『賢者』以上のランクの者に師事する『徒弟』である。
数年間ブライトと共に旅をしてきたが、一員として認められたのはつい最近、十八になり成人してからだった。
それまではずっとゲスト扱いで、他の仲間が戦っている最中も馬車の中で一人寂しく待っていた。彼らが街で商売をしているときは、宿で荷物の整理をしたり軽食を作ったりと雑務をこなしていた。それゆえ『下働き』からではなく、いきなり『徒弟』となり膨大な知識を頭に詰め込まれる羽目となったのだ。
毎日毎日、慣れない仕事に勉強、戦闘稽古と大変なことばかりだが、シャーリィはやっとみんなと一緒に働けることが何よりも嬉しかった。役に立てるようにならなくては、という思いから、教えられたことの飲み込みも早く向上心も人並み以上にある。師匠である『熟練者』のドロテア・フォルモントには、その心意気を買われかなり厳しく鍛えられている。
しかし――
「次の野営地に着いたら、魔法の練習をしようか」
今日も特訓の約束をしていたシャーリィとドロテアだったが、霧のせいで思ったよりも視界が悪く、森を抜けるのに時間がかかってしまった。
さまよっている間ずっと御者台で地図とにらめっこしていたドロテアは、ようやく見つけた野営地に結界を張った瞬間にその場で眠りについた。安らかな寝息を立て起きる気配はない。かなり疲れているのだろう。無理もさせられない。
(どうしよう……)
シャーリィは空気を読みすぎる性格だ。ドロテアという素晴らしい師匠がいるのに、他の人に稽古を頼むのは失礼ではなかろうか。でも、一日でも努力を怠れば、みんなの役に立つという目標が遠のいてしまう。あぁどうしたものか。馬車のそばにあった切り株に腰を下ろし、桃色のおさげ髪を手で弄ぶ。
いっそ自主練習でもしよう、と顔を上げたとき、ふいにキャラバンの頭領・ギルバートが顔を覗かせた。
「シャーリィ。これから森に入るけど、一緒に行かない?」
焚き火の材料を取りに行くのだろう。テントも張らなくてはならない。食事の準備もまだだ。魔法の練習はできなくても、頭領を手伝うことはできる。
「結界があるから、私たち以外の生物は出入りできないんですよね」
「そうだよ。だから、彼女はそのままで大丈夫」
「それじゃあ……」
シャーリィは、一旦置いた荷物の中からお気に入りの杖を取り出した。
「ご一緒させていただきます」
ブライトの頭領ギルバート、親しみを込めてギルと呼ばれるその男は、滝のように流れる白い髪を持った絶世の美男子だ。称号も『賢者』という、師から皆伝されたあとも更に修行を積み成果を上げた者しか貰えないものを持っている。
そんな彼の、慈愛に満ちた瞳に見つめられるだけで、女性どころか男性も恋に落ちてしまう。街での商売期間を終え再び旅立つ頃には、ギルとの別れを惜しみ泣き出す人々が後を絶たない。この世の終わりの如く涙を流す者たちを、シャーリィは何人も見てきた。まったく、罪な男だ。
もちろんシャーリィだって、その美貌に目が眩むことがある。もう何年も生活を共にしているが、彼の完璧なまでの美しさには未だ慣れない。
特に、早起きできた朝に稀に見られる、朝日に照らされた柔らかい笑顔。その顔で「おはよう」なんて言われれば、下手すれば死人が出てしまう、とさえシャーリィは思っていた。実際、彼の寝起きは心臓に悪い。
(ギルさんのことは尊敬しているけれど……その、色気ダダ漏れなのは何とかした方がいいと思うなぁ。でも……)
先を行くギルに目をやる。ちょうど、少し大きめの――何かに加工できそうなくらいの枝を拾ったようだ。嫌な予感に、シャーリィは野営地に引き返すことも考えた。
「シャーリィ」
が、のんびりとした、それでいて圧力のある声に呼び止められた。ギルの手に握られた枝が、みるみるうちに木刀へと姿を変えていく。こちらに迫ってくる綺麗な笑顔が恐ろしい。
「……なぜ木刀を?」
「加工魔法を使いたかったから、かな!」
「なら、私に迫ってくる必要は……ない、です、よね……?」
「あはは、緊張しなくていいよ。久しぶりに――」
ギルが木刀を振りかぶる。
「稽古をつけてあげようと思って!」
行動が唐突過ぎるのが玉に瑕だ。
*
木の杖でギルの猛攻を必死にいなすが、振り下ろされた刀身と杖がぶつかると、腕全体に鈍い痺れが走る。が、これでも手加減をしてくれている方なのだろう。ギルの表情はにこやかなままだ。
「このくらいで怯んでたら、魔物には勝てないよ」
そんなことわかっている。それ以前に、ここで情けない姿を晒してしまえば、魔物より恐ろしい師匠に怒られてしまう方が怖い。ギルは優しいが、嘘の評価をつけてくれるほど甘くはない。
成長を期待されているのはわかっている。それでも、この人らは限度というものを知らないのか、とシャーリィは常々思っていた。
(とにかく怒られたくない……!)
痺れてきた右手を叱咤して、杖を握り直す。ギルとの稽古での勝率はだいたい半々といったところ。彼が持つ木刀を落とすか、膝をつかせることが勝利条件だ。前者は力の弱いシャーリィでも、頭を使えばなんとかクリアできる。が、その時々の地形・地質や天候、自身や相手の体調などの情報を統計し、勝ちへの道筋を拓いていかなければならない。シャーリィは、そんなことを考えながら戦えるほど戦闘経験を積んでいなかった。
いい加減、手の痺れが限界に近づいてきた。ほとんど感覚がない。しかし治療魔法を使う暇もない。握っているのもやっとなくらいだ。次に杖で攻撃を受けてしまえば、確実に手放してしまう。ギルの攻撃はなるべくかわすよう意識する。
「あっ、待ってシャーリィ、そっちは……」
「え?」
焦ったようなギルの顔。そんな表情までも美しいなぁ、と思ったのもつかの間。軸足が踏みしめたのは平らな地面ではなく崖だったらしい。支えるものが無くなった体は簡単にバランスを崩し、シャーリィの視界がぐるりと回転した。
――落ちる!
斜面を滑り落ちていく。体のあちこちを木やら岩やらにぶつけるが、上手く受け身を取っているためそれほどのダメージではない。日頃からドロテアに『稽古で』投げ飛ばされ蹴り転がされているシャーリィは、受け身と治療魔法だけは胸を張って得意と言い張れた。
幸い、崖は思ったよりも高くなかったらしい。体を見ても、安いポーションで治せる程度の切り傷やかすり傷しかなく、自分のことながら素晴らしい生命力に感動した。
「杖も……折れてない」
身の回りの状況を確認する。滑落した先は、先ほどまでいた森の小道とは違い舗装されていない。が、狩人たちの秘密の狩場か何かなのだろう、人が通った形跡はいくつかあった。斜面はぬかるんでいるため、そこを登って戻るのは難しそうだ。このまま下の道を辿り、野営地に戻るのが最善だろう。
「シャーリィ! 大丈夫?」
「頭領! あっ、降りるのは危険です!」
「でも……君を一人にしておくわけには」
「ちょっと待ってくださいね」
シャーリィは耳をすます。風の音に紛れて、かすかに水の流れる音が聞こえる。確か、野営地の近くに川があったはずだ。今回の旅は長いこと森を彷徨ったが、水辺を探すのにかなり苦戦した。野営地はこの近くと考えて良さそうだ。
「ギルさ……頭領! 野営地の方へ戻って、川を下流に向かって来てください! 私もそっちに移動します!」
「わかった! もし魔物に出会っても、無理に戦っちゃダメだからね!」
了解です、と答え、シャーリィは歩き出した。
15時は昼なのか夕方なのか。
次は本日の18時更新になります。




