13.星が映す青金石
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陰鬱な空気を切り裂くように、一陣の風が走り抜けた。手には、魔力を帯び不思議な色に輝く細剣。グリップ部分に施された満月の装飾は、彼女の生家たるフォルモント家の家紋だ。
ここはタリーの街をぐるっと囲む森の中。キャラバン〈ブライト〉の大人たちは、どこからか押し寄せた魔物と交戦していた。
「ギル、街に結界は?」
「張ってあるよ。安心して」
藍色の髪を靡かせるドロテアは、ギルの言葉を聞いてニヤリと口角を上げた。すれ違いざまに目に付いた魔物の心臓を一突き、二突きと的確に射抜いていく。
邪魔な、と言っては申し訳ないが、ろくに魔物と出会ったこともない街の警ら隊は、とっくに結界の中に突っ返しておいた。今ここにいるのは、気心の知れた〈ブライト〉の仲間たちと、どこから湧いたのか、やたらと殺気立っている魔物どもだけ。
「んー。どれもこの辺に生息してないコたちばっかり。一体どうしちゃったってのさ」
目の前には狼や大型の熊に似た魔物の軍勢。空には凍てつく冷気を吐き出す怪鳥、巨大化した虫の魔物がずらりと取り囲んでいる。どれも北の方、寒い地方で生息する種族ばかりだ。何やら嫌な予感がして、ドロテアは眉をひそめた。
――まぁ、考えてても仕方ないか。
「効率よくいこう」
先陣を切って襲いかかってきた戦狼の心臓を軽々と突き刺し、その流れで不意を狙ってきた氷百舌鳥の喉を掻き切る。どちらもギャッと短く悲鳴を上げ、多少もがいたあと宙に溶けるようにして消えていった。手応えはほぼない。シャーリィを連れてきても良かったかもな、とドロテアは考えた。
「そんな強くないじゃん。あっちのもサクッとやっちゃお。ヘレナ、フラン、ここはよろしく〜」
「わかってるわ!」
「任せてくれたまえ!」
ドロテアがその場を去ると、近くの草むらから楽器を持った二人が飛び出してきた。魔物たちは、一見弱そうな彼らに集るが、次々にその足を止める。風笛を吹いたヘレナが『放出』した魔力に捕らわれ、それ以上近づけないのだ。
「ハァイ、魔物さん。大人しくしててくれるなら、見逃してもいいんだけれど」
「街に手を出してしまったからね。それなりの償いをしてもらうよ」
フランが班鳩を掻き鳴らすと、魔物の足を止めていた魔力が一点に集約した。吸収され再構築する力が働き、捕らわれていた魔物もろとも強い光を放ち、爆ぜる。
残りカスさえも残さない、ヘレナとフランの連携技。彼らの本領は、呼び込みだけではないのだ。
「連携技はあの二人に限るね」
木の上で全体を見渡しながら、ギルは満足そうに呟いた。
「ちょっと、見てるだけじゃないでしょーね?」
下からドロテアが文句を言う。文句を言いつつ魔物を次々と屠っていく。もはや魔物の方を見ていない。なんと余裕そうな笑みさえ浮かべている。
「回復は要らないよね。僕は結界を維持してるので……好きに暴れてください」
「んじゃ、とっとと終わらせて……」
ドロテアは舌なめずりをした。
「イイ男と、酒盛りの続きでもしましょっかね」
空に向けられた細剣の切っ先が、月明かり反射して銀色に光った。蝶が花に吸い寄せられるように、周囲の魔力がドロテアの周りに集まってくる。
「あぁ! いつ見ても、ドロテアは美しいね! ボクの、次に!」
フランが感嘆の声を上げる。
「魔力に愛された鬼神……殺戮の女傑……ろくでもない酒豪……それに月の女神! どれも彼女に相応しい二つ名だ!」
「何か変なの混じってなかったかしら? ともかく、早く逃げるわよ。アレに巻き込まれたら……」
ヘレナは、フランの襟首を掴まえてドロテアから距離を取った。木の上にいたギルも、やれやれと肩を竦め退避する。
仲間の気配が遠ざかったのを確認し、ドロテアは深く深く集中した。周囲を覆う魔力が、徐々に緑へ色付いていく。得意の風属性魔法の下準備だ。
「今のところ、あんたらに罪はないんだろうけど。ごめんね」
魔物の命は、一度失ってしまえば再び何かに転生することはない。人にも物にもなれず、その魂は消えてなくなる。中には、かつて人間だったものもいるだろう。
だから苦しませず、一思いに。
「安らかに――おやすみなさい」
ドロテアが細剣を振るう。すると、周りの魔力が竜巻状の渦となり、森の木々を揺らしながら天高くに立ち上った。
「巻き起これ……『シルフィ・トルネード』」
魔物たちに迫る無数の風の刃。勝てるはずもない、逃げきれるわけもない強大な魔法に、彼らは戦意を失ったようだ。死を受け入れたその表情からは、安堵の声さえ聞こえてくるようだった。
シルフィ・トルネードは、風属性の中でも上位の攻撃系魔法。竜巻の中の刃は切れ味が鋭いため、切り裂かれてもほとんど痛みは感じない。これを受けた者は、何が起こったの理解する前に全身をバラバラに切断される。
ついでに辺りの木々もなぎ倒しながら、魔物たちの命も乗せて竜巻は天へと昇っていく。これがドロテアなりの弔い方。神のもとへ行けない魔物たちを、せめてその近くまで運ぶために。
そして――邪悪な意思に捕らわれた命たちは、気配ごと完全に消失した。
「これが正しいことだとは思っていないけどね。せめてド派手に見送ってやりたいじゃん?」
「その心がけは、とても素敵だと思うよ」
木の上で難を逃れていたギルが降りてきた。ドロテアの横に並び、丁寧に手で祈りの形を作る。もとは人間だったかもしれない魔物たちへの、最後の手向けとして。
「……さて、ドロテアさん。毎度毎度のことなんだけれど」
「なんだギルー。ほら、さっさとシャーリィのところに戻ってやらないとー」
「しらばっくれようったって無駄だよ。これ、どうするんです」
ギルが正面を指す。そこには、先程の竜巻で折られ倒された木々や、強風によりちぎれてしまった花などが散乱していた。ドロテアは、ギルの視線から逃げるようにそっぽを向く。
「はぁ……。いつもこれの後処理するの、僕なんだからね」
「…………さーせん」
最強の女・ドロテアは、最強が故にちょっとやりすぎる。
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更新予定って書いておいた方がいいのだろうか……と思いつつ。
次回は明日の昼か夕方頃に更新予定です。




