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11.宿屋と旗

 宿は、露店のすぐそばにある。先にこの街に到着したヘレナたちが、『安い』『近い』『綺麗』を条件に探してくれたのだ。


 しかし、予約したのは男部屋と女部屋、そして荷物置き場の三部屋。ベッドは各二台。荷物置き場には設置されていない。いつもなら、ドロテアは宿に泊まらず酒場で知り合った人の家に転がり込むため、それで間に合っていた。


「つまり……俺は床で寝たらいいんですねっ!」


 宿の食堂でスープを食べながら、予定外の仲間・アルマはなぜか張り切っていた。


「大丈夫ですよ、ギルさん! どうせ気づいたら床に落ちてるんで!」

「うーん、そういう問題じゃないと思うけどなぁ」


 正式加入したわけではない、まだゲスト扱いのアルマを床に転がしておくわけにもいかない。ドロテアにバレたら、怒られるじゃ済まないだろう。


「荷物の部屋……は、ダメですよね。在庫の管理を任せることになっちゃいます」

「そうだね。あ、でも僕がそっちに移ったら、アルマとフランがベッド使えるよね」

「ギルさん! 頭領がそこまですることないよ! 俺が、床で寝る!」


 床に並々ならぬこだわりでもあるのだろうか。そういえば、出会った時も草むらに寝転がっていた。きっとそういうことが好きな人なのだろうと、シャーリィは思うようにした。


「二人とも、まだ寝るまで時間あるよね。僕、ちょっと出てくる用事があるから、それまで今日の売上の集計をしていてほしいんだけど……お願いしてもいいかな」

「もちろんです」


 頭領のお願いに従わないという選択肢があるわけない。シャーリィはやる気満々に、自身のポーチから算盤を取り出した。


「あ、ついでにアルマにお金のこと教えてあげてほしいな」

「わかりました。任せてくださいっ」


 ギルはにっこりと笑うと、じゃあよろしくね、と言いスープの皿を片付けどこかへ行ってしまった。結局、下っ端の二人だけが残された。


「なんか、こうなる気がしてたぜ」

「うん、私も。でもいいの。最後の仕事を済ませよっか」


 とても疲れているシャーリィは、早く部屋に戻って早く眠りたかった。でも、アルマがお金の価値も知らないまま明日も働くのだと思ったら可哀想で仕方がない。どうも、アルマのことを年下の子だと認識すると、何かと世話を焼きたくなる。


「さて……銀貨何枚で金貨一枚分とか、仕事してる時になんとなくわかったりした?」

「ある程度ならたぶん理解したぜ。銀貨十枚で金貨一枚だろ?」

「うん、合ってる。国によって違うけど、タリーはそれで大丈夫」


 各国の金貨の価値を理解するのは、想像以上に大変な労力だ。ギルでさえも全ては把握していないだろう。それでも、だいたいの国は国王から授与される商売許可証に、金貨一枚あたり銀貨何枚分なのか記載されているので問題はない。


「行く先々で計算し直すのはだりぃな……まっ、俺は次の目的地でオサラバだけど!」

「あー! そんな悲しいこと言うから、数え間違えちゃった! アルマのせい」

「えっ俺? わかったわかった、手伝うから怒んなよ〜」


 忘れようとしていた。せっかくアルマと仲良くなれたのに、すぐにお別れが来てしまう。アルマがいなくても、またいつもの日常が戻ってくるだけ。しかし、彼が元の世界に帰ってしまったら、この世界から“友だち”になれる人がいなくなる。〈ブライト〉の仲間がいるから寂しくなんてないはずなのに、あとのことを考えると胸がキュッと痛くなるのだ。


(ずっと旅をしていたから……初めてお友だちができると思ったのに……)


 覚悟はしていたはずなのにな、とシャーリィは自嘲気味に笑った。


「暗い顔してやがんな。心配すんなよ、どこにいても会いに行ってやるからさ」

「異世界でも?」

「なーんとかなるだろ! あはははっ!」


 豪快に笑うアルマ。それを見ていると、なんだかどうでもよくなってきた。彼とは、いつどこにいても会える気がする。


「アルマって……強いよね」

「え? まぁ……陸上部とボクシング部とフェンシング部……あと居合抜きの習い事をかけ持ちしてた時期もあったけど」

「肉体的な問題じゃないよ。思考回路のこと。普通、知らない世界に気づいたら一人だったなんて、そんな冷静でいられない」

「んー、そうだなぁ」


 アルマは頭の後ろで手を組み、椅子の背もたれに体を預けた。


「怖くないってことはないし、向こうの両親が心配してるかもって思ったら辛い。けど、帰る方法がわからない今、うじうじしてても仕方ねーしな! それに、〈ブライト〉のみんながいるし!」

「そっか……うん、やっぱりアルマは強いよ」

「そうか? へへ、ありがと!」


 日々ドロテアが言う『強くなれ』は、こういう強さのことも指しているのだ。シャーリィに一番足りていない部分。能力に対する自信や、明るい未来への希望をもつこと。アルマと一緒にいられたら、自然と気持ちも前向きになれるような気がした。


「よぉし……集計のつづきをしよっか!」

「おけ! 俺がお金数えるから、シャーリィはノートにそれまとめて!」


 集計は、計算が早いアルマのおかげで滞りなく進んだ。たまに他愛のない会話を挟んだり、宿の主人と女将が試作品と置いていった氷菓子を食べたり、明日の打ち合わせをしたり……。作業に終わりの目処が着いた頃には、すっかり夜も更けていた。


「いつの間にか、女将さんたちも帰っちゃったな。俺たちももう休むか?」

「うーん、でもまだ頭領もヘレナさんも帰ってきてないし……」


 売り上げをギルに渡し、盗まれないよう魔法をかけてもらわないといけない。ドロテアでもできるらしいが、彼女はまず宿には戻らないから不可能だ。


「私はもう少し頭領たちを待ってみるね。アルマは先に休んでいてもいいよ」

「えー、それなら俺も待つ。魔物に襲われたら大変だろ」

「縁起でもないこと言わないでよ……はは……」


 笑い飛ばしたが、背筋がゾクリとした。夜は魔物たちの時間。人間が暗い場所を苦手とすることを知っていて、わざと日が落ちてから活動を始めるのだ。ゆえに、魔物の領域である野外で寝泊まりをする際は、ドロテアとギルで強力な結界を張る。二人の魔力が強くなければ、今頃〈ブライト〉は襲撃に遭い全滅しているだろう。


「ここは街の中だから、魔物は入ってこないよ。警ら隊もいるし」

「だよなっ。 でも、一緒に待ってるよ。シャーリィも俺も、ぼっちは寂しいもんなぁ」

「……うん」


 いつもは、たった一人で皆の帰りを待っていた。でも今はアルマがいる。それだけで、こんなにも心強いだなんて。


(アルマはどうなんだろう。私や皆といても、やっぱり寂しいって思うよね)


 早く元の世界に帰る方法を探してあげなくては。明日の仕事終わりに街の図書館に行ってみよう、とシャーリィは考えた。ヒントになる魔導書か何かがあるかもしれない。


「……な、なんだよ」

「あっ……ごめんね」


 アルマを見つめすぎていたようだ。彼は少しだけ頬を赤くして、顔を背けてしまった。


「なんかついてたのか?」

「うぅん。ちょっと決意を固めてただけ」

「なんだそれ……」


 目に見えてソワソワし始めるアルマ。つられてシャーリィも、なぜか居心地が悪くなってきた。


「ぎ、ギルさん遅いな! 案外、どこかで観光してたりして!」

「そうだね! 食料とか備品とか調達してるのかも……」

「うんうん、きっとそうだ! ほら、噂をしたら、向こうからドア開く音聞こえてきたぜ!」


 もう誰でもいいから帰ってきてほしい。この謎の気まずい空気を払拭してほしい。シャーリィは、祈るように食堂と廊下を繋ぐ扉に目を向けた。


 足音がだんだん近づいてくる。ふらついている様子はないから、ドロテアではなさそうだ。ヒールの音もしないから、ヘレナでもない。フランもまだデート中だろう。となると、残るは。


「シャーリィ! アルマ!」


 バンっと大きな音を立てて扉が開くと、我らが頭領ギルが駆け込んできた。額には玉の汗を浮かべている。


「何かあったんですか? そんなに慌てて……」

「えぇっ、気づかなかったの? 外は邪悪な気配でいっぱいだ。でも……ここは何だか空気が澄んでるね」


 シャーリィとアルマは顔を見合せる。邪悪な気配なんて少しも感じなかった。寒気はしたような気がしたが、女将がくれた氷菓子を食べたからだと思っていた。


「頭領、邪悪な……って、もしかして」

「あぁ……」


 声をひそめて尋ねたシャーリィに、ギルは口元に人差し指を当てて言った。


「魔物が、この街に攻めてこようとしている」


 しばらく沈黙が流れたあと、アルマがボソッと「フラグかよぉ……」と呟いた。

お読みいただきありがとうございます。

次回は8月22日の昼頃に更新します。

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